第7話 ♂優しい少年
五月になり、話せる知り合いも増えてきた。
やはりバスケ部に所属しているだけあって、声をかけられることも多い。
運動部に入るメリットってけっこう大きいなぁと実感する。
「おはよー大塚さん」
教室に入り、後ろの席の大塚さんに挨拶をした。
女子からは煙たがられている大塚さんだが、男子からは可愛いと評判だ。
俺は席が近いのでちょっと変なところもある人だなと思ってはいるが。
それに大塚さんはあの須々木さんと仲が良い。
むしろ須々木さんは大塚さんとしか仲良くしてないので、大塚さんは何か俺の知らない魅力があるのかもしれない。
「ふえぇ~おはよー」
「大塚さんって土日は何してるの?」
「家でスマホだよん」
相変わらず話し方がねちっこい大塚さん。
やっぱり俺は少し苦手かもしれない。
「何かスマホゲームとかやってるの?」
「ずっとヤフーニュースのコメント見てるかな~」
暇過ぎるのか、誰かのコメントを眺めているだけのようだ。
「俺もたまに覗いたりするけど。スポーツニュースとかで」
「あたしは芸能人とかの不祥事とかかな~」
「そういうニュースはコメント欄とか荒れてそうだね」
「そうそう。それが楽しくて全部見てるの」
これは俺の偏見だけど、そういうのばかり見ていると性格が悪くなってしまいそうな気がする。
誹謗中傷も多いし、偏った意見ばかり注目されるからなぁ……
「ニュースの記事見てこの芸能人の女ムカつくな~って思ったら、コメント欄でみんな叩いてくれるからめっちゃスッキリする」
時すでに遅し!?
悪魔みたいな顔していやがる……
「自分で書いたりはしないの?」
「あたしは誰かを否定するためにそこまで必死にはなんないかなぁ」
まるで全てを見下しているかのような顔で語っている。
明らかにヤバい人なのに、何故か興味が湧いてしまうな。
「須々木さんと仲良いよね」
「え? あれ? あたしと仲良くなって育美とお近づきになりたい感じ?」
「い、いや、そういうわけじゃないけど」
急に顔つきが恐くなった大塚さん。
でも、須々木さんを名前で呼んでいるということは、やっぱり仲が良いみたいだな。
「いいよ、伝えといてあげる。天海君があたしを使って育美と仲良くなりたいみたいだって」
「ちょ、ちょっと」
そんな風に伝えられたら嫌われてしまう。
何か大塚さんの気に障ることを言ってしまったのだろうか……
「ごめん、少し気になったんだ。須々木さんが唯一仲良くしているのが大塚さんだけだし」
「残念だけど、天海君は眼中に無いみたいだよ」
「そ、そっか……」
悲しい事実を聞かされ地味に傷ついた。
まぁ、須々木さんに魅力はあるけど俺には特にないしな。
というか、いつものねちっこい喋りはどこへ行ったのか。
めっちゃ冷たい声で話してるし、これが大塚さんの素なのだろうか……
「女バスってさぁ」
「何でまだ話すの?」
話している途中で割って入ってきた大塚さん。
「何でって、まだ話したいと思ったからだけど」
「あたしのこと、嫌いになんないの?」
「ならないよ。別に虐められたわけでもないし」
きょとんとしている大塚さん。
もしかして、わざと俺に嫌われようとしたのだろうか……
「どうしたら嫌いになる?」
「俺の大切な人たちを殴ったりとか?」
「そんなことする奴、滅多にいないでしょ」
別に大塚さんの性格が悪かろうが、嫌いになる理由にはならない。
誰かを嫌いになればなるほど、誰かから嫌われると母親から教わった。
「……優しいんだね」
見たことのない優しい表情を見せた大塚さん。
そのギャップに思わず、少しドキドキしてしまった。
先生が教室に入ってきたので、大塚さんとの会話を終える。
結局、どれだけ話しても謎が深まるばかりだったな――
放課後になり、部活動が始まる。
今日は体育館を他の部活が使用するため、外でのトレーニングとなった。
ランニングと筋トレが行われるだけで、ボールは扱わない。
「頑張って練習はしてるけど、俺が上手くなっても周りもその分上手くなっていくから差が縮まらない」
俺は廣瀬に愚痴をこぼす。
少しずつバスケが上達してきたけど、それでもまだ手ごたえはない。
「他の人よりも上手くなりたいなら、他の人よりも練習するしかないだろ。結局は努力だな」
「そうか、部活外でも練習すればいいのか」
「そういうことだな」
別に練習していいのは、部活動の時間だけではない。
周りが休んでいる間も地道に練習を重ねて、レギュラーの座を狙おう。
「そうと決まれば今日から練習だ!」
「向上心だけはあるよな」
「それ以外もあるから。優しさとか」
「自分で言うなよ」
廣瀬はいつの間にか俺に遠慮をしなくなった。
お互いに言いたい放題言う仲となり、より距離が縮まっている。
「いや実際に今日、大塚さんから優しいって言われたし」
「まっ、先週の給食の時間に瀬下さんが吐いた時に天海が率先して嘔吐物を処理してたのを見た時は、俺も優しいなと思ったが」
「おいおい、急に何だよ」
いつもは馬鹿にしてくる廣瀬がいきなり褒めてきたので、少し気恥ずかしくなる。
「俺が思う優しい奴ってのは、言葉じゃなくて行動で本物かどうか分かる気がする。普段の天海は口じゃなくて行動で優しさを見せてくるからな」
「おいおい、今日はやけに俺に甘いな」
「まぁ、優しさがあってもバスケは上手くならないが」
「知ってるよ! そのぶん練習すっから!」
バスケが上手くなったら廣瀬を負かせてぎゃふんと言わせてやりたい。
そのために、今日の部活後に体育館で練習をしよう。
部活が終わり、みんなは疲れた様子で帰っていった。
俺はこれからさらに練習をする。
女バスやバトミントン部が帰っていったのが見えたので、もう体育館は使われていないはずだ。
顧問の先生から体育館やボールの使用許可を得たので、早速体育館へ向かう。
普段は先輩達が中心となってボールを扱うため、シュート練習も自由にできない。
今なら貸し切り状態なので、好き勝手に練習ができる。
バスケットボールを使うため、鍵を外して体育倉庫を扉を開けた。
「うわっ、ビックリした!?」
何故か体育倉庫にはしゃがみ込んでいた女の子がいた。
驚き過ぎて心臓が止まるかと思った。
そして、この出会いが俺の学校生活を大きく変えてしまった――
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