第9話 ♂浮かれる少年
バスケ部のみんなに負けないよう、部活後にも練習しようと思い立った。
そして、夜の体育館で須々木と出会った。
中学校生活が始まってからずっと気になっていたクラスメイト。
だけど、ほとんど関わることはなくて、同じクラスでも距離は遠かった。
その生徒と今、一緒にバスケを練習する流れになった。
人生というのは、いったい何が起こるか本当にわからないな……
「シュートはボールに回転を加えるとコントロールしやすくなって、決めやすくなるわよ」
そう言いながら悠長にシュートを決める須々木。
間近で見ると、改めて綺麗な女の子だなと思う。
姿勢も良いし、喋りも落ち着いている。
育ちの良さが滲み出ている気がする。
「こんな感じか?」
須々木の真似をしてシュートを打つが、入りはしなかった。
「ぜんぜん違う。私のこと馬鹿にしてるの?」
「し、してないって。俺が下手なだけ」
やはり、今までの印象通りでちょっと恐い。
真面目に練習しないと、怒られるし嫌われてしまいそうだ。
「ドリブルシュートとか、ぜんぜんできないんだよなぁ」
「試しにやってみて」
挑戦してみるが、シュートのタイミングを逃してドリブルで駆け抜けただけになった。
「ドリブルする時は、ボールを見ないで前を見るのよ。それじゃあ味方もゴールも確認できないじゃない」
「なるほど」
前を見ることを意識してもう一度挑戦するが、ボールの行方が気になってしまい、初回と同様にシュートのタイミングを逃してしまった。
「前を向きなさいって言ったでしょ」
「ご、ごめん。頭ではわかっているんだけど、慣れないとけっこう難しいな。やっぱりボールを扱う基礎から身につけないと」
「あっ……私の方こそごめんなさい。まだ始めたばかりなのに、少し強く言い過ぎていたわ」
「別に言い方とかは何も気にしてねーけど」
普段から廣瀬に散々言われているため、何も気にならなかった。
意外とズバズバ言う人なんだなとは思ったが。
「じゃあ厳しく言うわ。ちゃんとやりなさい」
「はい」
「返事が小さい」
「はいっ!」
「……冗談よ。二人きりだから、小さくて大丈夫」
普段は無愛想な須々木が、少しだけ微笑んだ。
そのギャップにやられて、顔を直視できなかった。
「須々木も冗談とか言うんだな」
「あのねぇ、私をどんな人間だと思っているのよ」
「天上天下唯我独尊」
「そこまで自惚れてないから」
怒った須々木から強めのパスを受け取る。
「あなたと同じで負けず嫌いではあるけど」
「一緒じゃん」
「でも、あなたは私と違って苦労しそうね」
俺が弱そうにでも見えたのか、負けず嫌いな性格だと苦労しそうな未来が見えるみたいだ。
「負け色の濃い方がさ、勝った時の衝撃や喜びはひとしおなんだよ。ジャイアントキリングってやつだな」
「そうなの? 私は常勝だからそっち側の気持ちはわからないわね」
明らかに上から目線の須々木。
いつか、須々木にもバスケで勝って見返してみせる。
夜の八時前には練習を終え、体育館を出た。
須々木は時間が遅いためか、親が車で迎えにきているようだ。
やはり、他の生徒と比べて裕福な家庭なのだろうか……
まだ出会ったばかりだから知らないことがたくさんある。
これから少しずつ、須々木のことを知っていきたい。
「あ、あのさ」
今日はたまたま練習に付き合ってくれただけで、明日は来てくれるかわからないし、気が向いたら来るだけかもしれない。
でも、俺は明日も一緒に練習したいなと焦がれている。
「また明日、頑張りましょう」
須々木の方から明日も練習しようと声をかけてくれた。
それが、たまらなく嬉しかった。
今日の夜は変にうきうきしてしまい、上手く寝れなかった――
▲
会いたい人がいると、学校が楽しみになる。
俺の頭の中は須々木さんでいっぱいになっている。
浮かれてはいけないと頭ではわかっているが、油断すると顔が少しにやけてしまう。
「あ~早く放課後になんねーかなぁ。まじで身体が疼てるぜ」
「おいおい、今日はやけにテンション高いな」
隣にいる廣瀬が俺を奇異な目で見ている。
「部活後の自主練が楽しみになったからな」
「まじでやってんのか」
「ああ。しかもあの須々木さんが協力してくれる流れになったからな」
廣瀬には隠しておきたかったけど、浮かれ過ぎてつい言ってしまった。
「何であの須々木が出てくんだよ」
「体育倉庫からうっかり出られなくなっちゃったみたいで、俺が自主練のため体育倉庫からボールを取りに行ったら解放されたと。その流れでバスケ教えてって頼んだ」
「……お前の妄想じゃねーだろうな?」
「俺も驚いたけど、これガチだから」
にわかには信じられないといった様子の廣瀬。
ちょうどいいタイミングで須々木が登校してきた。
早速、挨拶をして廣瀬に仲良くなったことを証明してやろう。
「あっ、須々木おはよう」
「…………」
挨拶は返されず、ほんのわずかに会釈をされただけだった。
えっ、めっちゃ素っ気なくね!?
昨日は仲良く話せていたのに……
「お前なぁ、嘘をあたかも事実のように話すのはもうサイコパスだぞ」
「お、おい、本当なんだって」
「いやいや、向こうは急に挨拶をされて困惑してたぞ。むしろ嫌われたんじゃないか?」
おいおい、気分が変わっちまったのか?
昨日は仲良くしたけど、冷静に考えたら生理的に無理とかなったのか?
女の子は感情の波が激しいとは聞くからな。
もしかしたら今日の放課後も来てくれないかもしれない。
「……世界終わんねーかな」
「さっきまでのテンションの高さはどこ行ったんだよ」
ヤバい、泣きそうだ。
須々木のやつ、いったい何を考えてんだか……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます