第6話 ♀伝統を壊す少女
中学校生活も二週間ほどが経過し、新しい学校での日々にも慣れてきた。
今日は午前中の時間をフルに使い、新体力テストが行われる。
最初に握力の測定が始まる。
空手を習っていたため、握力には自信がある。
「凄い、握力31だって」
「一番?」
「うーん……ソフトボール部の駒崎さんが34もある」
好記録だったが、上には上がいたようだ。
ソフトボール部の駒崎さんは男勝りな体格をしている女性だったわね。
次はハンドボール投げだ。
バスケ部に所属しているので、ボール投げでは負けたくない。
「凄いよ、18メートルも飛んでる」
「一番?」
「うーん……ソフトボール部の駒崎さんが23メートルも飛ばしてる。でも、二番でも三番の人と3メートルも差があるから圧倒的だよ」
ソフトボール部の駒崎さん強過ぎないかしら?
厄介な人が同じクラスにいたわね……
駒崎さんがいなければ、ほとんどの種目で一位をとれてたかもしれないのに。
まぁでも、それが現実。
理不尽なことはいつも起こる。
どれか一種目でも私が勝てれば、それで私の勝ちよ。
体格差があるのだから、それぐらいのハンデは貰わないと。
次は50メートル走だ。
小学校の時は女子の中で一番早かったし、全力を出せば一番になれるかもしれない。
「須々木さん、7.9秒だって! 7秒台は一人もいないからクラスで一番だよ! 化け物の駒崎さんも8秒台だし」
「やった!」
遂に一番を取ることができた。
これは嬉しい。
思わず久しぶりにガッツポーズが出てしまった。
「須々木さんって、意外と無邪気に喜んだりするんだね」
ペアとなった記録係の澤田さんに、少し笑われてしまう。
私は恥ずかしくなって、記録用紙で顔を隠した。
「廣瀬凄っ、6秒台とかまじかよ!?」
「走るのは得意なんだ」
バスケ部の廣瀬の好記録に、周りの男子たちが騒いでいる。
やっぱり女子と男子では差がある。
小学生の時は男子に紛れても勝つことはあったけど、中学生にもなるといつの間にか到底勝てないレベルに差が離れていった。
せっかく化け物の駒崎さんに勝ったのに、現実を思い知らされてテンションが下がったわね。
「天海君、8.3秒だって」
「おっ、俺的には調子良いな」
私より遅いタイムで喜んでいる男子がいた。
まだ私でも男子に勝てる競技はあるみたい。
「……私の勝ちね」
「えっ」
腹いせにクラスメイトの男子に勝利宣言をしてその場を去った。
天なんとか君には屈辱かもしれないけど、悔しいなら他の種目で私に勝つがいいわ。
新体力テストを終え、後日に結果のプリントが配られた。
学年では総合成績が五番目の順位となっていて、中学校生活では誰にも負けないようにするという私の目標が早くも崩れてしまった。
私は自分が思っているほど、凄い人間ではなかったみたいだ。
その現実を思い知らされたがために、良い意味でも悪い意味でも肩の荷が下りてしまった――
▲
放課後になり、大塚さんと一緒にバスケ部の練習が行われる体育館へ早歩きで向かう。
担任の先生から提出物についての呼び出しがあったため、時間がギリギリになってしまった。
体育館の入り口の前に着くと、先輩の石田さんが立っていた。
「あっ、遅刻だね」
「すみません。先生に呼ばれてました」
急いだため、練習が始まる時間から一分ほどしか遅れていない。
今まで先輩達も何度か遅れて来たことがあったが、特に何のお咎めもなかったはずだけど。
「遅刻はいけないことだから反省しないとね」
「私達が原因ではないのですが……」
何も悪くないのに反省だなんて理解に苦しむわね。
先輩のニヤニヤしている表情からして、嫌がらせをしたいだけなのが伝わってくる。
「小学生じゃないんだから言い訳は止めようね」
「小学生じゃないんですから意地悪は止めてください」
「意地悪じゃなくて注意だから!」
一言返しただけでムキになる先輩。
「ボール磨きね! これは先輩達から引き継がれているルールだから」
「いや、何度も言いますが、先生からの呼び出しがあって遅れました。この意味がわかりませんか?」
「うっさい! 黙ってやりなさい!」
「うるさいのはムキになって大声を出している先輩の方だと思うんですけど……」
ゴミを見るような目で先輩を見る。
隣にいる大塚さんは呑気な顔をしている。
「ルールを守ってよ! ルールを守らないと練習に参加させないから」
暴論を言いながら体育館へ入っていく先輩。
先輩という肩書はあるものの、やってることはガキね。
「ふえぇ~ボール磨きすんの?」
「理由は不服だけど、使用するボールを綺麗にするのは必要なことだわ」
「だるるんぽぉ~」
「日本語で会話してくれないかしら?」
相変わらず何を言っているのかわからない大塚さん。
女子からは距離を置かれているけど、容姿が良いためかクラスの男子からはチヤホヤされている。
体育館倉庫にあるボールを雑巾で磨いていく。
倉庫内にパイプ椅子が置かれていたので、椅子に座って手早く磨き始める。
半分くらいを終えたところで、再び石田先輩がやってきた。
「何で座ってボール磨きしてるの?」
「こっちの方が早く磨けるので」
座りながらボール磨きをしているのが不服だったのか、文句を言いにきたようだ。
そんなことを気にするより石田先輩は練習をした方がいいと思う。
レギュラーの中でも一番下手だったから、余計なことをしている余裕はないはずなのに。
「いや、座るなって言ってるの。それじゃ反省にならないじゃん。日本語難しかったかな?」
「座った方がボール磨きの効率も良く、色々考え事もできて反省もしやすいと思うのですが」
「理屈じゃないの! 自分を守るより、伝統を守って!」
「……では、先輩はパソコンを立ったまま使いますか? 座って使いますよね? 何で座って使うかわかります? 座って使った方が効率良いからですよ。もし先輩たちが立ったままパソコンを使っていたら、座って使った方が良いよと私は言いますけど。伝統が間違っているのなら、後輩たちのためにも直していかないと駄目じゃないですか?」
「ほんと生意気っ!」
何も言い返せなかった石田先輩は捨て台詞を吐いて練習に戻っていった。
いったい何をしに来たのかしら?
「ふぇっ、須々木さんカッコイイ」
「自分の意見を言ったまでよ」
「あんな恐そうな先輩にも堂々と物申せるなんて、本当に凄いよ」
大塚さんは私を称えてくれるけど、私はそんな凄いことをしている実感はないので複雑な気分だ。
「別に大塚さんにもできることよ。心の中では思うことあったでしょ?」
「あたしには無理だよぉ。心の中では陰毛みたいなチリチリした髪のブスが黙れよって言ってたけどね~」
「……そう」
まさかの隣の人が一番性格悪かったわね……
いつも何も考えてなさそうな腑抜けた感じだったのに、心の中は意外とどす黒い。
「でもさ、言いたいこと何でもかんでも言ったら嫌われて面倒なことになるかもしれないよ。みんな、そうなることを恐れて我慢してるしぃ」
「そんなの、負けを認めるのと一緒じゃない。私は負けたくないの」
「先輩に好かれた方が部内で安心できるし、社会に出たら先輩に好かれないと出世できないとも聞くしぃ」
「先輩だからって間違ったことをしていれば指摘しないといけない。それで嫌ってくるような人間に教えられることなんてない。社会に出たら先輩に好かれなくても自分の実力で出世できる仕事をしたいわ」
大塚さんの懸念も理解できるが、だからといって私は自分を曲げない。
「……そうなんだ。意識高いね」
再び何か言い返そうとしていたが、少し間を空けて意識高いねで話をまとめようとしてきた大塚さん。
煽られている感じがして、少し不愉快ね。
「あたしは誰かにすがって生きたいかなぁ。人生楽したいし」
「あら、私が一番嫌いなタイプね」
「そうだね。あたしは須々木さんみたいに理想主義じゃなくて、現実主義だからさ」
ニヤニヤしながら私を見ている大塚さん。
いつの間にか普通の話し方になっているのが逆に気味悪い。
「まるで私が夢見る少女みたいな言い方ね」
「あたしの中ではね。須々木さんは孤独で破滅するタイプだと思うよ」
「馬鹿にしないで!」
勝手なことを言われて、少しムキになってしまう。
これじゃさっきの石田先輩と一緒だ。
「もう話しかけてこないで」
やっぱり大塚さんとは相容れない。
クラスメイトで同じ部活ということもあって話すことは多かったけど、私とは真逆の位置にいる人間だもの。
「だから、話しかけてきたのはそっちじゃん」
「くっ……」
この大塚美波という人間は、いったい何者なんだろうか……
何故か綺麗に勝つことができない。
まるでスライムのように柔らかく、言葉で攻撃をしてもぽよんと跳ね返されてしまう。
そのくせ、向こうは時たま毒を吐いてくる。
まるで兄がやっていたテレビゲームのモンスターとして出てきたバブルスライムみたいね。
きっと大塚さんは私に勝とうとしてない。
だから負けることもない。
私が勝手に勝負を挑んで、勝手に勝負から降りている。
それが異様に腹立たしい。
「前言撤回。あなたに勝つまでこれからも話すわ」
「ありゃ、依存症だね」
「それはあなたでしょ」
大塚さんと一緒にいても、きっと私にとってプラスになることはない。
それどころか、もしかしたらマイナスになってしまうかもしれない。
それでも、いつかぎゃふんと言わせてやりたい。
「ごめんね。先に謝っておく」
「どういうことよ」
「あたしと一緒に居ても、きっとろくなことなさそうだからさ」
何よそれ……
私の懸念さえも、この子の範疇の中だと言うの?
「あたしは須々木さんのこと好きだから安心してね」
「逆に不安なのだけど」
何はともあれ、この日から大塚さんと腐れ縁のようなものができてしまった――
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