第2話 ♀目覚める少女


「どうしよう、どこに隠れよ……」


 クラスメイトと理科室でかくれんぼをすることになった。

 無理やり参加させられたから、乗り気じゃないけど。


「鈴木さん、ここオススメだよ」


「わ、私は鈴木じゃなくて須々木。須々木育美すすきいくみ


「そうなんだ。どうでもいいけど」


 クラスメイトの女の子たちは私に対して冷たかった。


 それはきっと、クラスの中心人物である柳沼やぎぬまさんに嫌われているからだろう。

 どうやら、柳沼さんが好きな男の子が私のことが好きらしくて、私が許せなくなったらしい。


 とんだとばっちりだ。

 私は何もしてないのに……


「もう時間ないからここに隠れなよ」


 試験管等の道具が置かれている棚の一段目にある引き戸の中をオススメしてくる女の子。


「狭そう」


 寝転がらないと入れそうにない。

 しかも埃も見えて少し汚そうだ。


「すぐに終わるから大丈夫だよ。入ったら、あたし達がドア閉めてあげるから」


「で、でも」


「いいから、早く来ちゃうよ」


 半ば強引に隠れる位置を決められてしまう。

 寝転がって引き戸の中へ入り、狭い空間に身を潜める。


 居心地が悪すぎる。

 早く終わってほしい。


「じゃあ、閉めるね」


 引き戸を締められると、中は一気に真っ暗になってしまう。

 光が入り込む隙間も無く、身体を自由に動かせない。


「アハハハ」


 外から女の子たちの笑い声が聞こえる。

 さっきまでは姿を見せていなかった柳沼さんの声も聞こえた。


「キャッ」


 ドンと大きな音が暗闇に響き渡った。

 ビックリして変な声が出てしまっていた。


「ばーか、ざまぁみろ」


 私を馬鹿にする柳沼さんの声。

 どうやら柳沼さんが引き戸を何度も強く蹴っているみたいだ。


「出してっ!」


「ちゃんと謝れば出してあげるけど」


 私はいったい何を謝ればいいのだろうか……


 私は何もしていない。

 私は何も悪くない。


 こんなの、あまりにも理不尽だ。


「謝ってくれないんだ。じゃあ、ちゃんと反省しないとだね」


 何もしてないのに、何を反省すればいいのだろうか。

 本当に性格の悪い人だ。反省するのはそっちのはず。


「先生に怒られたからかくれんぼ中止。みんなもう帰ろー」


 柳沼さん達の声が遠のいていく。

 そして、理科室は無音になってしまう。


 ここから出ようとするが、引き戸が動かない。

 外から何かを引っかけられていて、引き戸が開かなくなっている。


「嘘でしょ……」


 押しても叩いてもびくともしない。

 もしかして閉じ込められた?


「誰か出して!」


 叫んでも何の反応もない。 

 狭くて身体もろくに動かせない。

 そしてなにより、真っ暗で何も見えない。


「……イヤ」


 首の辺りを何かが這っている。

 今までの人生の中で一番不快な感覚。


「イヤァアアア!」


 地獄のような時間が続き、

 声も涙も出るもの全てがあふれ出てしまった――






「君か、行方がわからなくなっていったっていう女の子は」


 何時間か経つと、警備員の人が引き戸を開けてくれた。

 外は夜になっていたけど、それでも世界が明るいと感じた。


「まったく、こんなところで何してるんだか。大人たちを心配させちゃ駄目だろ」


 何故か私が責められたが、身も心も憔悴しきっていて何も言い返せなかった。


 私は地獄のような時間を経験した。

 暗闇が大きなトラウマになったし、他人と距離を置くようになった。


 嫌な意味で忘れらない一日になった――



   ▲2年後▲



「お疲れ」


 空手の時間が終わると、兄さんが迎えに来てくれた。


「いちいち来なくていいのに」


「母さんが行けってさ」


 歳の離れた大学生の兄さん。

 優しくて頼りになるけど、いつも子供扱いしてくるのは嫌だ。


「今日はどうだった?」


「別に普通よ」


「そうか」


 仲が悪いわけではないけど、歳が離れていて性別も違うので、会話は弾まない。


「そういえば、稽古中に外からやたら見てくる男の子がいて気になった」


「育美に惚れたのかもな。どんな奴だった?」


「もう忘れたけど、なんか殴りたくなるような顔をしてた気がする」


「おいおい、おっかねーな」


 空手教室の壁はガラス張りになっているので、たまに外から冷やかしする人もいる。

 そのイライラも稽古にぶつけている。


「それにしても、育美がピアノもバレエも辞めて空手やりたいなんて言い出したのは意外だったな。両親も困惑してたぞ」


「ピアノもバレエも、お母さんに言われてやってただけだし。どうせなら、もっと意味のあることをしたくなったの」


「空手が意味のあることなのか?」


「うん。今はただ、強くなりたいから」


「……やっぱり、あの日が原因なのか?」


 兄さんが言うあの日というのは、二年前に理科室で閉じ込められた日のことを言っているのだろう。

 家族総出で探してくれていたこともあって、兄さんも印象に残っているみたいだ。


 でも、もうみんなに迷惑はかけない。

 次からは絶対に負けないから。


「別に」


「わかりやすい図星だな」


 強くなりたいから空手を始めた。

 真面目に稽古したから、今では大会でも結果を残せるようになった。


 もうきっと女の子には負けない。

 ひょろい男の子にだって勝てる。


「まっ、俺もやられたらやり返す派だから気持ちはわかるぜ。母さんはもっと女の子らしくとか言ってるが、そんな言葉は聞く必要無い」


「兄さんもそう思うよね」


 兄さんは私を否定しない。

 だから、人が少し嫌いになった私でも信用できる。


「俺は弱い女の子が苦手なんだ。育美には寂しいとか辛いとか不安だとかしょっちゅう言ってるメンヘラ女になってほしくない」


 女の子らしくしてないとモテないよと言われたけど、別にモテなくていい。

 誰かから選ばれるんじゃなくて、私が誰かを選びたい。


「母はなんな言ってたけど、強い女の子だってモテるぞ。それに自分を大切にしてるから、相手からも大切にされる。俺はかよわい女性よりも、たくましい女性の方が好きだ」


「本当に?」


「ああ。もうメンヘラはまじでうんざりだ」


 気持ちがこもっている兄さんの返答。

 兄さんは高身長でカッコイイから、彼女も何度かできているみたいだ。

 だけどその分、苦い経験をしているのかも。


「そんな人を選ぶ兄さんが悪い」


「いや、だってあいつら最初は普通を装うんだよ。付き合い始めたら本性を見せてきやがる」


 信用していた相手に裏切られてしまうのは、想像すると辛いことだなとは思う。


「育美も騙されないように気をつけろよ」


「私はちゃんと見抜くから安心して」


 私はもう誰にも期待していない。

 そんな私が、誰かに恋をすることなんてこの先あるのだろうか……



     ▲



「待っていたわ柳沼さん」


 理科室で待っていると、浮かれた顔をしている柳沼さんやって来た。


「は? あたしの友達からダイ君に話があるって聞いて来たんだけど」


「それは嘘よ。あなたの友達に協力して嘘をついてもらったの。いや、友達を騙すのに協力しているから、友達じゃないのかもしれないけど」


「ふ、ふざけないでよ」


 柳沼さんは私とは別の中学校に進学してしまうらしい。

 だから、卒業するまでに恨みを晴らさないといけない。


「ちなみに柳沼さんが好きなダイ君は、柳沼さんのことが好きではないみたいだったから安心して。柳沼さんは性格悪いから苦手だって」


「適当なこと言わないでよ」


「適当ではなく正確なことよ」


 柳沼さんの引きつる顔を見て、胸の奥がゾクっとした。

 この知らない感情は何だろう……


「この理科室であなたがしたこと覚えてる?」


「は? なんのこと?」


 こっちが深く傷ついたことも、傷つけた側は覚えていなかったりする。

 そんな理不尽なこと、あってはならない。

 ちゃんと償いは必要。


「ここであなたに閉じ込められたこと覚えてない?」


「あ~あったあった。あんたそういえば、ここでかくれんぼして出られなくなったことあったよね。こんな辛気臭いところで、おしっこ漏らしてギャーギャー泣いてたって聞いたけど。うける」


「あなたが閉じ込めたんでしょ」


「勝手に物が倒れて開かなくなっただけだから。あたしは何にも悪くないの」


 あの時も適当な言い訳をしていて、柳沼さんが責められることはなかった。

 

 世間は見逃してくれたかもしれないけど、被害者の私は絶対に見逃さない。

 責任を背負わす。償ってもらう。


「もしかして、あの時のことまだ怒ってんの? 陰湿過ぎてキモいんだけど」


「キモいのはあなたの方よ。顔も性格も全部ね。クラスメイトもあなたの知らないところで気持ち悪いって言ってたわよ」


 二年前は柳沼さんに何も言い返せなかった。


 でも、今は違う。

 私は強くなった。


 だから自分に自信がある。

 自信があるから、真っ直ぐに言葉を浴びせられる。


「……あんたさ、さっきから適当なこと言ってイキってんじゃねーよ」


「適当じゃなくて正確なこと。証言得てるから。馬鹿なの?」


「このクソ女!」


 私の胸ぐらを掴もうとした柳沼さんの手を逆に掴む。

 そして、そのまま背負い投げをした。


「いだいっ!」


 背中を強く打ち、地べたを這いつくばって苦しそうにしている柳沼さん。

 ただの口の悪い生意気な女だから、相手にもならなかったわね。


「お仕置きの後はご褒美が必要と聞いたわ」


「いたい、いたいよぉ……」


 怒りや憎しみがこもっていたからか、力強く投げ捨ててしまったみたいね。


「あら、こんなところにホルマリン漬けされた綺麗なヘビが置かれているわね」


 理科室の棚に飾られていたビンを手に取る。

 それを見て絶句している柳沼さん。


「そのまま叩き割ってあげましょうか?」


「えっ、ちょっと待ってよ」


「卒業おめでとう」


「きゃあああ!?」


 柳沼さんの顔に向けてヘビを投げる。


 ヘビが顔に引っつくと、叫び声を出して気絶した柳沼さん。

 声も涙も出るもの全てがあふれ出ていて、なんとも滑稽な姿だった。


「無様ね」


 やるべきことを成した私は、ヘビの入ったビンを棚に戻した。


「あら、意外と可愛い目をしてるじゃない」


 ホルマリン漬けされたヘビの顔が意外と可愛くて、少し愛着が湧いてしまう。


 私は百円ショップのおもちゃコーナーで買ったヘビのおもちゃを代わりに投げたのだが、見事に勘違いしてくれたみたいだ。


「ふぅー、スッキリした」


 映画や漫画で復讐は何も生まないとか説教する主人公は多い。

 あの流れは見ていて無性にイライラしてしまう。


 あの理論は間違っている。

 だって私は今、得も言われぬ達成感を得ているもの。

 爽快で清々しい思いだわ。


 自らのトラウマも克服できて、景色が明るくなった気がする。


 復讐はむしろ推奨した方がいいんじゃないかしら――

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