第12話「いちゃいちゃ」


 先生のチェックという台風を無事、通過した後、消灯の合図とともに一斉に明かりを消した。男子はいつまで経っても消灯しようとしないのか、「ゴラァあアッ!!」とドスのきいた男教師の怒号がここまで響いてくる。

 蛍達は大丈夫だろうかと少しだけ不安になるが、蛍がいるのでそこまで馬鹿なことはしないだろうと信頼することにしてその思考を打ち切った。


 人工的な明かりが消え、視覚の便りは月明かりだけとなった。

 翔は蛍が敷いてくれていた布団で寝ることになったのだが、どうにも寝付けず、横になるでもなく座ったままでいた。

 きっと今日一日で色々と回り過ぎて脳が興奮しているのかもしれない。


 桜花も翔と同じ気持ちだったのか、横になろうともせず、座ったままであった。


「寝れないのか」

「翔くんこそ」

「何だが、脳が興奮してるらしくてさ。体力のこととか考えたら今すぐにでも寝るべきだろうけど......」

「寝ようと思うと逆に寝られなくなるらしいですね」

「人間って不思議だよな」


 えぇ、まったく、と桜花は翔の言葉に同意を示した。

 翔は何をするでもなく、ただ桜花と話しているだけのこの時間が結構好きだ。桜花が物知りだから翔の知らないことをたくさん教えて来る、というのももちろんあるが、ゆったりと時間を過ごしていると感じられるから、というのもある。


 翔はそっと桜花をみる。月明かりにぼんやりと照らされた桜花は先程見ていた時よりもさらに艶かしく翔の視界に飛び込んでくる。どきどき、と心臓の鼓動が速くなっているのを感じながら、翔はこの気持ちを何とかして表したい、と思う。


「......ハグ、してもいいですか?」


 そうして出てきた言葉はある意味で翔の気持ちを明確に表していた。桜花は突然のことに瞳を瞬かせるも、にへら、と表情を緩めたかと思うと、徐に両手を広げた。どうやら飛び込んでこい、ということらしい。

 翔はその桜花の動作、ひとつ一つでさえも心が弄ばれているかのように蠢いているのを感じていた。翔はその用意してくれた着地台へとゆっくりと近づいていった。


 ふわりと香るいつもとは違う花の匂い。この旅館のシャンプーだろうか。それとも桜花本来の匂いなのだろうか。翔はアルコールを摂取していないにも関わらず、酔ったような思考しかできなくなっていることに気づかない。


 翔が桜花の肩口に顔を預けた時、桜花はその身体を翔に密着させた。


「翔くんは甘えん坊さんですね」

「......そんなことはない、はず」

「はいはい。この状態でそう言われても説得力ないですからね」


 ぽんぽんと背中を優しく叩かれてまるであやされているかのようだ。いつもの服装に比べて、布の厚みが浅いのかいつもよりも桜花の体温を肌で感じる。程よく温い体温とゆっくりと左右に揺らされて、さらには背中をさすられているので翔は段々と瞼が重くなっているのを感じた。しかしこのまま寝ていては同じく眠れない、と言っている桜花はどうなってしまうのだろうか、このままではだめだ、と謎の気合いで眠気を拒んだ。


「あれ、これで翔くんが眠らないのは意外ですね」

「今日の僕はいつもとは違うのだ」

「そうなのですか。でも私も翔くんの体温のおかげか先程よりは眠たくなってきました」


 おっと、それは知らなかった。それならばそのまま寝てしまったほうが良かったのではないか、と早速後悔しそうになるが、こうなったら翔が桜花を寝かせてあげればいいだけの話なのだと強引に結論づけることにした。


「そうか。なら、とりあえず布団に入るか」

「そうしましょうか。物音を立てて起きていることが知られても困りますからね」

「カルマ達も静かにしていればいいんだけど」

「蛍さんがいるので大丈夫でしょう。......多分」


 そんな会話をしながらもぞもぞと布団の中に入る。そこは残念ながら炬燵のように暖かいわけはなく、無機物らしく、冷たかった。ひんやりと冷たい布団が先程までの心地よかった桜花の体温を秒速で奪ってくる。


「冷たい」

「先にお布団を温めておくべきでした」

「カイロでも持ってきていたの?」

「いえ、真冬ではないのでカイロは置いてきてしまいましたが早々にお布団の中に入っていればよかったな、と」

「確かにそうだな」


 しかしそれではハグができなくなるではないか。と考えた刹那に、寝転がってハグすればいいのでは、という名案が浮かび上がってきた。

 告白すれば翔は桜花に引っ付きたくて仕方がないのである。桜花が拒まない限りはずっと寄り添っていたのだ。


「でも、それを今更言っても遅いので、どうしましょうか」

「どうする?修学旅行の夜といえば何をするのが定番なんだろう」

「恋バナ、ですかね」

「僕達で?」


 恋バナというのはカップルの片方しかいない場で好意的な部分や、最近の愚痴などを話す場所で当の本人達で話すことではないと思うのだが。翔がその意を込めて視線を送ると、桜花は「私は構いませんよ」と小声で返された。

 桜花がいいよ、ということに男である翔が嫌だ、と突っぱねることなどできない。とはいえ翔に恋バナできるほど、恋愛経験があるのかと言われると皆無なのだが。


「私から話しましょうか?それとも翔くんが話してくれますか?」

「僕は恋バナできるほど恋愛経験豊富じゃないからな......」

「私もですよ。なので友達の恋バナとかも話させていただきます」

「僕の友達はみんな知ってるカルマだけなんだけど」

「なら、私から始めましょうか」


 そう言って話し出した桜花は心なしかとても嬉しそうだった。

 翔はそれが自分と話していることを幸福に感じているからの笑顔だったらいいな、と切実に思った。

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