第6話「二条城」


 翔達は少し離れた二条城にやってきた。

 そこはもともと天皇が使っていた城だったのだが、徳川に政権が移ると将軍が使うようになり、更には江戸幕府最後の時である大政奉還を決めた場所でもある。徳川の始まりと終わりに大きく関わっている城である。


「堀でかッ」

「あ、魚がいた」

「二人とも、置いていくぞ〜」


 相変わらず、カルマと蛍は仲良く二人とも歴史的建造物にはあまり興味がないようで、翔と桜花の方が心を躍らせている。カルマ達に言わせてみれば歴史的建造物などというかっこいい感じの漢字の羅列ではなくただの「古い物件」であるために翔達との温度差は大きい。


「綺麗なお城ですね」

「そうだね。いってみたいお城ランキング上位なだけのことはある」

「そこまで調べているのですか?」

「やるならとことんやりたいからね」

「中に入りますか?歩くと音がなるらしいですよ」

「えッ!?歩くと音が鳴るの?何それ面白そう!」


 翔と桜花が会話をしていると、面白いワードを察知した蛍がすかさず食い込んできた。新幹線やタクシーでの時はあれほど翔と桜花の距離を縮めさせようと躍起になっていたにも関わらず、二人で話しているときに割り込んでくるのかい、と翔は心の中でキレ気味のツッコミを入れた。

 ツッコミは長いので、切れてはいなかった。


 蛍はくるっと一回転した後に、桜花の手を引いて二条城へと向かってしまった。幸か不幸か、翔はその時に桜花と手を繋いでいなかったのでそれが蛍の行動を積極的にさせてしまったのだろう。


「蛍を止めるのはカルマの仕事だろ?」

「仕事って言うなよ......。まぁ役割だってことは理解してるけどな?」

「手を繋いでおけばよかったのに」

「俺に言ってる?だとしたら完全にブーメランだぞ」

「ここで待つか?それとも僕達も合流するために急ぐか」

「ここで翔と待ってるだけって言うのも何かな......。行くか」

「多分、入ってすぐそこで止まってると思うけどな」


 翔は歩きながらそういった。カルマはそれに追随するように翔の歩幅に合わせて歩き「それはどう言う意味だ?と尋ねた。

 翔はそれには答えず、二条城の建物内に入った。


 すると、ぎぃ......。ギィ......。と絶え間なく音がなっていた。


「これ、壊れてない?大丈夫?」

「そう言う仕様なんだよ。壊れないから引っ付くな」


 建物が悲鳴を上げている音だと勘違いしたカルマが翔の身体にしがみついてくる。野朗にしがみつかれたところで嬉しくないので、大丈夫だと宥めてからひっぺ剥がした。


「これは鶯張と言って人が近くを歩いていると言うことを中にいてもわかるように作られているんだよ」

「敵襲を防ぐためか?」

「ご名答。その通りだよ」


 翔がカルマにアイコンタクトを送る。その先にはわざと音を鳴らして遊んでいる蛍とそれを他の観光客に迷惑になっていないか気を遣いながら優しく見守る桜花の姿があった。

 蛍の姿は高校生なはずなのに、どうしても中学生かそれ以下にしか見えない。もう少し落ち着きがあってもいい頃だとは思うのだが、まだまだ先は長そうだ。


「見惚れてんじゃね〜よ」

「ばっか、そんなんじゃねぇよ」

「どうだか」


 桜花が翔に気づいてひらひらと手振ってくる。翔は少し恥ずかしかったがそれに応えるように手をふり返した。

 翔と桜花の間にいる人々が一瞬驚いたような顔をしてその次に後ろを振り向き、全てを察して生暖かい視線を送ってくるのだ。恥ずかしいことこの上ない。


 しかし、遠くから手を振ってくれる桜花は控えめに言っても凄く可愛かったし、男ならば一度は経験してみたい事柄だっただろう。

 翔が少し早まった鼓動を収めようとしていると、カルマが脇腹をつねって来る。


「カルマ、痛い」

「翔、羨ましい」

「カルマも手を振ってみればいいじゃないか?」

「俺は多分、鶯張に負けると思う」

「......確かに、それは否定できないな」


 楽しそうにあっちへいったりこっちへいったりしている蛍が急にカルマに手を振ると言うことはまずないだろう。小さい子供というのは一つのことに夢中になると他のことは全く視界に映らなくなるものだ。


「ちょっと抱きしめに行ってくる」

「行ってらっしゃい。......え?」


 耳を疑い、止めようとした時にはもうすでに隣にカルマはいなかった。敵襲があるとこう鳴るのか、と思わせるようにカルマが走り出し、一歩を踏む度にぎぃ、ぎぃと鳴る。


「誰?私の足音聞こえなくなったんだけど」

「ほぉおおおたぁあああるぅうううッ!!」

「ひゃッ?!な、何?カルマくん?」


 流石は陸上部から声がかかったほどの足の速さを持つカルマ。あっという間に駆けていき、蛍の身体に思い切り抱きついた。

 蛍はいるはずのないカルマの登場に一瞬だけ驚きの声を上げたものの、何故か瞬間的に全てを察したのかカルマの好きなようにさせていた。


「どうしてそのように平然としていられるのですか?」

「どうしてって......。私がバイト帰りに攫われた時とか、ナンパされた時とか、ストーカーに絡まれた時とか、絶対にカルマくんが助けてくれるからもう慣れちゃった」

「......?」


 桜花は脳の処理が追い付かなかったようで、頭から湯気を出していた。

 蛍とカルマは翔達がのんびりと家で生活している時に色々と厄介ごとに巻き込まれていたらしい。カルマのおかげでことなきを得ているようだが、カルマも神出鬼没である。


「桜花がパンクしている......」

「カルマくんはどこからともなくやってくるスーパーマンみたいな人だからもう慣れたって言ったらこうなった」

「うん、蛍のせいだな」


 翔はカルマと蛍から詳しくそれらの事の顛末を聞き「何だ。ラブコメかよ」と堪らず呟いた。

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