第3話 ♂浅すぎる少年


 中学校生活が始まった。


 身長が高くなるのを見越して大きめのサイズで買った着慣れない制服。

 何もしていないのに萌え袖みたいになっていて、少し恥ずかしい。


 別の小学校から来た、見知らぬ生徒達。

 みんな無駄にオラついているので、少し絡み辛い。


 俺はどんなキャラ設定で新生活を送ろうか迷うな……

 こういうのは最初が肝心だからな。


 面白い奴だって思われれば友達もたくさんできるはず。

 お笑い芸人みたいに面白いことを言いまくろう。


「天海だっけ? 何部入ろうとしてんの?」


 クラスメイトの小宮君が話しかけてきた。


 これは友達になれるチャンスだな。

 面白いことを言って、笑いを生んでみせる。


「全部」


「……は?」


 笑ってくれると思ったのに冷めた反応が返ってきた。


「部活だけに全部、なんつって」


「つまんな。やべぇなお前」


「……ごめん」


 おいおい、まだ学校が始まって二日目なのにもう転校したくなったぞ。

 この先、大丈夫か!?


「あっ、めっちゃ可愛い人だ」


 クラスメイトの視線が、教室へ入ってきた一人の女性に向けられる。

 俺もつられてその子を見るが、同じ感想を抱いた。


 黒いサラサラとした髪の毛、細身の身体、ほとばしる清潔感。

 身長が高めの女の子で、見るからにクールそうな人だ。


「あの子、須々木っていう名前らしい」


「そうなんだ」


 別の小学校の生徒なのに、何故か不思議なほど既視感がある。

 名前も何故かしっくりときた。


 どこかで会ったりしたっけかな……


 担任の先生が教室に入ってきて、朝の挨拶が始まる。

 今日は授業の一時間目の枠も使って、自己紹介を兼ねるみたいだ。


 俺は天海という苗字であ行ということもあり、最初に自己紹介をしなければならない。

 一番プレッシャーがかかる最悪なシステムだ。

 苗字に罪は無いので、この恨みは誰に晴らせばいいのか……


天海七渡あまみななとです。みんなと仲良くなれたらなと思います。よろしくお願いします」


 先ほど滑り散らかしたので無難な自己紹介にした。


 本当は面白自己紹介を考えてきていたが、先ほどの失敗が俺を抑制してくれた。


 失敗から学べる。

 全てはプラスに繋がるんだとポジティブに考えていこう。


「じゃあ、次は大塚さん」


 俺の後ろの席の女の子が呼ばれる。


 可愛げのある身長の小さな女の子。

 昨日、てちてちと言いながら歩いている姿を見た。


「ふえぇ〜大塚美波おおつかみなみです。幽霊さんが苦手です。よろしくお願いしまちゅ、あっ噛んじゃった」


 ぞっとする自己紹介に身震いをしてしまう。

 アニメの女の子のような声を出して、フニャフニャしながら話していた。


 あれは自分が一番可愛いと思っていなければできない演出だ。

 とんでもなくヤバい奴が後ろの席だったとは……


 ぶりっ子は女子から嫌われる。

 さらに度が過ぎると男子からも嫌われる。


 誰か彼女を早めに止めてやってくれ。

 何か大きな失敗を起こしてしまう前に……


「じゃあ、次は須々木さん」


 自己紹介は進んでいき、先ほど見た可愛い女の子の番になった。


須々木育美すすきいくみです」


 ただ名前だけ名乗って席に座った須々木さん。


 誰とも馴れ合うつもりなんかないといった感じだろうか。

 可愛いのにちょっと恐そうな女の子だ。



「じゃあ、次は廣瀬君」


 自己紹介は終盤になり、今朝から気になっていた高身長のイケメンの名前が呼ばれた。


廣瀬一樹ひろせいつきです。バスケ部に入ります。よろしくお願いします」


 俺はバスケ部に入るつもりでいるが、あいつもバスケ部なのか……


 身長も高いし、見た目もスポーツが得意そうだ。

 このままでは俺のレギュラーの座が危ういな。



    ▲



 放課後になり、バスケ部へ体験入部に来た。


「おっ、同じクラスの天海じゃないか」


 高身長イケメンの廣瀬君に話しかけられる。

 身長の差があるからか、まるで先輩に見えるな。


「ど、ども」


「バスケ部に興味あるのか?」


「そんな感じ。黒子のバスケ見てやりたいなって」


「理由が浅過ぎんだろ」


 悪い奴ではなさそうだが、話は合わなそうだな。

 育ちも良さそうだし、価値観とかめっちゃ違いそうだ。


 その後は先輩からボールを渡されて、シュート練習に混ざった。

 想像していたよりもバスケは難しくて、ろくにシュートを決められなかった。


 しかし、廣瀬君は先輩と同様にシュートを決めていて、ドリブルも器用にこなしていた。


「廣瀬君、上手くね?」


「俺、ミニバスしてたから」


「おいおいチーターかよ」


 ミニバスとは、小学生のバスケットボールチームのことを意味している。

 つまり、同じ一年生なのに経験者だということだ。


「目黒区育ちなら、習い事の一つや二つしてんだろ」


「いや、俺は二年前に九州から引っ越してきたからさ。習い事とかしてねーって」


「へぇ、珍しいな」


 言われてみれば、小学校の時もみんな何か習い事をしてたな。

 この辺りは比較的裕福な家庭が多いみたいだ。


「あっ」


 体育館のもう片方のコートでは女子バスケ部が練習をしている。

 その中にクラスメイトの須々木さんの姿があった。


「須々木さんが気になるのか?」


 ニヤニヤしながら聞いてくる廣瀬君。

 めっちゃ面白がっていやがる。


「あっ、いや、別に」


「みんな可愛いって言ってるぞ。お前には無理だ」


「別にそういう感情はねーから」


 ただ、気になるだけだ。

 好きとか嫌いとか、そういうのとは別枠……のはず。


「廣瀬君はどう思うんだ?」


「興味無いね。それより担任の本間先生が気になってる」


 こいつ、意外と冗談とか言うんだな。

 本間先生は三十代の素朴な人だし、何も気になる要素なんかないはずだ。


「須々木と同じ小学校だった奴が空手の大会で優勝してたとか言ってたから、運動神経は良いみたいだな」


 空手……


 そのワードを聞いて、いつかの日のことを思い出した。

 そういえば、あの可憐な女の子って――

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