あなたを諦めきれない元カノじゃダメですか?

桜目禅斗

第1話 ♂ときめく少年


 一年前に、福岡の田舎町から東京へ引っ越した。


 今までの暮らしは一変し、まるで違う世界で生きているような気分になっている。

 不安な気持ちを抱いているが、それを誰にも打ち明けられずに笑顔で過ごしている今日この頃だ。


 まだ時刻は六時だけど、冬だから空は真っ暗だ。

 でも、駅前のネオンの光が街を明るく照らしている。


「ねぇ、天海君」


 隣を歩くクラスメイトの大原おおはらさんが、誰かを呼んでいる。


 今日は友達の家でみんなとゲームをして遊んでいた。

 大原さんとは家が近いので一緒に帰る流れになった。


「ねぇ、天海君ってば」


「あっ、俺のことか」


 自分が呼ばれていたことに気づき、慌てて声を出す。


 引っ越しの原因は両親の離婚だったため、名前が藤山七渡ふじやまななとから天海七渡あまみななとに変わってしまった。

 未だに天海という呼び方には慣れないな。


「七渡ってどこの中学校行くの?」


「芝坂中だよ」


「そっか……じゃあ、あと数ヶ月でお別れだね」


 どうやら大原さんは別の中学校へ進学するみたいだ。


 福岡の田舎町に住んでいた時は、同じ町に住む人はみんな同じ学校へ通っていた。

 だが、都会では選択肢が多いみたいだ。

 それだけ生徒の数も多いということなんだろう。


 そう、都会は人が多過ぎる。

 人が多いということは、色んな人がいるということになる。


 都会の街中を歩いていても、変な人が多い。

 特に駅前では、周囲を見渡すだけでも変な人が発見できる。


 大きな声で泣きわめいている幼い子供。

 母親は子供を気にせずスマホを操作するのに夢中になっている。


 酒に酔って脇道で泣き崩れている若い女性。

 その女性を介抱しつつ、ここぞとばかりに胸を揉みまくるおっさん。


 歩きタバコ禁止と書かれた看板を、歩きタバコをしながら通り過ぎていく人。


 爆音を轟かせて走り去っていくバイク。


 そんな光景を毎日目の当たりにし、

 この世界って俺が思っていたよりも汚いんだなと思い知らされた。


 田舎は何もなくて退屈で窮屈だった。

 だからずっと都会に行きたいと子供ながらに思っていた。


 でも、都会は俺が夢見ていたようは場所ではなかった。


 何でもある。人もたくさんいる。

 だから、欲が渦巻いている。

 何も無い所から来た無欲の俺には、なんだか居心地が悪い。


「ん?」


 薄く淀んだ空気が晴れるかのように、明るくて目立つ小綺麗な施設があった。


「空手教室……」


 こんな都会の真ん中でも空手を習うことのできるスペースがあるみたいだ。

 思わず立ち止まって、ガラス張りになっている中の様子が見てしまう。


「せいっ!」


 ガラス越しでも聞こえる女性の声。

 真剣な表情で正拳突きをしており、思わず見惚れてしまう。


「空手が気になるの?」


「えっ、あっと、なんだろう……何か気になって」


 空手を習っている一人の女の子から目を離せなくなってしまう。

 

 女の子なのに可憐でカッコイイ。

 明らかに他の人とは違うオーラか何かをまとっている。


 彼女が着ている道着には須々木すすきという名前が書いてあった。


「あの女の子とお友達なの?」


「いや、違うよ。女の子でも空手をやったりするんだなって」


「確かに珍しいね」


 今はもう離れ離れになってしまったけど、俺には翼という幼馴染の女の子がいた。

 その翼が空手をやっているところなんか、想像もできない。


 でも、この女の子は空手をしている姿が似合っている。

 この違いはいったいなんなのだろうか……


「何で空手やってるんだろう。隣のピアノ教室とかならわかるけど」


「きっと、強くなりたいんじゃないかな」


 大原さんの言葉を聞いて、しっくりときた。


 強くなりたいなんて思う女の子は珍しいから、きっとあの子が他の女の子よりも特別に見えるんだ。


「凄い、男の子を倒してる」


 大原さんの言う通り、須々木という女の子は組手で男の子を倒していた。


 一戦交えた後に額の汗を拭う仕草が、とても爽やかだった。

 試合後に礼をしている姿が、とても凛々しかった。


 この世界は俺が思っていたよりも汚かったけど、

 この世界には俺がまだ知らない美しさがあった――

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