他人行儀になった幼馴染美少女と何故か一緒に住むことになった件〜アフターストーリー〜

孔明丞相

第一章「修学旅行」

第1話「修学旅行」


 修学旅行。それは高校二年生になると訪れる、高校生にとっての一大イベントである。 日頃からあまり外に出たくはないと考える生粋のインドア派である翔でもこの高揚感は感じていた。学校行事なのに学校で勉強するわけでもなく、友達と旅行できる。修学と言うからにはそれなりに何かを学ばなければならないのかもしれないが、そのようなものは後でどうにでもなる。それに最悪の場合は集団行動の大切さが云々と書いておけば大丈夫だろう。


 翔はこの先に待っているであろうパラダイスに心を躍らせながら、もう一度計画を確認しておこうと自分なりにまとめておいた一枚の紙を取り出した。


「外嫌いな翔がわくわくしている、だと?」

「あれ、カルマ起きたのか。爆睡しているもんだと思ってたのに」

「ふっふっふっ。俺を誰だと思っている?面白いことに関しては瞬時に目覚めるカルマ様だぞ」

「何か面白いことでも起こったのか?」

「翔が自分でまとめた紙を見てにやにやしてることが面白い」

「にやにやはしてない」

「またまた〜」


 翔の邪魔をしてくるのはいつもの如く、カルマである。席決めの時に何の運命か、カルマを隣に選んでしまったのだ。話せない人が隣に来るよりかは幾分かマシではあるが、少し水を刺された気分になったので、翔はちらっと後ろの方を向く。


「あ、またカルマくんが変なことしたんでしょ。後でお説教しないと」

「ちょっ?!俺まだ何もしてない!」

「まだ?つまりはこれから何かしようとしてたってことでしょ?」

「うっ......」


 翔は仕返しがうまくいってふっと笑った。するとカルマがこのやろう、と小声で言いながら小突いてきた。

 他人を傷つけようとして小突いてきているわけではないので殺傷能力は皆無である。


 蛍が後ろにいてくれて助かったな、と翔はしみじみにそう思った。新幹線の中では班単位で近くに座っているのが基本なので蛍が近くにいることはあまりそう不思議なことではない。逆に不思議がられそうなのはどうして翔とカルマが隣同士で座っているのかということだろう。

 それは先ほども言ったようにそうなる運命だったとしか言いようがないのだが、一応説明しておくと。


 翔達は班を作った。いつのもメンバーで班を作ろうとしたのだが、そこで軽くブーイングが起こった。曰く、「俺達の班に綾瀬さんとかは誘いたかったんだけど?」と。限定の「は」が使われていることで翔は必要ないということが完全に読み取れるのだがそれはそれとして。


 そんなことをいったところで、本人がこちらの班がいいと言うのだから誰もそれを止めることができないはずなのだが、そんなことはお構いなしらしい。蛍は呆れて「カルマくん、任せた」とその場をさってしまった。

 そこで我らがカルマにスポットライトが当たる。

 カルマも班を今更解体することは避けたかったので、新幹線の席を条件に出した。


 カルマと翔がもし同じ赤色のカードを引き当てたならその時は潔く諦めろ。


 もしも違う色のカードを引き当てたならその時は途中からおまえ達と席を変わってやろう、と。


 諦めの条件にカルマと翔はたとえ同じカードを出したとしても蛍の隣には座らないという追加条件まで付け加えた。


 もちろん、この野次馬達は乗った。確率をいちいち計算して勝算まで叩き出した奴までいた程だ。そして......。


「いやいや、まさか当ててしまうとはな」

「何かタネがあったんじゃないのか?」

「いやいや、そんなものあるわけないだろ。くじ引きボックス用意したのは向こうなんだぞ」

「しかも赤色、なんて限定をつけるから青色のカードがほとんど入ってたらしいし」

「俺と翔の愛の強さだな」

「やめろ、気持ち悪い」

「純愛だぞ」

「浮気にも程がある」


 カルマのボケを軽く躱して、翔は紙に目を落とす。


「そういえばあの人は?」

「あの人?......あぁ」


 翔はカルマの意図することを察したのか、納得したような声を漏らした。カルマがあの人と言葉を濁らせる人は一人しかいない。


「今頃はどこか遠くに飛んでいるんじゃないのかな」

「飛ぶって......。ついに美貌で人間やめたのか?」

「それなら僕は天使と付き合っていることになるね」

「翔......」


 カルマの謎に悲壮的な表情に翔は頭の中で疑問符を浮かべながらもそれを表面には出さず、ふっと苦笑気味に笑った。


 カルマはその翔の表情を見て何を思ったのか、そっと窓の外を眺めたが、生憎とその瞬間はまだトンネルの中だったので暗闇が映るばかりだった。


「到着は?」

「後20分ぐらいかな」

「俺も寝る。着いたら起こしてくれ」

「ん」


 カルマはそう言い残すとすぐに寝てしまったようで落ち着いた一定の寝息が聞こえてくる。あまりの速さに思わず「早いな」と言葉が漏れてしまう。その呟きを拾いとった蛍が後ろから「カルマくんはもう寝ちゃった?」と尋ねてくる。


「多分。ここまで早過ぎると実は起きているんじゃないかって疑ってしまうよ」

「五分五分かなぁ」

「え」

「あ、翔くん。カルマくんの寝顔を写真に撮っておいてくれないかな」

「蛍の大概にカルマのこと言えないよなぁ。お互いに好きすぎだろ」


 翔はそう零しながら一枚写真を撮る。うん、思っていたよりもいいアングルの写真が撮れた。今度何かあった時はこれを使ってお使いを頼もう。


「翔くんだけには言われたくなかったなぁ」


 翔が撮った写真を蛍に送ると、数秒の後に一枚の写真が送られてきた。

 そこには翔の一番好きな人の無防備な寝顔が写っていた。翔はつい表情が緩んでしまうのを慌てて自分の手で押さえた。


「今表情緩んだんじゃない?」

「気の所為だ。緩んでない」

「今振り返ると生で見れるよ」

「ぐっ......」


 翔はぐっと唇を噛み締めて蛍の誘惑から耐え忍ぶ。

 野次馬達との約束の中には新幹線に乗っている間は過度な接触を避けるようにと交わしている。どこまでが過度かがわからない以上、振り返るのはあまり賢明だとは言えない。


 桜花は今、夢で現実とは違うどこか遠くに飛んでいるはずだ。それをまざまざと注視するのはいくら彼氏だとはいえ、婚約相手だとはいえ、人前ですべきことではない。二人きりならば躊躇なくしていただろうが。


「ふふっ。そういうところが惚れられたんだと思うよ」

「揶揄うなよ」

「その写真待ち受けにしときなよ」

「......今日だけな」


 翔はぽちぽちと操作して桜花の寝顔写真を待ち受け画面に設定した。

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