第12話 ♀希望を抱く少女
今日はバスケ部の練習試合が行われる。
会場となる対戦相手の中学校の体育館へ着くと、男子バスケ部の姿も見えた。
どうやら今日の練習試合は珍しく男子も一緒みたいだ。
ということは天海もいるってことね。
美波の姿が目に入ったので話しかけに行こうとしたが、美波は何故か私を嫌う石田先輩たちと仲睦まじそうに話している。
今までに見たことのない光景だ。
あの輪の中には入れそうになかったので、一人で佇むことになった。
この前、美波は石田先輩達が煙たがっていた先生に媚びを売って好かれようとしていたと言っていた。
もしかしたら石田先輩達は美波までも取り込んで、私の居場所を消そうとしているのかしら?
私を追い出すためにそこまでしてくるのなら、私も見の振りを改めないといけないかもしれないわね。
「ふえぇ~育美ちゃーん」
部員全員が集まり体育館へ入ると、美波の方から話しかけてきた。
「どうしたの?」
「どうしたのって、いつものように話しかけただけだけど」
「……そう」
「もしかして、朝に石田達と話していたのが気になった?」
憎たらしい顔で聞いてきたので、小さく頷いた。
先輩に先輩を付けないで呼ぶ美波が一番舐めていると思うけど。
「お察しの通り、あたしを育美ちゃんから引き剥がしたいみたいだね」
「しょうもない人達ね……」
「ということで、あたしには優しくしてね。もっとかまってね」
笑顔を見せるが、目の奥は笑っていない。
「何を言ってるの?」
「そうしてくれないと、先輩側に寝返っちゃうかもねってこと。だから、もっとあたしのこと、大事にしてよ」
「……果てしないほどのクズね」
元々この女のことは信用していなかったけど、ここまで性格が悪かったとは驚きだわ。
怒りを通り越して呆れしかない。
「人間はみんなクズだよ。知らないの? もしかして、育美ちゃんって白馬に乗った王子様がいつか目の前に現れるとか思っている系の女子だったかな?」
「馬鹿にしないで」
「あたしは素直なだけだから。みんなは本音を隠して楽しく生きてるふりしてるけどさ」
美波はクズで素直なだけ。
みんなはクズで素直じゃない。
どちらにせよ、クズしかいない。
美波の言う通り人間が皆クズなら、あの天海もクズなのだろうか……
天海は良い人そうに見える。
でも、彼とはまだそこまで距離が近いわけではない。
天海もクズなんだとしたら、美波の言うことは本当に正しいのだろう。
「須々木、やっぱり来てたのか」
私を見つけて嬉しそうに走ってきた天海。
まったく、犬じゃないんだから……
「探してたの?」
「えっ、別にいるかなって思ってただけだよ」
顔を赤くしている天海。
何故かはわからないけど天海を見ていると、少し気分が安らぐ。
天海のことを考えていたら天海が来た。
ただの偶然なのかもしれないけど、来てほしいタイミングだった。
「ねぇ天海、ちょっと来て」
「お、おう」
天海を人の姿が見えない体育館の裏へ連れ出す。
素直に私のあとを追ってくれるのが、ちょっと可愛かった。
「どうした?」
「……絶対に怒らないから」
「うん」
「絶対に怒らないから、私の触りたいところ自由に触っていいわよ」
「は? えっ、まじ?」
後からクズだったとかは知りたくない。
どうせなら先に知っておきたい。
これ以上彼に深入りする前に、確かめておきたい。
「な、何言ってんだよ」
「本気よ」
恥ずかしいし、自分でも何を言ってるのだろうと思うけど、強引に確かめるにはこの方法しかない。
天海が下心しかないクズ人間なら……
バスケが上手くなりたいんじゃなくて、そういう目的で私と仲良くしているなら、嬉しそうに私を触ってくるはず。
触ってきても、そのまま背負い投げするかもしれないけど。
「絶対に男子にそういうこと言わない方がいいぞ。俺じゃなかったら今頃とんでもないことになってたかもしれん」
「……天海は触らないの?」
「恋人でもないのにそんなことしないよ。ましてや、須々木みたいに大切な人にはさ」
どうやら私が望んでいた結末になったみたいだ。
安堵で腰を抜かしてしまいそうになっている。
それに、私の発言を聞いて少し引いている。
それが悲しくもあり、嬉しくもある。
「大切なの?」
「当たり前だろ。クラスメイトだし、友達だし、バスケの練習だって付き合ってもらってるし」
私は天海に大切にされている。
その事実が、ただひたすらに嬉しかった。
今まで家族以外に大切にされたことがなかった。
それはきっと、私も誰かを大切にしてこなかったからかもしれない。
「私もあなたが大切よ」
世の中にはクズじゃない人もいる。
美波は間違っている。
「そう思ってくれてるなら、嬉しいけど」
「ごめんなさい。あなたを試すような真似をしてしまって」
「……別にいいけど。でも、何であんな真似することになったんだ?」
「あなた以外にはあんなことしないわ。きっとあなたのことを心のどこかで信じていたから、あんな真似ができたんでしょうね」
答えを少し曖昧にさせた。
本当のことを言うのは、私でも流石に恥ずかしい。
「あなたがいてくれてよかったわ」
自然と私の口から出た言葉。
言って後悔は無い。
私は天海へ勝手に希望を抱いているのかもしれない。
でも、彼はその希望を叶えてくれそうだ。
「あっ、もう時間が」
「そうね。戻りましょう」
天海と別れて体育館へ戻ると、既に試合前のウォーミングアップが行われていた。
「ちょっと、遅刻だよ」
私を待ち構えていた石田先輩に注意を受ける。
「すみません、お手洗いへ行っていました。事前に済ませておくべきでした」
「ちゃんとしてよ。練習試合とはいえ、部の威信がかかってるんだから」
「はい、反省します」
実際に私が悪いので素直に謝ることができる。
何も言い返すつもりはない。
「あれ? 今日はやけに素直じゃない」
「石田先輩の言ってることが正しいので」
「わかればいいのよ」
勝ち誇った顔で私を見ている石田先輩。
ここぞとばかりに偉そうにしている。
「罰としてスクワット三十回ね」
「……わかりました」
先輩に何の権限があって罰を与えるのかわからないが、受け入れる。
言い返したかったけど、天海の顔が浮かんで踏みとどまった。
悔しさとかストレスもあるけど、天海がいると思えば楽になる。
今度、部活後の練習の時に天海へ愚痴ることができればいいやって割り切れる。
私の心の安定剤、天海七渡。
もっと彼を味わいたくなってきたわね――
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