第11話 ♂ヤバい少年


 今日は日曜日で授業は無いのだが、バスケ部の練習試合がある。


「おーっす」


 対戦相手の中学校へ現地集合となっていたため、一緒に向かう約束をした廣瀬が家に来た。


「おはよー」


 準備を終えていた俺が玄関を出ると、何故か母親も顔を出した。


「七渡のお友達の廣瀬君だよね?」


「は、はい」


 いつも余裕のある態度を見せている廣瀬が、顔を真っ赤にさせてたじろいでいる。

 こんな様子は初めて見たな……


「七渡と仲良くしてくれてありがとう。これからもよろしくね」


「はい。たとえこの命に代えても七渡君をお守り致します」


「あら、頼もしいね」


 な、何言ってんだこいつ!?

 どこかで頭打ったのか?


「それじゃあ、気をつけて行ってらっしゃい」


「はい。今度改めてご挨拶させていただきます」


 まるで彼女の両親と初めて顔を合わせる彼氏のようにかしこまっている廣瀬。

 こんなヤバい奴じゃなかったはずだが……


 母親は家へ戻り、そのまま廣瀬と歩き出す。


「おいおい、人の親の前であんまり冗談言わないでくれよな」


「あっ、あっ……あっ」


「気は確かか?」


 明らかにバグっている廣瀬。

 この前読んだハンターハンターで出てきた脳を弄られた男とまったく同じ声を出していやがる。


「体調悪いのか?」


「お前の母親美人過ぎだろっ!」


「は?」


 まさかの言葉に絶句する。

 いったい廣瀬は何を言っているんだ……


「お前の母親素敵過ぎだろっ!」


「いやいや」


 何故か逆ギレしている。

 意味がわからな過ぎて怒りたいのはこっちだってのに。


「お前の母親美人過ぎだろっ!」


「わかったよ! 一回言えばわかるって!」


 俺は別にマザコンじゃないけど、母親のことは少し綺麗な人だとは思う。

 だが、今の廣瀬はまるで好きな女優を見たかのようなリアクションをしている。


「綺麗な人を見ても、友達の母親にはそうはならんだろ」


「いや、めっちゃ理想な人だった。友達の母親というマイナスがあっても、99%好きが98%好きになるくらいだからな」


「友達の母親を98%も好きになるなよ」


 ちょっとこれには流石にドン引きだな。

 仮に廣瀬の母親が凄い美人だったとしても、俺は好きにはならないと思う。


 そういえば廣瀬のやつ、この前も担任の本間先生が好きとか言ってたな。

 冗談だと思っていたが、本気だったのか?


「廣瀬ってもしかして年上好きなのか?」


「そうだけど。年上の人の方が包容力があって魅力的だと思うが」


 年上好きと言えば聞こえは良いが、それは先輩を好きになる時のレベルだ。

 若くもない先生や友達の母親は、もう熟女好きとかになるレベルかもしれない。


「廣瀬にもヤバいへきがあったわけだ」


「おいおい七渡、それはあんまりな言い方だな。恋に年齢とか関係ないだろ」


「多少はあるだろ。俺が幼稚園児が好きとか言ったらヤバいだろ」


 俺の母親は三十代後半だし、本間先生は四十代前半あたりだったはず。

 俺達との年齢差は少なくとも三倍近くあるわけで……


「おい七渡、年下は論外だろ」


「友達の母親も論外だろーが」


 廣瀬はどこか変に拗らせているようだ。

 この先、少し苦労しそうだなと心配するレベルだ。


「あと、急にしれっと名前呼びしてきてるな」


「そりゃ親友だからな。今度家にも遊びに行かせてもらうし、俺のことも一樹いつきって呼んでくれよ」


「おいおい俺の母親に会いたいがために、距離を無理やり縮めてくんなよ。そんな名前呼びのきっかけ流石に嫌だって」


「来週の日曜日空けとけよ」


「問答無用かよ」


 好きな人に積極的なのは良い事だと思うが、友達の母親に積極的になられても困るって。


「独り占めはズルいぞ」


「暴論が過ぎるだろ」


「七渡ってカッコイイよな」


「急に媚びだした!?」


 ここまで必死ということは、それだけ一樹は本気ということだ。

 俺の母親じゃなかったら、応援はしたかったが……


「一生のお願いを使う時がきたか」


「そんなことで一生のお願いをちらつかせんなよ」


 絶対に来るなとは言えないけど、これ以上好きになられても大変だしな。

 俺の友達がお母さんのこと好きなんだけどなんて母親に言っても、困るだけだ。


 ……いや、待てよ。

 俺の母親は離婚して独り身だし、万が一とかあるかもしれないな。


 可能性はゼロじゃない。

 やっぱり会わせない方がいいな。


 知らない内に、友達がお父さんになりましたなんて言われたら嫌だ。

 いや、そんな未来、想像しただけでも恐ろし過ぎる……




 駅前に近づくと、通行人が多くなってくる。


 目の前にはスマホを弄りながら歩いてくるギャルが見える。

 俺は道の端に逸れて、過度に距離を空ける。


 だが、前が見えていないギャルは最悪なことに俺の方向へ猛進してきた。


「うぴゃっぴぃ!」


「おいおいどうした、頭イかれたか?」


 ビビって変な声が出てしまったが、ギャルをギリギリで避けることができた。


「危ねぇ、ギャルにぶつかりそうだった」


「そこまでビビることじゃねーだろ。スズメバチとか毒蛇に襲われるレベルに驚いていたぞ」


「ギャルは俺にとって天敵なんだよ。トラウマってやつだな」


 三年前、まだ東京へ引っ越す前に田舎の薄暗い神社で起きた悲劇。

 あの日以降、俺はギャルが大の苦手になってしまった。


「珍しいな。過去に何かあったのか?」


「誘惑されて、お年玉全部取られた」


「どんなトラウマだよ!?」


 にわかには信じてもらえないだろうが、本当に起こったことだ。

 いつかこのトラウマを乗り越えられる日が来ればいいのだが……


「七渡って、今更だがけっこうヤバい奴だよな」


「一樹にだけは言われたくねーよ!」


 一樹と言い争っている間に、練習試合が行われる中学校に辿り着いていた。

 珍しく女子バスケ部と合同の練習試合だったのか、大塚さんや他の女子バスケ部員の姿がある。


「あっ、大塚さん」


「天海君と廣瀬君じゃん」


 須々木の姿も探すが、見当たらない。

 ちょっとでも会いたいと思ってしまう自分が少し恥ずかしいな。


「ギャルはいないぞ」


「馬鹿にすんなよ」


 一樹と睨み合う。

 一樹の方がヤバい奴なのに、ギャルの話を聞いてからは俺にマウントを取ってきている。


「二人ともいがみ合ってどうしたの?」


 大塚さんが俺達の間に割って入ってくれる。

 喧嘩をしているわけじゃないが、譲れない争いが勃発している。


「七渡がギャルに誘惑されてお年玉全部持ってかれたらしい。気持ち悪いよな?」


「一樹のやつ、友達の母親に恋してんだよ。そっちの方が気持ち悪いよな?」


 ジャッジは大塚さんに託された。

 きっと一樹の方がヤバいと言ってくれるはず。


「うーん……どっちも気持ち悪い」


 どうやら俺達の争いは五十歩百歩だったようだ――

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