第3話「鹿苑寺金閣」
翔達が楽しくおしゃべりを続けているといつの間にか到着したようで運転手に急かされるままにタクシーを降りた。あの甘々事件の後から「彼女欲しい」「付き合いたい」「結婚したい」と亡霊のように呟きながら運転していたことを知るのはカルマのみである。
翔達が訪れた場所は鹿苑寺金閣と呼ばれる簡単に言えば金ピカの神社だ。
その建物自体に歴史的価値はあまりなく、その名前の方に価値があると言った方が良いだろうか。
「建物は昭和時代に改修工事されていますからね。屋根の上にある鳳凰は室町幕府時代からあるものだそうですが他は最近のものですよ」
とは桜花の言である。
室町幕府三代将軍、足利義満公が建築させた金箔を張り巡らせた神々しい建物は金閣寺の愛称でその名を轟かせている。建物の作りが一階、二階、三階と全て異なっていて一種の歴史マニアからはそこも注目ポイントである。
翔達の中で歴史マニアはいないので教科書のほとんどを覚えている桜花のみがほぅと感嘆の声をあげているが翔やカルマなどは桜花の説明を聞いても「ふぅん」としかならなかった。
それよりも水面に映る逆さ金閣の方が余程心を刺激しに来ている。
左右対称であるためかとても美しく見えるそれは思わず見入ってしまうほどである。月明かりの中でならばさらにどれほど綺麗なのだろうかと翔は少し考えてみる。すると想像を絶するような風流のある光景が目に浮かんできた。
そこに桜花と二人で観に来れたら綺麗だろうな。
そう考えずにはいられなかった。
「俺達四人で写真撮ろうぜ?」
「誰かに頼まないと」
「すみません」
こういう時に物怖じしないタイプの蛍はすぐさま行動に移す。カルマとしては逆に絡まれてしまわないだろうかと不安そうではあったが、蛍が話しかけたのが女性二人組だったので安堵のため息を漏らしていた。
「こういう時ってめっちゃ怖いよな」
「そもそも桜花はそんなに人前に出てどうこうするタイプじゃないからな」
「俺は心配で堪らない」
「ちゃんと見とけよ。カルマの腕力ならその辺のチンピラ程度なら簡単に駆除できるだろうし」
「分かってらぁ」
実際に問題を起こされると修学旅行だと言っている場合ではなくなるのだが、いざとなれば言い逃れできる算段はつけているし、最終手段として親の威光を借りることもできる。
学校のプライド云々よりも生徒一人の身の危険を考えてくれるような学校だと翔は信じている。
「翔くん、カルマくん。こちらで撮りましょう」
「分かった」
「女性お二人が真ん中で、俺達は端で写ろうか」
むさ苦しい男達をセンターにするよりかはマシな考えだろう。美少女二人で写真に彩りが出てくるのも高ポイントだ。撮ってくれた女性の方は「いいわねぇ。青春だわ」と言い残して去っていった。
修学旅行で、さらにカップルで行動している班はきっと翔達しかいないだろう。班決めの際に担任が「いないとは思うが男女班は面倒だからやめておけよ〜」と言っていたのもあってか今までにみたことがない。
面倒なことというのは男女という性別は性別だけを分けるわけではなく、その思考にも違いがあるということを理解していない学生達によって喧嘩が起こったり、乱行を起こしたりしてしまうことが過去にあったからだという。
翔と桜花に関しては一緒に暮らしてさえいるのに未だかつて間違いを起こしたことはないし、カルマがどうかはわからないがこの班の誰しもが他人の意見を尊重できる人である。
翔がそれを堂々と言って退けたことで担任からの無駄に厳しい追求は逃れ切ったのだが、会う人会う人に一言ずつ「青春」や「カップルだ」と言われるのは何となく気恥ずかしい。
「向こう側にも行けるみたいだけどどうする?」
「一周してみようか。桜花と蛍もそれでいいかい?」
桜花と蛍が同時に頷いた。
翔とカルマはこれもまた同時に誰に言われたわけでもなく、手を差し伸べた。
「どうしたの?翔くんの真似?」
「違う。ちょっと足場が危なそうだったから。嫌ならやめるけど」
「嫌だなんて言ってない。どっちかというと嬉しい」
「何だそれ」
蛍はそう言いながら、カルマの手を取った。
それを横目で見ながら、翔は桜花がくすっと笑ったことに少し驚いた。
「翔くんも足場が危なそうだったから、ですか?」
「......そこは全く考慮してなかった。ただ僕が繋ぎたい、と思ったから、じゃダメかな」
「仕方がないですね、大人しく繋がれてあげますよ」
桜花もそう言って翔の手を取った。
恋人であってもその恋は千差万別で、どの恋も同じものはない。それが翔とカルマ、桜花と蛍を見比べてよく表れているような気がした。
「表面だけだと思ったのに裏側もちゃんと金なんだな」
「昔の偉い人がそんなケチケチしないでしょ」
「そうか?」
「偉くなってもケチくさいのはカルマくんだけだと思うな」
「まぁ、自分のことよりも蛍との何かに金とかは使いたいし」
「......そ、そう」
蛍が珍しくカルマのストレートパンチをノーガードで食らっていた。
「あ、食らったな」
「蛍さんの顔が真っ赤に染まってますね」
「カルマが浮かれて変なことでも言ったんだろうな」
「翔くんは私に言ってくれないのですか?」
「......何を?」
「カルマくんが言ったようなことですよ」
本当に今更ではあるが、二年生に進級してこの四人は同じクラスになっていた。翔とカルマは理系に行くべきか、文系に行くべきかを悩んだ末に、文系を選択し、めでたく四人とも同じクラスになった。
それをきっかけに桜花の呼び方が変わった。カルマが「カルマくん」と呼ばれるようになり、逆に「桜花さん」と呼ばれるようになった。
彼氏としては自分と同じレベルに上がってきたカルマに少しだけ嫉妬しないこともなかったが、それよりも桜花が翔以外の男子にも少しずつ心を開き始めているというのが嬉しかった。結局、そのもやもやは膝枕をして散々に愛を囁かれて解消した。
「カルマが言ったようなこと、ねぇ」
話を現実に戻すと、カルマの言ったことはわからないので何を言えばいいのかがわからない。歯の浮くようなセリフを言えばいいということだけはわかるのだが、強固な理性がまだ存在を主張している以上、言えそうになかった。
しかしここでないと言ってしまうのは何となく勿体ないような気がしていた。言ったら何かを返してくれるような予感がしていたのだ。
「金閣の美しさよりも桜花の方が綺麗だよ」
「......」
「あの、桜花さん?」
「......三十点ですね」
「え、それは何点満点?」
「勿論、百点です」
「赤点じゃん」
翔は恥ずかしさのあまりに顔を真っ赤にさせながら叫ぶ。自分で恥ずかしいと分かっていて吐くセリフは後でくる羞恥心よりもさらに強い羞恥が来ることを初めて知った。おかげでか、大量の汗が噴き出ているのを感じる。
「褒められるのは嬉しいですけど、変に格好をつけようとしているというか......捻った伝え方はあまり衝撃が来ないですね」
「カルマに負けた......」
「また次、頑張ってください」
「え、まだあるの?」
桜花は翔の問いには答えず、ふんふんと鼻歌を歌いながら翔の手を引いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます