第5話「北野天満宮」
菅原道真という男は藤原摂関家が猛威を振るいかけ始めた頃に右大臣まで上り詰めた実力者であり、とても頭の良い人であった。
しかしその頭の良さが藤原家にとっては危険極まりないもので邪魔だった。そこで有る事無い事を天皇に吹き込み、強引に九州の太宰権帥に任命して地方に追いやった。
道真は違う、と無実を訴え続けたもののそれを汲み取っては貰えず、泣く泣く九州へと旅立ち、いつか京都へと戻ろうという野心を持ったまま寿命を迎えた。そこまでは言ってしまえばただの人の物語だ。この話には続きがある。
道真はその無念からあの世に魂が渡ることができず怨霊化した、らしい。らしいというのは当然その頃には科学の進歩などあるわけがないのでその真実を確かめようがないからである。怪奇的なことにその時期には天皇や主要な人物が次々と死んでしまっていたからその噂はさらに拍車をかけて京都中に広まった。
時の左大臣、藤原時平が怨霊化した道真に雷を落とされている絵巻はとても有名だろう。
そんな怨霊を宥める為に神社に神として祀り、さらには道真が大層勉強ができたことから勉学の神として知られるようになった。別に怨霊を崇める神社ではない。
「なので、ここで来年の受験が成功できるようにお参りしておきましょう」
「神様の効力って一年契約じゃないのか?」
「そういう細かいことはいいのです。そういうことを言うカルマくんは受験に落ちてしまいますよ?」
「ごめん、ごめんなさい!」
カルマがひょえ〜と声を漏らしながら謝罪の言葉を口にする。翔も一年で効果は切れるのではないだろうか、と考えていたので口に出さなくてよかったな、と心の中で安堵する。
受験がもうあと二年近くすると訪れると言うことに今更ながらに少し恐怖を覚える。まだまだある、と過信していてはどこかで必ず綻びが生じて転げ落ちてしまうかもしれない。
まだ具体的な進路は決めていないが、桜花とも相談しながら翔が最もやりたいことを専攻できる大学を選択したい。
「とりあえず、どこの大学でも行けるような学力にしてください」
翔はそう言いながら賽銭を投げて、祈った。神に祈る時はその願い事を言わない方が叶うという説と、口に出していった方が叶う説がある。翔はどちらかというと後者側の支持者だ。
神様に願おうと最終的に実行するのは自分なのでやる気を高めるために自分の口で言った方がいい、と考えてしまうのだ。
神様は極論を言ってしまえば、人間の作り出した幻想の生き物である。いや、生き物という括りさえも間違っているかもしれない。日本の神は八百万の神なので何でもありなのだ。ということはつまり、その願う人が何かをしようという意識がなければ変わらないということである。神頼みというのは自分のやる気を漲らせるための過程に過ぎないのだ。
翔はもう終わってしまったので隣で桜花が懸命に祈っているのを見ていると、桜花も終わったらしく、視線が交差する。
「終わったか?」
「えぇ。後は神様が聞いてくれるかどうかです」
「何を頼んだんだ?」
「これは言ってもいいのでしょうか。言わない方が叶う、と聞いたことがありますけど」
翔はそのまま何も答えなかった。
桜花の願い事が叶ってくることが翔にとっても大事なことは疑いようがない。しかしながら、それと同時にどうしても何を願ったのかが気になるのは致し方のないことだろう。翔が「叶ったら教えてくれ」と一言言えばそれで終わるのに、それができない自分はやはり優柔不断だな、と噛み締めた。
桜花は少し悩んで、
「翔くんにならいいでしょう」
と、話してくれた。
「私が、翔くんと同じ大学に行けますように、と」
「桜花......」
「私の学力は特に問題ありませんし、どちらというと少し抜け漏れがある翔くんの方でしょう。なので頑張ってくださいよ」
「......全力で頑張ります」
翔は一言を苦しそうに返しながら、勉強への意欲を上げていた。
桜花が大学選びで苦労することはないだろう。本人がどこに行きたいかを決めるだけで、後は大学側から呼びかけを受けるのではないだろうか。教員同士の会話を盗み聞いた人からの話では桜花が入学以来、ずっと首位の座を保ち続けているのは近年稀に見る光景で学校としても全力でそれを推していきたようだ。
その桜花は翔と同じ大学に行きたいらしい。確かに彼氏であり、同居人であり、婚約相手である翔と同じ大学に行きたいと思うのは恋する乙女としては当然のことなのかもしれない。しかし、それにはどうしてもまだ翔の学力が足りないのだ。
桜花の希望を叶えつつ、それでいて教師からも小言を言われないようにするには翔が頑張って学力を伸ばし、桜花と並べるほどになって大学のランクを上げるしかない。
その契機となればいいな、という思いで桜花はここを回ることを提案したのだろうか、と一瞬だけそう思った。
「苦手教科の赤点回避!!」
「勉強しなくても点数が取れるようになりたい!!」
「......バカ丸出しじゃん。友人として恥ずかしい」
「ここは知らないふりをするのがいいと思います」
やいのやいの、と観光客の注目を集め始めたカルマと蛍とは距離をとって、翔は桜花と共に先にその場を離れることにした。
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