第10話「夜も修学旅行」
翔とカルマは風呂に入った後、係会などを済ませて、自由時間を満喫していた。係会はそこまで厳しいものではなく、簡単にこれまでの注意事項とこれからの注意するべき箇所などを共有しただけだった。班長である翔の場合はもう少し詳しくあったのだが、それもそう変わるものではない。
「いや〜、今日は疲れたなぁ」
「蛍をおんぶして歩いてたからな。流石のカルマも疲労が限界を迎えたか?」
「いや、それは全然ない。というか、蛍の身体は俺が持ってたバッグよりも軽かったような気がする」
「それは......蛍の体重のなさにツッコミを入れるべきなのか、カルマのバッグには何が入っているのかにツッコミを入れるべきなのか」
女の子をおんぶしていて重いの一言が出なかったと言うのは素直に誉めてやるべきところなのかもしれないが、翔を担いでいた時でさえも「軽い」と言っていたので、もう褒めない方がいいのかもしれない。
「なぁ翔。この部屋は俺達二人の部屋だから他の誰も入ってこないよな」
「今更何を言ってるんだ。当たり前だろ?」
「なら、たまたま偶然、俺か翔かのどちらかが誰かと入れ替わっていたって俺達が黙っていればわからないよな?」
「その入れ替わる人にも口止めはいると思うけど......。誰かと入れ替わりたいのか」
「入れ替わりたいけど、大人が倫理観的に許してくれない、と言えばわかるか?」
そこで翔はようやく、あぁ、と納得がいった。カルマが意図していることは確かに大人からすると止めさせたいだろうな、と思う。
「僕が出て行くのか?」
「どっちでもいいぞ。というか、翔はそう言う話はしなかったのか?」
そう言う話と言われても、まず日々の生活の時点で一緒に寝ているようなものなので、わざわざ危険を冒してまで、一緒に寝ようとはお互いに思わなかったのだろう。
「なかったな」
「まぁ、翔達は毎日一緒に寝ているもんな」
「......その答えは言わないけど、わざわざ危険を冒している必要はないと、僕も桜花も考えているんじゃないか?」
「今夜なら超えられるかもしれないのに、か?」
「うわ、唐突な下ネタ」
「まぁそう嫌な顔するなって。そう言う行為がないと俺はもちろん、翔だって生まれてないわけだし」
「う......」
正論に翔は何も言い返せなくなる。
カルマは尚も何かを言い返そうと頑張っている翔の背中をとんとん、と叩き「諦めな」と降伏宣言を促してくる。
「......僕、持ってない」
「安心しろ。俺が持ってる」
「準備よすぎだろ......。足痛めているのに大丈夫なのか?」
「こう見えて、俺ヘタレだから、案外何もなくただ一緒に寝るだけかもしれん」
「は。そこまで用意しておいて.......」
「ヘタレだからこそ入念な用意が必要なのだ。というか俺は一緒に寝るだけでもいいんだよ。日頃していないようなことをしたいだけなんだ」
つい自分の常識が世の中の常識だと思ってしまうが、ひとつ屋根の下で高校生のカップルが一緒に寝ていると言う構図は極めて珍しい。それこそ修学旅行などの宿泊を伴う旅行などに行かない限りはカップルには一緒に寝るなどと言う行為は雲を掴むに等しい。
そこに翔とカルマの絶対的な温度差がある。
「消灯ギリギリで交代して、さっさと寝たふりをして布団に潜り込めばわざわざ確認しに来ないだろう」
「僕が女子部屋行くのか......」
「自分の保身を守りたいなら俺が女子部屋に突貫する。でも桜花さんのことを考えると俺は翔が女子部屋に行くことをお勧めする」
「カルマが行きたくないだけでは?」
「それもある」
桜花と並んでも引けを取らないほどの美少女である蛍だが、依然として男子の人気は桜花の方が高い。これには元々の性格が大きく絡んでいるようで、蛍が言いたいことをズバズバといってしまう性格に対して桜花の方はお淑やかに宥める程度だと思われているようなのだ。
つまり、あり得ないとは思うがもしも、桜花がこちら側に来るとして、それが他の男子に漏れてしまった場合、桜花が何をされるかわからない。カルマならその腕っ節で難なく無力化できるだろうが、翔の場合はそうもいかないので、困りものだ。
翔は仕方がない、とばかりにこれみよがしの大きなため息を吐くと、すっと立ち上がった。いつの間にか消灯時間が近い。そろそろ見回りが入るだろう。それよりも前に移動して、寝たふりを完遂させておかなければならない。
翔がドアを開けた瞬間に「ばぁ!」と蛍が驚かせてきた。
「うわぁっ!?なんだ蛍か......。カルマなら奥にいるぞ」
「ありがと。翔くんもいってらっしゃい」
「僕が言うのも変かもしれないが、ほどほどにな」
「何それ、翔くん、今何を考えての忠告?」
「いや、なんでもない」
翔はそういうと、近くの階段を降りた。
ばたん、と扉を閉めた途端に、中から「カルマく〜ん!!ジャンピングアタック!」という甲高い声と「ホールドからのまとわりつき!!」と言う野太い声が漏れ出ていた。
......バレるぞ。
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