第2話「班行動」
「元気一杯!カルママン!!」
「今すぐ顔洗ってこい」
「いやん、力が出なくなる」
新幹線を降り、駅の邪魔にならないところで点呼をして、誰も降り過ごした生徒がいないことを確認した。そして簡単な説明を受けた。中学生のようにわざわざ全てを一から説明するようなことはしない。いくら邪魔にならないところだと言っても存在自体が邪魔であることは間違い無いので注意事項を確認した後、班長のスマートフォンに宿の位置情報が送られた。
時間内にその宿にいれば何をしても自由だということだ。
翔達の班長はじゃんけん負けした翔である。そのためこの日のために新調した新しいスマートフォンに宿の位置情報が教員から送られてきた。
「ふわぁ。カルマくんは元気ですね」
「おはよう。よく眠れたかい?」
「寝たくはなかったのですが蛍さんが隣でずっと子守唄を歌うのでつい......」
「かわ......んんっ。まぁこれから遊びまわって疲れるから結果的には体力を温存できて良かったんじゃないか?」
「......翔くん、見ましたか?」
何を、とは聞かない。翔はもうそれが何を指しているのかは分かっている。
「ミテナイヨ」
「カタコトのように聞こえたのですが気の所為ですか?」
「キノセイダヨ」
嘘は言ってない。加工可能なスマートフォンの写真を見ただけで実際の本当の姿を見たわけではない。とても苦しい言い訳であることは翔自身がよく分かっていたのだが、ここは押し通すしかない。
桜花は翔の言葉を信じたのか、嘘を突き通そうとしていることを察したのか、それ以上訊ねてくることはなかった。
「翔、最初はどこに行くんだ?」
「前にプラン表を渡したぞ?」
「そうだっけ。翔が俺を導いてくれるから必要ないと思って持ってきてない」
「何のためのプラン表だよ」
「あ、私が持ってるから大丈夫だよ。私とカルマくんが離れる時はないと思うし」
トイレがあるだろ、とはツッコまない。それにそんな正直に言い切られると聞いているこちらの方がつい恥ずかしくなってくる。翔が少し恥ずかし気に桜花の方を向くと同じ気持ちだったのか熱に当てられてしまったようで少し頬に赤みが刺していた。
「えーっとこほん。これから金閣寺に行きます」
翔は班長としてこの空気を変えるべく、わざとらしく咳払いをした後、大々的に公表した。とはいえ、それに「お〜」と歓声をあげたのはカルマだけだった。それもそのはず、プラン表にはバッチリその予定が組み込まれている。
プラン表は一種のスケジュール帳と化している。それは単に桜花のおかげだ。
翔が作ろうと企画してパソコンを酷使して作り上げていったのだが、どうしてもうまくできなかったのだ。それを見ていた桜花が「私も手伝います」と完成まで持って行ってくれたのだ。
「歩き?」
「タクシー」
「お金は?」
「学校持ち」
「乱用は?」
「許可する」
カルマが「ヘイッ!タクシー!!」と大声をあげるのでカルマを除く翔達は他人を装うかのように一歩引いた。
この修学旅行では誰かの親の特別な援助金があったそうで、急遽としてタクシー会社と契約することが可能になった。なので通年とは違い、タクシーを利用できるので多くの箇所を周れる。
「金閣寺ってあの金ピカの建物だろ?」
「まぁ大体合ってる。もっと付け加えるべき知識がありそうだけど、それは着いてからにしようか」
「京都まで来てお勉強かよー」
「いやいやカルマくん、金閣寺なら普通に中学生の範囲だから」
「......嘘だろ」
自称進学校に通う学生、カルマ。ここで思わぬ勉強の抜け穴を発見してしまった。しかし、高校生になってから色々な難しいことを習うのでついつい中学生のうちに習ったとこのある基礎中の基礎の事柄を忘れてしまうことはある。翔もそれは日常茶飯事で桜花がその度に丁寧に教えてくれるので少し申し訳ないとは思う。
「タクシー来たぞ」
カルマの呼びかけの元、翔達はタクシーに乗り込み「金閣寺まで」と行き先を告げる。
運転手は優しそうなお兄さんで相変わらず、桜花や蛍の美貌に鼻の下を伸ばしていたが、カルマがこほんと咳払いをすると、その鼻の下を戻して、業務に徹していた。
いつ何時でも男の人と一緒にいる空間はできるだけ避けるべきだな、と考えるのはきっと翔だけではないだろう。ちらっとカルマの方を窺うとカルマの何やら自分の心の中で決めたことがあるのか決意に満ちた顔をしていた。
ちなみに五人乗りタクシーの内訳だが、助手席に座るのがカルマで、蛍と桜花に挟まれて乗っているのが翔である。一種のハーレム状態と言えなくはないのだが先程から蛍がぐいぐいと桜花の方に寄せようと押してくるのであまりその状況を楽しめているとは言えなかった。
「カップルで修学旅行とは羨ましいなぁ」
「えぇ、本当にッ!」
カルマの相打ちが翔に対する攻撃に思えてならない。
蛍を気にしているのだろうか、それとも翔が好きな人と隣同士であることに嫉妬しているのか。しかしながら、反論させてもらうと、勢いよく助手席に乗り込んだのはカルマであり、タクシーに最初に乗ったのもカルマである。
男とは単純明快で理不尽なものである。翔も男ではあるがそう思わざるを得なかった。
「翔くん、先程から私の方に寄ってきていませんか?」
「ごめん、蛍に押されてて......。何とか抵抗しようとはしてるんだけど、スペース奪ってたらごめん」
「ちょっと私は関係ないよ!」
嘘八百も甚だしい。もしその言葉が本当であるのならばその右手がどうして翔を押すようにぴったりと翔の身体にひっついているのかを詳しく聞いてみたいところだ。
翔が声を出して反論しようとした時、ばっと桜花が瞬間的に動き、今までは死角となっていた蛍と翔の隙間を確認した。
「蛍さん?」
そこには証拠がバッチリと写っていた。桜花の一言は表面上は穏やかであるものの奥底に潜む般若に近いものを醸し出していた。蛍の長年の友人生活で桜花の言い方がどれほどのものなのかは理解しているのか「ごめんなさい」と一言言って、翔を押すことを諦めた。
翔はふぅ、と安堵のため息を漏らす。ただでさえタクシーの中は狭いのだ。押し合いをしているとあらぬ誤解を招きかねない。
「ありがとう」
「翔くんももう少し強くいうべきだと思いますけどね。蛍さんも顔立ちが整っているのでつい許してしまったのですか?」
「人を獣みたいに......」
「男の子は可愛い子からのスキンシップには弱いと聞きましたので」
「それってどこ情報?」
「秘密ですが、助手席にいる人だと言っておきます」
「それってカルマだよね?それはカルマだけだよ」
「おいっ?!」
翔がそういうと桜花はどうでしょうかね、と首を竦めた。その反応を見て翔は軽く凹むのを感じた。男という括りからは流石の翔も逃げられないし、桜花のいう理由ではなかったが蛍だからあまり強く言わなかったというのも当然あった。
翔はカルマがわざわざ振り返らずともわかるほどにどよんとした雰囲気を醸し出していた。それを見た蛍は「桜花ちゃんのせいだと思うなぁ」というような視線を送る。
「......」
「桜花ちゃん」
「蛍さんのせいですからね」
桜花はそう言い残すと翔の右腕にひしっとしがみついた。しがみつくと言っても軽く腕を交錯させるほどであったが、翔ががばっと顔をあげたのはいうまでもない。
「......男の子はスキンシップに弱いと聞きましたので」
先程とは全く意味の違う言葉になっていた。翔は恥ずかしさのあまりに、どこを向いていいのか分からず、ずっと上を見上げていた。
「「甘い......」」
カルマと運転手が同時に呟いた。
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