第7話「慈照寺銀閣」
「え、銀じゃないじゃん」
カルマが着いて早々に呟いた感想に翔と桜花はくすっと笑みをこぼした。金閣寺に行ってから銀閣寺に来たのだ。日本歴史を多少なりとも学んでいなければ銀閣寺は銀箔で張り巡らされていると考えてもおかしくはない。事実、カルマはすっかりそう思っていたらしく、とても落胆していた。
「やっぱり銀一色だと思ってたか」
「金閣寺を見た後なら誰でもそう思うって。誰だよこんな質素な寺を建てたのは」
「カルマくんって本当に歴史が頭から抜けてるよね」
「その知識がなくても日常生活では困らない」
「受験どうやって乗り切ったんだ?」
「そんなもん前日暗記に決まってるだろ。必要な箇所だけパッと覚えて解いたさ」
あまりに衝撃的過ぎるカミングアウトに翔を始めとした班員全員が一歩引いた。それは前日になってようやく歴史の勉強を始めたカルマに対してではなく、カルマのその短期暗記力にであった。
ちらっと桜花の方を見て、できる?と視線だけで問うと、ぶんぶんとかぶりを振った。
流石の桜花でもできないことはあるようだ。
「その記憶が今となっては頭の片隅にさえ残っていないのは残念過ぎるけどな」
「それなぁ。もっと長期記憶できる頭が欲しかったよ」
「日々の勉強を怠らなければ定着しますよ」
「おえ〜」
それができれば苦労はしていない、というところだろう。
実際に毎日勉強している高校生が一体何人いるのだろうか。翔は桜花が勉強をしているので、自分もしなければならないという義務のようなものに襲われてしているが、もしも桜花が来ていないかったらきっと今頃遊び呆けていたに違いない。
「兎も角ですが。このお寺の正式な呼び方は『慈照寺銀閣』です。建造したのは室町幕府八代将軍足利義政公ですね。政治の方はあまり得意ではなかったようですが、代わりに文化人としての才能は常軌を逸していて、日本美術や芸術のほぼ全てを発展させた人です」
「まぁ、蛍には常識かもしれないが余談として付け加えておくと、この将軍の時に後世に悪名高い、応仁の乱、という戦争が起こる」
「それは私でも流石に知ってた」
「俺はさっぱりだった」
「カルマくんは中学生から歴史をやり直すべきでは?」
「そんな辛辣なぁ......」
銀閣寺に何か用があったのかと言われるとない。むしろカルマが銀一色であることを予想してその落胆する姿を見たいという目的しかなかったほどだ。とはいえ、来てみるとそれはそれで趣深いものばかりが目に飛び込んでくる。
カルマは面白くなさそうだが、翔や桜花にとっては結構面白い。案外、穴場だったのかもしれないな、と翔は一人、そう思った。
「時期がもう少し遅ければ綺麗な紅葉が見られたかもしれませんね」
「時間が開けば、僕達でまた来ようか」
翔は少し残念そうにいう桜花に少しでもいいところを見せようと見栄をはった。今の翔には全く金銭的に余裕はないし、親の金に縋らなければ何もできない未成年ではあるが、愛する人を喜ばせたいという気持ちだけはもう一角の大人であった。
「カルマくん!今度は翔くん達がイチャイチャトークしてる!!」
「うん?多分、次のデートプランでも話しているんじゃないのか?あの二人は一緒に住んでるからお互いの家に遊びに行くことはないからな」
「カルマくん凄い!」
「もっと褒めて」
わ〜、と棒読みで煽てられ、拍手をされてご満悦だった。もうカルマがいいならそれでいいか。
「バレてしまいましたね」
「流石に京都まで追いかけては来ないけど、カルマは何でもやりそうだから少し怖いな」
「この話は家に帰ってからゆっくりすることにしましょうか。翔くんもお義父さん方に相談しないといけませんし」
「......わかってたのか」
「もちろんです。アルバイトをしていると言ってもそこまでの稼ぎはないでしょうから。私がわからないのはそのアルバイトで貯めたお金をどうしているのかだけです」
桜花が「変なことに使っていなければいいのですが」と母親のようなことを言う。過保護なのか、心配性なのか。その気持ちは嬉しい反面、その用途を桜花に言えないことを心苦しく思った。
指輪代に消えていたバイト代だが、つい先日にそれは完遂した。完済だ。そう言うこともあって、実はもうお金が必要ということはないのだが、世の中の構造上、お金はどれだけあっても困らない。それどころかあればるほど、生活は余裕が生まれ、楽ができる。
翔はそこでまだもう少しだけアルバイトを続けることにしたのだ。来年は受験期なので流石にやめておこうとは思うが、この一年を頑張るだけでも結構な金額になるだろう。
「お金はどうしているのですか?」
「ちゃんと銀行に預けているよ?」
「そう言うことではありません。そのお金を何に使うつもりですか?」
「それは......秘密」
それは......新婚旅行代金。などともちろん言えるわけがない。
翔が今の内から頑張っていれば行こう、となった時に選択肢が広がるだろう。もちろん、このようなことを言えば「私も関わっているのですから、私もアルバイトを始めます」などと言い出しかねないので、翔は目的を黙秘権を行使して死守する必要があった。
「あ、甘い匂いがしたぞ」
「え?どこかでパン屋さんでもあるの?」
「いや、そういう物理的なやつじゃなくて、感覚的に」
「?」
蛍は可愛らしく首を捻るだけだったが、翔は内心で冷や汗をかきまくっていた。どうしてこう言う時だけこんなに察しがいいんだ、と心の中で毒づく。幸いにも桜花は蛍と同じように首を傾げていたのでカルマの言葉の意図することを分かってはいないようだった。
「さぁ、次に行こうか」
「やっぱりそうか。翔!何を隠している」
「......いえ、何も」
「本当にぃ?」
「......部屋で話したんでいいか?」
「「ぶぅ〜」」
美少女二人が普段見せないようなぶーたれた顔をしていたので翔とカルマは驚きのあまり言葉を失った後、どうしようもなく可笑しくて笑ってしまった。
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