第23話

 おっぱい百裂拳から一週間。相変わらずひったくりは減らないけど、プラートルさんとは遭遇せず、日常の業務をこなしている。魔王おっぱいと過ごす日々が日常になっているのは腑(に落ちないけど。


 そんな魔王おっぱいはどうにも落ち着かない様子だ。

「うーむ。あのプラートルが大人しくしているとは考えにくい。余が魔王ということは置いておいて、めぐるの胸に何か仕掛けてくるはず」


 ずっとこんな調子で周囲を警戒している。そのおかげでひったくり犯にも敏感になっているから捜査の助けにはなってんだけどね。


「いくら巨乳が憎いと言っても勇者の仲間なんでしょ? 魔王はともかく、一般人の私を傷付けるようなことはしないんじゃない?」


めぐるが本当に一般人ならな?」


 そう言って私の不安をあおるけど、そもそも一般人じゃなくなったのはこのおっぱいのせいなんですけど。


「とにかく警戒をおこたらぬことだ。人間相手なら余の力でどうとでもなるが、あの光魔法に対して今の余はあまりに無力」


「ずいぶんと素直に負けを認めるのね」


「負けてはおらん! 戦略的撤退というやつだ」


 何が戦略的なのかよくわからないけど、とりあえず適当な相槌あいづちを打っておいた。これで魔王は満足なのだ。


「ところでめぐるよ」


 急に真面目なトーンに変わる魔王。こういう時は本当に真面目な話をするパターンだ。


「万が一、勇者やプラートルに出会っても逃げるな。余は完全に沈黙して気配を殺すが、めぐるは平静を装ってやり過ごすのだ。この世界には他の魔族がおらぬ。一度目を付けられればいとも簡単に居場所を突き止められるぞ」


「おっぱいがこんなに大暴れしてたら、異世界から来た人は何かおかしいって勘付いているんじゃない?」


「そ、そ、そんなことはない! まだ平気だから!」


「全然平気そうに見えないんだけど……」


「余には人質がいるから! めぐるを盾にすれば、プラートルはともかく勇者は考え直してくれるはずだ」


「プラートルさんには個人的な恨みで殺されるのね。このおっぱい、自前じゃないのに」


「まあそう言うな。真面目に働いて徳を積めばきっと良いことがある」


 魔王に徳を積めと言われても全く説得力がない。そもそも全ての原因はこいつだし。


「わかったわよ。力を貸してもらってるにも事実だし、その分くらいは守ってあげる」


「さすがは余の一部。話がわかる」


「誰が魔王の一部よ! 本体が私で、おっぱいの魔王の方が一部でしょ」


「ぐぬぬっ! 口の減らない女だ」


 こいつが向こうの世界でどれだけ悪い魔王だったか知らないけど、こうしてそれなりに仲良くできるんだから勇者やプラートルさんとだって分かり合える気がする。

 そして、私を助けるために間違った方向に正義の心を向けてしまった彼とも。

 最近はひったくりばかりで暴走族の通報がないけど、解散したという話は耳に入ってこない。何か大きな事件が起きる前触れじゃないといいけど。


めぐる! おい、めぐる!」


 彼のことを考えていたらついボーっとしてしまったらしい。


「どうした? 疲れてるなら少し休んだらどうだ」


「平気よ。慣れない巨乳に体力を持っていかれてるとは思うけど」


「ああ、余が力を使う時に少しだけめぐるから気力を拝借しておるからな」


「って、本当に魔王が原因だったんかい!」


 むぎゅっとおっぱいを鷲掴わしづかみにしてお仕置き。気遣ってくれるなんて優しいやつだと思ったけど、魔王はやっぱり魔王だ。油断ならない。


「いくら余と言えども、力を使うにはエネルギーが必要なのだ」


「……もしかして、おっぱい百裂拳みたいな技を使い続けたら、あなたしぼんで成仏できるんじゃない?」


「その前にめぐるが干からびると思うぞ?」


「そ、そう……ならこの案は却下ね」


 乳も若さも失うなんてさすがに嫌すぎる。中学生と間違われ続けるのも心外だけど。


「一番手っ取り早いのは、めぐるが余に身体を譲り渡し、完全体となった余が勇者を返り討ちにするパターンだな。どうだ? 興味が湧いてこないか?」


「警察官が勇者を倒すなんてありえません。どちらかと言えば私も勇者寄りです」

 私は現代社会の勇者とも言える職業なんだ。魔王の案になんか絶対乗らない。


「いつまでそう言っていられるかな。いつかきっと、余に全てを託す時が来るはずだ」


「どういう意味よ」


「この前みたいな危険な犯人と対峙たいじした時、めぐるだけの力でどうにかできるのか? 勇者とは別の凶悪犯に遭遇した時、きっと余の力を欲するであろう」


 はーっはっはっは! と魔王らしい高笑いが部屋に響く。その声と一緒に胸がやたらと弾むから勘弁してほしい。


 ジリリリリリ


「はい。町尾まちおです」


 例によって直接の出動要請だった。ただ、ここ数日と違うのは。


「え⁉ 暴隠栖ぼういんずが現れたんですか⁉」


 ひったくりではなく、この地域で有名な暴走族である暴隠栖ぼういんずが久しぶりに姿を現したという内容だった。


「ええ。はい。わかりました。すぐに向かいます」


 半年前の一件以来、甚大な被害はないもののルール違反であることに変わりない。それに、このルール違反の裏に秘められた彼の想いも知っている。だからこそ、彼の正義をちゃんとした形で表現してもらいたい。それが私がこの町にこだわる理由だ。


「行くわよ魔王」


「余の一部だからな。付いて行くのは当然である」


 私の気合を感じ取ってくれたのかはわからない。でも、いつも同じ魔王の言葉で肩の力がちょっと抜けた気がする。


「そうそう、ひったくりじゃなくて暴走族の取り締まりなんだけど」


「ふむ」


「その中に勇者みたいな恰好をした男がいて、大きな剣を背負っているから注意するようにって言われたわ」


めぐるよ。今日は休んだらどうだ? そうだ! ひったくり犯専門になるといい。ちょっと気力をいただくかもしれんが、喜んで協力するぞ」


 必死になって私を引き止める魔王。その気になればロケットおっぱいの要領ようりょうで無理矢理にでも反対方向に動かせるのに、それはしない。


「迷惑なやつだと思ってるけど、恩人でもあるから、できる限りのことはするよ」


「…………」


「もし私だけの力でどうにもならないことがあったら助けてね」


「当然だ。めぐるは余の一部なのだからな」


 はいはい。と適当になだめて玄関を出る。

 巨乳になって最初の頃はドアでおっぱいを挟むこともあったけど、今はもうすっかり慣れてスムーズに戸締りできる。


 魔王おっぱいが生活に馴染めたように、彼だってきっと新しい人生に馴染めるはず。まずは暴走族から抜けさせてあげなきゃ。彼が抜ければ他のメンバーも新たな道を歩んでくれるはず。


 私はそう信じて現場へと向かった。彼が、早乙女さおとめ(さおとめ)ごうけんくんの人生が変わるきっかけとなったあの道へ。

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