第8話「清水寺」



 銀閣寺でカルマのみが一旦の落胆を味わった後、翔達は京都の看板観光名所である清水寺を訪れていた。

 清水寺は法相宗系の寺院で広隆寺、鞍馬寺とともに平安京遷都以前からの歴史を持つ、京都では数少ない寺院のひとつである。修学旅行の行き先としては必ず入っていると言っても過言ではない。坂上田村麻呂や蝦夷であった阿弖流為の話なども有名である。


「流石の俺でもここから飛び降りたって話は知ってるぞ」

「まぁ、普通に死ぬよね」

「だよなぁ。文化が文化だったとは言え、考えたらわかりそうなもんなのに」


 清水の舞台から飛び降りる、という言葉は有名だが、実際に飛び降りるとまず生きては帰れない。

 桜花と蛍は翔達とは一歩引いたところで見ていた。


 清水寺からの眺めは絶景というのにまさにふさわしく、紅葉している時であればさらに美しい風景を拝めたに違いない。


「蛍はこっち来ないのか?」

「カルマくんがいるから行きたいけど、ちょっと無理かな!」

「......高所恐怖症だっけ?」

「ジェットコースターとかは平気なんだけど、固定されてなくて高所にいるのは怖いから無理なの」


 不思議な体質だな、とカルマは翔にのみ聞こえる声で呟いた。高所恐怖症だと一概に言ってもその重症度とでも言えばいいのか、その人の持つ「大丈夫なライン」と言うのは人それぞれで、蛍はその中でも珍しく、条件によって発症するらしい。


「翔くんは平気なのですか?」

「特に落ちたらどうしようとかは考えてないからね。平気だよ」

「私もそちらに行ってみてもいいでしょうか」

「いいんじゃないか?こっちおいでよ」


 翔は手招きして桜花を誘う。しかし恐怖の故に桜花にしがみついていた蛍が行かさないように桜花を拘束する。桜花は困ったような顔を浮かべてどうしましょうと視線で訴えてきた。


 翔はそれに応えるために一瞬だけ、カルマに視線を送る。カルマは翔の意図する意味を正確に受け取ったらしく、桜花と交代するように蛍のしがみつかれ役を買って出た。


「桜花ちゃんの方が柔らかくてよかったー」

「俺でも流石に女の子の身体付きにはなれない」

「カルマくんは男の子の中でもガタイがいい方だからね〜」

「翔ならまだ桜花さんに近いかもな」

「そんなことしたら桜花ちゃんに後で何されるか......」

「そりゃ、確かに」


 カルマ達がそんな話をしているとはいざ知らず、翔は恐る恐る近づいてきた桜花に手を差し伸べる。桜花はその手を取って安心したように翔に近づくスピードを早めた。

 ぴたり、と身体を寄せ合い、決して落ちないように心を配る。その思惑の中には桜花と密着したいという翔の男として当然の思考も勿論入っていた。


「とても綺麗ですね」

「京都の街が一望できそうだ」

「ここはお寺なので夜になると他に比べてよく星空が見えそうですね」

「まぁ確かに人工的に作られた灯りはないだろうからね」


 翔は顔をあげて空を見上げた。そこには雲ひとつない快晴が広がっていた。

 これがもし夜になったら、と少し考えてみる。その時に思い描けたのは夜空いっぱいの星と、満月だった。


 そして、フラッシュバックするのはいつしかの記憶。


 翔が思い出したのは桜花の誕生日に見た夜空だった。


「夕日で頬に赤みが刺すのはもう少し後の時間ですよ」

「......僕が考えてたことをもしかして、何となく察してる?」

「さぁどうでしょうね」


 そう言って意味ありげに笑う桜花はおそらく翔が考えてしまったことを大体わかっているのだろう。それをあえて濁すと言うことは何かそれなりの意図があるのだろうか。

 むむむ......。


 気になる。


「桜花さん、答え合わせをする気は......?」

「してもいいですけど、いいのですか?」

「......どうぞ」


 翔は好奇心に押され負け、これから羞恥心を味わうことになるのを選択した。


「翔くんは私の誕生日の時に見たあの夜空を思い出していたのではありませんか?」

「......正解です」

「でしょうね。少し考えればわかりますよ。翔くんの考えていることは何でもお見通しです」

「僕もいつか桜花に同じことを言ってみたい」

「その日は来させません。恥ずかしいので」


 桜花は翔とは違う方向を向いた。その顔は心なしか赤らんでいるように見えた。

 翔は桜花を支えるために桜花を軽く包み込むようにしていた腕を桜花の身体に巻きつけた。つまりは軽い抱擁をしているような状態になった。


 桜花は一瞬だけピクリと身体を反応させたものの、特に嫌がることもなく翔の好きにさせた。この場でどれだけの悪戯ができるのだろうかと思ったのだが、ここは寺院であり公共の場でもある。流石に翔の中の良識がその悪戯心を抑えた。

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