第13話「いちゃいちゃ続く」


 翔は恋バナはそこまで長く続かないだろうとたかを括っていたのだが、その期待を裏切るかのように桜花との恋バナは続いていた。

 話していくうちに翔と桜花の死活問題であった、布団が冷えている問題はいつの間にか解決していたのだが、桜花にも翔にも今更話をやめて寝ようという考えなど持ち合わせていなかった。


 翔は桜花が話しているのを聞きながら、桜花も女の子なのだな、と改めて思い知らされた。普段は人の恋話などはまるで興味がない、というような顔をしているのだが、今は打って変わってしきりに人の恋話について熱く語っている。きっと桜花を信用して誰にも知られないようにしていたはずなのに、翔がきいてしまってもいいのだろうか、と思うものの、翔が聞いたところで話してそれをばらす相手がいないので問題ないということに気づく。少し自分でその結論に達したことが悲しくはあったが、それが現実である。


「......らしいですよ?あれ、翔くん?眠たいのですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど」


 翔は徐に自分の布団をめくった。冷たい風が翔の身体を襲ってくる。翔はそれにぐっと我慢をしながらも桜花をじっと見つめた。

 要するに、自分の布団に来ませんか、と誘っているのである。せっかく一緒に寝るのだから、いつもとは違うことをしたい、と思った翔の必死の策である。桜花はその翔の様子に一瞬理解が追いつかなかったようで痛い人を見るような目線だったのだが、その行為の意味するところを察した瞬間に暗闇でもわかるほどに大きく目を見開いていた。


「......一緒に寝ませんか?」

「お邪魔します......」


 しかしその暗闇のおかげなのか、それともここまで培ってきた場の雰囲気に流されたのか、桜花は翔の策にハマったようで、拒むことなく、のそりのそりと翔の布団に入ってきた。


 自分から誘っておいてではあるが、翔としてはてっきり照れてしまって断られるとばかり考えていたので、想像とは違う展開に若干の挙動不審に陥っていた。


「暖かいですね。私の入っていた布団よりも温いです」

「そりゃよかった。......腕枕もどうですか?」

「腕枕」


 翔がもうほとんどやけで腕枕を誘ってみると、口調ではその言葉を繰り返して翔に自分が何を言っているのかをわからせようとしてくるのだが、その瞳と嬉しさを抑えてきれていない口角が少し上がっていたので、翔は腕を伸ばして、桜花の頭を乗せた。


「痛くないですか?辛くないですか?」

「桜花は大袈裟だな。大丈夫だよ」


 桜花が心配しているような声色で尋ねてくるが、翔は平静を装った。実は痛くはないし、辛くもないのだが、じりじりと圧迫されているような感じが腕から伝わってきていたのは確かだった。

 人の身体で一番重いのは頭である。その頭が腕に乗っかっているのだ。いくら好きな人のものとはいえ、身体は案外正直なのだ。


 桜花は翔がどう見ても見栄を張っているということを察したようで、そわそわとしていた。どうやらこのままでいるべきか、それとも何か理由をつけて退くべきかということを考えていたらしい。

 桜花はやがて、結論を出した。


「強がっていませんか?」

「いや、そんなことは」


 翔がホラを吹くので桜花はふっと頭を回転させる。すると、そのおかげで圧迫されていた血が一気に流れ出て、翔の腕が痺れた。


「あふっ?!」

「しーっ!!」


 翔が我慢できずに漏らした声が案外大きく、桜花は焦ったように人差し指を口元に近づけた。


「もうっ」


 そう言いながら桜花はくすくすと笑う。翔はすっかり弄ばれていたことを察しながらも桜花が楽しそうに笑っているので、つられて笑ってしまった。


「翔くんが可哀想なので私は戻りますね」

「えっ......」


 すっかり翔と同じ布団で寝るものだとばかりに思っていた翔は主人に遊んで貰えない犬のような悲しそうな声を漏らす。桜花は微笑みながら翔の頭を撫でる。


「そんなに悲しそうな顔をしないでください。どこかへいくわけではないのですから」

「でも......。一緒に寝るものとばかり」

「私が近くにいると翔くんはリラックスするどころかかっこいいところを見せようと頑張ってしまうようなので今日は我慢してください」

「今日は?」

「翔くんがかっこ付けられないぐらい疲れた時になら一緒のお布団で寝ましょうね」


 不服そうな声を出す翔は桜花に撫でられるままにされていた。

 しかし、翔の理性はそれで我慢できても感情が我慢できないのである。翔の考えでは今日のこの夜、つまり今の時間は他のどれとも違う時間なのだ。だからこの時間にできることをしたいのだ。しかし桜花はそのように考えていないらしい。


「わかった。......けど、それならおやすみのキスをしてください」

「......はい?」


 翔は桜花をじっと見つめる。その視線に負けたのか、桜花は桜花の布団から再び翔の布団へと近づいた。そして今度は布団の中に入るわけではないので、翔の上に馬乗りになる形になった。

 美少女に乗られるというレアな経験をしている、と変に冷静に翔は馬を理解していた。


「どうして目を開けているのですか」

「桜花のことをよく見たいから」

「今からキスをするので......恥ずかしいのですけど」

「恥ずかしがっている桜花も可愛いよ」

「も〜っ!!翔くんはどうしてこういう時だけ......なのですか」

「ん?」


 翔が聞き返そうとした途端に桜花が翔の唇を軽く塞いだ。今までにしたことのあるキスを考えてみるとそこまで深くのないキスだったのだが、どうしてか、翔はいつの以上にどきどきと鼓動が激しくなっているのを感じていた。


「おやすみなさい」


 最後に桜花の声が聞こえたような気がした。

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