第10話 ♀笑った少女
昨日は良い事と悪い事が起きた。
良い事は友達ができたこと。
男子とはあまり仲良くできない人生だったけど、天海という人はあまり嫌な感じがなかった。
それが助けられたからなのか、彼の性格があってのことなのかは自分でもわかっていないけど、不思議と仲良くなれそうな気がした。
悪い事は、先輩達の嫌がらせが過激になってきたことだ。
面白半分で閉じ込めてきたつもりなのだろうけど、これ以上調子に乗らせるわけにはいかない。
何か手を打たないといけないわね……
「あっ、須々木おはよう」
美波と一緒に教室へ入ると、天海に話しかけられた。
しかし、急な出来事に脳が追いつかず、何も返事をすることができなかった。
「育美ちゃん、無視は酷くね? 天海君、きっと勇気出して話しかけたと思うのに」
天海はそのままクラスメイトの廣瀬と一緒に去っていってしまった。
「しょ、しょうがないじゃない。急に話しかける方が悪いわ」
「めっちゃショックを受けてたよ」
美波の言う通り、天海は怯えた犬のようにしゅんとなってしまっていた。
申し訳ない気持ちもあったけど、ショックを受けた顔が少し可愛くも思えた。
「同情している割には、嬉しそうな顔をしているわね」
「あっ、バレた? 自分以外の人が失敗してるの見ると楽しいからさ」
「……腐った性根ね」
美波に冷たい言葉を浴びせるが、当人はヘラヘラとしている。
いつか痛い目をみなければいいのだけど……
▲
「石田先輩、昨日のは何の真似ですか?」
「ふえっ? 何のこと?」
美波みたいなとぼけた声を出す石田先輩にイラっときた。
知らんぷりをしているみたいだけど、私は泣き寝入りをする気はないわ。
そっちがその気なら、とことんやりましょう。
「私がいるのに体育倉庫の鍵を閉めましたよね?」
「ふえっ? 何も知らないよ。勝手にひとのせいにしないで」
「ふえっ? 私は許しませんよ」
美波の真似するようにふざけた声を出したけど、変に高い声が出てしまった。
慣れないことをするもんじゃないわね……
「馬鹿にしてるのかな?」
「先輩の真似をしただけですよ」
「もう許さないから。土下座しても遅いよ」
「それは私の台詞です」
私はあなたを許さない。
柳沼さんのように、必ず打ち負かしてみせるわ。
「次何かしたら先生に言いますから」
「……チッ」
舌打ちをして去っていく石田先輩。
口喧嘩では私の方が上ね。
でも、先輩と対立すればするほど部活での居心地は悪くなってしまう。
他の一年生たちは、みんな先輩たちの理不尽な要求にもため息をつきながら応えている。
私は正しいことをしているつもりだけど、間違っているのかしら?
理不尽なことには抗わず、ただ受け入れるのが生きる術なの?
そんな世の中の構造に嫌気が差し、ぼーっと男子バスケ部の方を見ていた。
すると、ボールが頭にぶつかったのか、蹲って大声を出している天海がいた。
そんな姿を見ていて、少し笑ってしまった。
早く彼と邪魔のいない世界で過ごしたいわね――
▲
「今日も今日とて、相変わらず先輩達とドンパチしてましたな~」
部活動が終わると美波が私の元にのこのことやって来た。
「私は決して屈しないから」
「そういう生き方、疲れないの?」
「……別に」
美波の言葉が少し私の身体を重くした。
みんな負けを受け入れるから、呑気に過ごせる。
私みたいに反骨心を持っていても、いばらの道になるだけ。
「さっきさぁ、先輩達がいつも愚痴ってる先生を囲んでおだててるから吹いたわ」
「何よそれ」
「担任の岡本先生をカッコイイとか、先生凄いですって。主に石田がおだててた」
どうやら私が顧問の先生を頼ろうとしているからか、先回りして先生に媚びを売って気に入られようとしているみたいだ。
どこまでも姑息な人たちね……
「というか、帰らないの?」
「私、この後も練習するから」
「ふえっ!? 部活後にも練習?」
「ふえっ!? 先輩達が邪魔で自由に練習できないから、部活後にやるのよ」
「……育美ちゃん、その驚き方は流石にキモくね?」
美波の真似をしたのに、ドン引きされている。
「あなたも同じことやってるじゃない!」
「わー怒った怒った~」
そのまま逃げるように帰っていく美波。
いつか私を本気で怒らせて、頬を叩かれないようにしてほしいわね。
気を取り直して、もう一度体育館へ戻った。
すると、天海が既に練習を始めていた。
「お待たせ」
「来てくれんのかよ!?」
「何? 来ちゃ駄目だったの?」
私の姿を見て過度に驚いている天海。
昨日はまた明日も一緒に練習するって言ったのに。
「今朝、学校でめっちゃ冷たかったから、もう来てくれないのかと思った」
安堵した表情で嬉しそうにしている天海。
表情が顔に出やすいのか、何を思っているのかわかりやすい。
「急に話しかけるあなたが悪いのよ。こっちにも心の準備とかあるから」
「挨拶は急に話しかけるもんだろ」
「そ、そうだけど……」
どうやら天海は今朝のことを引きずっていたようだ。
それが少し微笑ましく思えて、心が温かくなる。
今日も天海と二人でバスケの練習をした。
部活後だから時間に余裕は無いけど、少しの時間でも濃厚だった。
自由に練習できるし、邪魔者はいない。
たまに天海の面倒を見て、彼の鈍い動きにリラックスする。
なんだかバスケを初めて楽しめた気がした。
それは彼の影響なのか、単に部活という縛りがないからなのか――
練習を終え、天海と二人で帰る。
今日は事前に親へ少し遅くなると伝えてあるので、迎えは来ていない。
家の方角は途中まで一緒だったので、少しの間だけ彼との会話を楽しむ。
「同じ部活に嫌いな先輩がいたらあなたはどうする?」
「え~難しいな。歯向かっても面倒なことにしかならなそうだから、できるだけ気にしないようにするかな」
天海から欲しい答えが返ってこなかった。
「何で? 負けず嫌いなんじゃないの?」
「相手は先輩だろ? 相手は見極めないと」
「……がっかりね。あなたなら共感できる答えをくれると思ったけど」
彼に理想を押し付けるのは良くないと頭では分かっているけど、もっと別の言葉を聞きたくなってしまう。
「自分の気持ちだけじゃどうにもなんないこともあるんだよ。同じ部活だったら周りを巻き込むことになっちゃうだろ」
「じゃあ、指を咥えて見てろとでもいうの?」
「違うよ。わざわざ張り合って相手と同じレベルに立つ必要無いじゃん。自分は別のところで成功したり幸せを手にして、その嫌な奴に勝つんだよ」
天海はやっぱり負けず嫌いだ。
でも、私とは勝つまでの過程が違う。
私は真っ向勝負。でも、彼は一歩引いてる。
「ストレスとか恨みはどうやって晴らせばいいのよ」
「他で楽しいことをするのが一般的だろ。ゲームをしたり、友達と遊んだり、恋愛をしたりとか」
確かに今冷静に考えると、同じ一年生の部員が反抗しないのはバスケ部だけが彼女達にとって全てじゃないからなのかもしれない。
みんな他の居場所がある。
私だけがバスケ部に固執しているのかも。
「その発散方法はどれも私にできそうにないのだけど……私の恨みは溜まることしかないのね」
「誰かにぶつけるくらいなら、俺にでもぶつければいいよ」
「何よそれ」
普通の人とは異なり、さっきから少しずれたことを言う天海という男。
凡人そうに見えて、意外と変わっているのね。
「じゃあ、痛くても動かないでね」
「えっ、ガチなの?」
私が拳を握りしめると、困った顔をして慌てる天海。
「ふふっ、冗談よ」
自分で言ったくせに、ビビっているのが可愛い。
からかいようがあるわね。
「笑った顔、めっちゃ可愛いな」
「えっ」
いきなり可愛いと言われて戸惑う。
私、普段はぜんぜん笑えないのに、さっきは素で笑っていたみたいだ。
「……というか、あなたは顔が真っ赤よ」
向こうから可愛いとか言ってきたくせに、何故かその発言を振り返って自分で恥ずかしくなっている天海。
「そっちもな。引き分けだから」
そう言って、私とは別の方向へ逃げるように帰る天海。
どうやら、私の顔も彼と同様に赤くなっていたみたいだ――
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