第9話「伏見稲荷大社」


 鳥居が何本も立ち並ぶ神社はどこか、と言う問いがあったとすると、ほぼ全ての人が「伏見稲荷大社」だと答えるだろう。それだけインパクトがあると言うことだ。

 ちなみにどうしてほぼなのかというと、カルマが答えられなかったからである。


「稲荷ってことはうどんの揚げが出てくるのか?」

「そんな神社があってたまるか」

「でも、何の神様を祀っているのかはよくわかんないな」

「基本は商売繁盛・五穀豊穣ですが、安産や万病平癒、学業成就などもあるようですよ」

「俺達今日一日で神社行き過ぎでは?」


 それはご尤もである。しかし京都観光で神社関連を行かないと言う縛りを課した場合、本当に行くところが制限されてしまう。今まで行った中では二条城のみが唯一の縛り外の観光地であり、そのほかは全てタブーになってしまう。


「ともあれ、今日のラストだから楽しんでくれ」

「あ、ここで最後なの?......そうか、確かに言われてみれば楽しすぎて全然時間の感覚なかったけどもう夕方か」


 翔達は有名な観光地を巡れるだけ巡ろうというギリギリのスケジュールを組んでいた。そのために最後のトリとなる伏見稲荷大社は夕焼けに照らされながら、みることになった。

 しかしそれはそれで鳥居が美しく映っていて、悪くない。


「だからそこまで長居はできないんだけど......」

「山頂までのコースは時間がないので諦めましょうか。途中まで行って引き返しましょう」

「結構歩く?」

「えぇ」

「もう足が棒だよぉ」


 蛍がその場に座り込む。確かに今日一日歩き回ったので足に疲労が相当に溜まっているはずだ。桜花も蛍も今まで弱音ひとつ吐かなかったのでつい注意を怠ってしまっていた。


 これは班長である自分の責任だ。翔がつい自責の念に駆られていると「翔が気にすることじゃない」とカルマが鋭い口調で言った。


「もう少し早く言ったら翔だって休憩してくれてたのに」

「ごめんね、みんなに迷惑かけたくなかったの」

「大丈夫、普通の時が迷惑かけまくりだから」

「カルマくんひど〜い」


 カルマと蛍が軽口を叩き合う。その空間はきっと付き合っているもの同士でなければ作ることはできなかっただろう。

 カルマは「あー、これは靴擦れだなぁ。痛そう」と呟いながら、躊躇することなく応急処置をしていく。手慣れている手つきだったので日頃から応急処置的なことをしているのかもしれない。それがどう言う経緯で起こったのかは全くの謎であるが。


「すまんが、翔。俺のバッグを持ってくれないか?」

「わかった」


 翔はカルマからバッグを受け取った。カルマはそれを確認してから、蛍に背を向けて、屈んだ。


「どうぞ」

「どうぞって?」

「俺の背中を使ってください」


 蛍はじっと考え込むと意を決したようにカルマの背中にしがみつき、カルマにおんぶされた。これなら確かに足を使わない。


「蛍はこれからどうしたい?」

「......」


 翔の辛辣にも聞こえる一言に蛍はカルマの背中に身体を預けるようにして脱力した。彼女の中には二つの想いが鬩ぎ合っているのだろう。

 このまま一緒に行くのか、それともここまでとして一人だけ引き返すのか。


 蛍の心としてはこのまま一緒に行きたいのだろう。しかしそれでは何よりも好きなカルマに相当な負担を与え続けることになる。カルマはそんなことないぞ〜と言いそうだが、人を一人抱えたままで歩き続けるとどれくらいの負担があるのかは想像に難くない。


「私......」

「よし、じゃあ行くか」


 カルマがホタルの返答を待つことなくぐんぐんと進んでいく。その様子から考えられることはただ一つ。

 カルマは自分が負担するだけだからその他は関係ない。だからカルマがいくと言えば行くのだ、と強引に締めくくったのだ。


 翔は思わず苦笑する。桜花に視線をやると桜花もくすっと笑った。


「カルマくんは本当に蛍さんのことが大好きなのですね」

「もうこれからは人のこと言えないな」

「そこのカップルうるさいぞ」


 カルマは口ではそう言いながらも仲の良さを褒められて少し嬉しそうであった。蛍は恥ずかしそうに翔達とは違う方向を向いて顔を見せないようにしていたものの、カルマが回転させて強引に翔達に蛍の顔を見せようとするので、カルマの首元に顔を埋めて回避した。


 少しハプニングが起こったものの、翔達は楽しく京都観光を満喫することができた。


 蛍は宿に帰った後、養護教諭の処置を受けて、小言をひとつ言われる程度で済んだ。翔はというと、強引に男女班にした挙句、自分の管理ミスで蛍に怪我をさせてしまったこともあり、教員からは厳重注意を受け、同級生からは恨言を言われるようになった。しかしそれもカルマと桜花、それから本人である蛍が口を揃えて庇ってくれたので、すぐにその火種は鎮火した。

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