第8話 ♀震える少女


 朝はいつも一人で登校している。


 別に寂しくはない。

 一人だと音楽を聴いて楽しむこともできる。


 輪になって楽しそうに話しながら登校している人を見ても、何も思わない。

 中身のない話題ばかりだし、周りに合わせるのも大変そうに見える。


 私は自ら望み、一人で登校している。

 決して、友達作りに失敗したわけではない。


「いーくみちゃん」


 背後から声をかけられた気はするが無視をする。


「ねぇー育美ちゃん」


 甘ったるい声で私を呼ぶのは一人しかいない。


 振り返ると、そこにはやはり大塚さんが立っていた。


「何の用?」


「一人ぼっちで寂しそうな背中をしてたから、声をかけたの」


「別に寂しくなんかないのだけど」


「相変わらず強がってますなぁ」


 わかっていますよという憎たらしい顔で話す大塚さん。


「あなただって一人じゃない」


「一人じゃないよ。もう二人じゃん」


「……そうね」


 腕を掴んでくる大塚さん。

 好きじゃない要素が多い人なのに、話していると何故か安心する自分もいる。


「というか、何で私のことを名前で呼んでいるの?」


「ふえぇ~友達だからだよぉ」


「一方的ね」


 小学生の時、周りは名前で呼び合っていたのに私は苗字で呼ばれることが多かった。

 私は彼女たちを友達と思っていたのだけれど、どうやら違ったみたいね。


「あたしは美波って言うんだけど」


「興味無い」


「あたしのことも名前で呼んでよ~」


「どんな漢字を使うのかしら?」


「興味あんじゃん」


 美波の返しに何も言えなくなる。

 素直になれない性格とはこのことね。


「美しいに海の波で美波だよ」


「意外と綺麗な名前ね」


「意外ってどういう意味かな?」


 名前は両親がつけるから、意外と名前に性格が出ることが多いと私は勝手に考えている。

 可愛い名前がつけられていると我儘な性格の人が多い気もするし、綺麗な名前の人は性格も大人しい人が多い気がする。


 でも、美波は美波っぽくない。

 感情に波はありそうだけど。


「育美ちゃんと美しいって漢字は一緒だね。名は体を表すって言うけど、お互いその通りだね」


「あなたに美を感じたことはないのだけど」


「それはちょっと酷くないかな?」


「美しいより、可愛い系ということよ」


「育美ちゃ~ん」


 甘やかすと抱き着いてきた美波。

 こんな人懐っこい人と仲良くなったことがなかったから、ペットみたいで少し可愛いわね。 


「あたしのこと可愛いと思ってくれてたんだね」


「別に……」


「そういう素直じゃないとこも好きぃ」


 いつの間にか私が素直じゃない性格だということも把握されていた。


 ペットはペットでも、油断していると噛まれてしまいそうな、注意が必要なペットのようね――



     ▲



 放課後になり、部活動が行われた。


 私は相変わらず先輩達から腫れ物扱いされている。

 その影響もありバスケをしていても、あまり楽しめていない自分がいる。


「じゃあ今日の片付け当番は大塚ね。みんな撤収~」


 何故か後片付けを美波一人に押しつけている先輩達。

 私と仲良くしているのが原因なのかは分からないけど、美波も私と同等に嫌われてしまっている。


「一人でやるのは効率が悪いのでみんなでやりませんか?」


 私は後輩に理不尽を押しつける先輩達に異議を唱えた。

 別に美波を守りたいわけではなく、見過ごせない自分がいただけ。


「じゃああんたら二人で仲良くやれば? みんな体育館出るよ~」


 他の一年生は先輩達に怯えながらぞろぞろと体育館を出ていく。

 冷たい人達だなとも思うが、私に賛同すると先輩達から目を付けられてしまうことを恐れる気持ちも理解できる。


「ごめんね」


 一緒に片付けをしていると珍しく美波が謝ってきた。


「あなたも黙ってないで少しは言い返してみたらどうなの?」


「そんなの、できっこないよぉ~」


「そんな気弱だから先輩達のおもちゃにされるのよ」


 美波は無駄に容姿が良いので先輩達から妬みの対象にもなり、私みたいに歯向かわないので嫌がらせを受けているのかもしれない。


「今日は家族の用事があるのに」


「……後は私がやっておくから、先に帰っていいわよ」


「良いの? ありがとっ」


 先輩がまだ私達の様子をチラ見しに来ていたので、嫌な予感がした私は美波を先に帰らせた。


 慌てていたので、美波は本当に用事があったのだろう。

 この貸しはいつか返してもらえればいい。




「ふぅ……ようやく終わったわね」


 バスケットボールが詰まった大きなカゴを体育倉庫に仕舞い、片付けを終えた。


 先輩達が私に何か言いに来るかと思ったけど、何もしてこなかったのは拍子抜けだった。


 しかし、体育倉庫の扉が急に閉まり、鍵を掛けられた音がした。


「ちょ、ちょっと!」


 や、やられた……外から微かに先輩達の笑い声が聞こえてきた。


「開けて!」


 扉を何度も叩き叫ぶが、外からの反応は何も無かった。


 きっとこのまま放置するつもりなのだろう。

 先生に言いつけてやらないととも思うが、中に人がいるのに気づかなかったって言って誤魔化してくるかもしれない。


 いや、それよりも今は外に出ないと。

 ここで一晩過ごすなんて絶対に嫌。


 それに電気が壊れていて、中は真っ暗となっていた。


 真っ暗なのは、小学生の時に閉じ込められた経験のせいでトラウマになっている。

 今では寝る時も電気を点けっぱなしにするほどの暗所恐怖症だ。


 身体の震えが止まらなくなってくる。

 これじゃあ、あの時と一緒じゃない。


「ふざけないでよ……」


 絶望に襲われ、扉の前に膝から崩れ落ちた。


 扉の隙間から見える僅かな光でも見ていないと、気が滅入ってしまう。


 人前や学校とかでは泣いたことのない私だったけど、流石にこの状況は涙も出てくる。


「誰か……お願い」


 誰にも届かぬ願いを口にした。


 もう部活の終了時間だったこともあり、これから体育館へ来る人などいないだろう。

 両親も私が帰ってこないと心配するだろうけど、こんな場所にいるなんてわからず見つけてはもらえない。


 私は自分の身体を強く抱きしめて、少しでも震えが収まるよう必死にもがいた。


 恐怖に不安、怒りや憎悪。

 負の感情が募ってきて、私までもが真っ黒になりかけていた――



「うわっ、ビックリした!?」


 何故か扉が開き、扉の前にしゃがみ込んでいた私を見て驚く男の声が聞こえた。


 顔を上げると、そこには一人の男が立っていた。


「女バスの須々木じゃん」


 相手は私のことを知っているみたいだが、私はその男のことを知らなかった。


「えっ……何でここに?」


「女バスの練習が終わったみたいだから、体育館で居残り練習をしに来たんだよ。今日は男バスが体育館使えない日だったけど、ライバルと差を埋めるために自主トレだ」


 まさかの放課後練習なんてするバカ真面目な男子が体育館へ来てくれた。


 でも、そのバカ真面目さに助けられた。

 安堵で震えも収まっている。


「というか、それはこっちの台詞なんだが。何でこんなとこにいんだよ」


「運悪く出られなくなってたの」


 先輩に閉じ込められたことは隠す。

 この男を巻き込むわけにはいかないし。


「ドジっ子かよ……って、泣いてるのか?」


「泣いてないけど」


 私は慌てて涙を拭い、何事もなかったかのように立ち上がった。


 今思えば、体育倉庫のドアは何か道具を使えばこじ開けることはできたかもしれない。

 さっきはパニックになっていて、冷静な判断ができずにいたようだ。


「というか須々木って一年なのにめっちゃバスケ上手かったよな? 俺にも教えてくれよ」


「いや、その前にどこのどいつなのか名乗りなさい」


「男子バスケ部の天海七渡だよ。クラスメイトでもあるのに影薄いな~俺」


 その名前には聞き覚えがあった。

 顔もよくみれば見たことあったかも。


 天海は切り替えてカッコつけながらシュートを打ったけど、リングにかすりすらしなかった。


「シュートフォームが腐っているわね。下手過ぎないかしら?」


「下手だから練習してんだろ」


「どうして上手くなりたいの?」


「……負けっぱなしは悔しい」


 天海の気持ちは共感できた。

 どうやら、彼も私と一緒で負けず嫌いみたいね。


「教えてもいいわよ」


「本当か?」


「というか、練習に付き合うって形になるかしら。私も人に教えるほど理解しているわけではないし」


 先輩達のせいでまともに練習できなかったから、私も彼と一緒に自由に練習をしたい。


「それは助かる」


「こっちの台詞よ」


 天海という男に助けられた。

 彼は助けたつもりはないのだろうけど、彼の行動が私を救ったのは事実だ。


 恩は返したい。

 彼がバスケが上手くなるまで、練習に付き合うことにしよう――

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