第4話「抹茶ソフトクリーム」


「あ、見てみて!ソフトクリームがあるよ」


 金閣寺を後にして次の場所へ向かおうと歩いていると蛍がソフトクリーム屋を見つけた。京都といえば抹茶である。そのためか定番であるバニラ味よりも抹茶味の方を全面的に売り出していた。


「ここって宇治?」

「違うと思いますけど」

「だよね」


 宇治抹茶は有名であるがそのほかの抹茶はよく知らないというのが現状で、翔達はここで食べるのかもう少し後回しにするのかと頭を悩ませていた。

 まだまだ昼食を食べるには早い時間帯である。しかし小腹は確実に空いている。


「翔、次に行くところってどこ?」

「歩いてもう少し行ったところにある北野天満宮。ここで受験のお参りをしておこうかな、と思って」

「菅原道真が祀られているとされていますからね。学問の神様ですよ」


 菅原道真と聞いてポカンと口を開けていたカルマだったが、桜花の「学問の神様」という言葉にあぁと思い出したのか納得顔になっていた。


「学問の神様も甘いものは食べられる内に食べておきなさいって言うんじゃね?」

「じゃあ、小腹も空いたし、糖分補給と行こうよ!」


 カップルに押し切られる形で少し休憩することになった。

 正直に告白すると、ここで休憩して、ソフトクリームを食べると言う予定はないので大幅に予定が変更してしまうのだが、ここでそれを言うのは少し卑怯なのでぐっと堪える。桜花も翔が丹精込めて作っていたのを知っているし、桜花自身もそれの制作に関わっているので、翔の味方をしてやりたいところだが、無邪気に笑う蛍とその笑顔に打ちのめされているカルマを見ているとどうしても強くはいえなかった。


「桜花も買ってきたら?」

「私はあまりお腹が空いていないので、ソフトクリームを一つそのまま食べてしまうとお腹が膨れて昼食が食べられなくなってしまうので」

「僕と半分なら食べるか?」

「え」

「嫌ならいいけど」

「嫌ではないですよ」

「折角、ここで休憩するようにしたんだから満喫しないと勿体ないからさ。僕と半分でいいなら買いに行こうよ」

「......はい」


 桜花は仕方がないな、という表情と翔が誘ってくれて嬉しいという表情が混ざったような不思議な顔をしていた。店前にまで行くと金箔付きと言うのもあり、翔が物珍しさにそれを選ぼうとしたのだが、桜花に止められてしまった。金箔には味がなく、ただ豪華さを味わうだけらしい。未知の味を想像していた翔にとっては残念な現実に直面してしまったわけだが、無駄なお金を払わなくて済んだと前向きに考えることにしよう。


 金箔付きは是非、お金の余裕のある人が食べて欲しい。


「先に食べてもいいですか?何だか少し恥ずかしいので」

「うん、どうぞ」


 翔は食べている姿をあまり直視して欲しくないだろうと言う紳士的な配慮を見せて、これからの予定表と睨めっこを始めた。カルマと蛍は翔達の一個前の椅子に座ってお互いが違う味のソフトクリームを買って交換しながら食べていた。


 翔のプランは緻密とはいえ一分一秒の誤差なく行動指針が書いてあるわけではない。そのためある程度の時間配分から調節が可能である。


 金閣寺から北野天満宮に行くまでの時間でロスが起こっているが、金閣寺に割いていた時間よりも数分早く出たのでその分と、昼食の時間から持ってきて辻褄を合わせていく。


「翔くん、あ〜ん」

「ん」


 横からソフトクリームが伸びてきて「あ〜ん」を迫られたので翔は大人しく口を開けて、その冷たい感触を味わう。今まで食べてきた抹茶アイスの中で最も濃い。

 それと同時に自分が今されたとこについて考えていた頭がぴたりと止まりぐっと恥ずかしさのゲージが溜まっていく。

 ばっと桜花の方を向くと待っていましたとばかりにもう一度、翔の口元へと抹茶ソフトクリームが入ってくる。その桜花の表情はいたずらに成功したかのように意地悪な感じだった。


「翔くんは並行作業は向いてませんね」

「それは僕が一番よく理解しているよ。......でもそれとこれとは話が別だ」

「それは私が......食べさせてあげたかったからです」

「うっ」


 そう返されると翔からはもう何も言うことができない。翔としてもやめて欲しいわけではないのだ。ただ恥ずかしいと言うだけで、実際はもっとして欲しいと言う気持ちも逆に食べさせたいと言う気持ちもある。しかしながら、恥ずかしいと言う気持ちがどうしようもなくそれを口に出すことを阻んでくる。

 だから、ただの好意であると言われてしまうともう降参するしかないのだ。


「だからもっと食べてください」

「前にも言ったかもしれないけど、何だか餌付けされている気分」

「頭でも撫でてあげましょうか?」

「いや、いい」

「翔くんが犬に見えてきました」

「犬?」

「表面上はそのようにツンとしていますけど、尻尾を千切れそうなぐらい振っているので私への好意がバレバレです」

「そんなことは......」


 まるで本当に見ているかのように言うので堪らず翔は振り返って、自分の臀部の辺りに尻尾が生えていないかどうかを確認し始めた。しかしそんなものはついているわけがないので、桜花はくすくすと可笑しそうに笑っていた。


「確認すると言うことはそうなのですか?」

「ノーコメント」


 翔はそう答えたがあまり意味がなかったようだ。

 もし本当に翔が犬で桜花がその飼い主だったならば翔は喜びすぎて尻尾を千切り飛ばしてしまっていたかもしれない。


 翔が桜花にいいように遊ばれてしまい、何かささやかな仕返しはないものかと模索していると、桜花がソフトクリームに齧り付き、その頬にクリームをつけた。おそらくはほとんどの部分を桜花が口をつけたので擬似的な間接キスで翔の理性をもう少し削りにきたのだろうが、今度は逆である。


「桜花、ちょっと動くなよ」

「はい?」


 翔は桜花の頬についたクリームを口で吸って、とってやった。

 その少量のクリームはなぜか桜花に食べさせてもらったものよりももっとずっと甘かった。


「......付いていたのですか」

「うん。それに両手が塞がってたから」

「言ってくれればよかったのに」

「僕がとってあげたかった」

「嘘です。キスしたかっただけでしょうに」

「そうかもしれない」

「ッ!......否定はしないのですね」

「したいって言う気持ちは本当だからね」

「えっち」


 そういって桜花が目を閉じた。

 これはしてもいいのだろうか。いいのだろう。だってこれはそう言う合図なのではないだろうか。そうに違いない。


 翔は桜花の柔らかな唇に自分を唇を重ねようとし、


「え〜っと、こほん」


 はっと離れた。

 声の主の方を窺うとそこには仁王立ちになったカルマとにやにや顔で成り行きを見守る蛍の姿があった。

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