第8話
おっぱいがギュッと押し潰されたかと思うと次の瞬間にはロケットのような推進力を持っていた。病室でこうなった時は宙に打ち上げられてそのまま落下したけど今日は違う。
私の足は地に着いていて、おっぱいに引っ張られるように全力以上の力で走っている。
「どうだ
魔王の言う通り身体はなんとか耐えられている。少し落ち着いてくると、走っているというよりロケットが落下しないように足で重力に逆らっている感じ。あくまでこのスピードを出しているのはおっぱいだということだ。
「それよりもあなた、さっきから私の名前……」
「おっとカーブだ。気を付けろ」
魔王が忠告すると、それに合わせておっぱいがぶるるんと言わんばかりに左に偏る。その動きに合わせるように私も重心を左に寄せてどうにか角を曲がった。
「乗り者じゃないから法定速度とかないと思うけど、これ危なくない?」
「余を誰だと思っておる。魔王であり……おっぱいである」
次の瞬間、通勤途中と思われるサラリーマンにぶつかってしまう。こんなスピードで衝突したらケガを負うのは確実だ。しかし、
ぽにょにょにょん
サラリーマンとぶつかったのは先行するロケットおっぱい。凄まじいスピードを誇りながらもその柔らかさは健在だった。相手はケガをしないどころか、私がすぐに立ち去ってしまったのでよく聞こえなかったがお礼を言われた気がする。
「真の強者は無害な弱者に手を出さぬ。余が歴代最強の魔王でよかったな」
「はいはいそうですね」
こうして猛スピードで町を駆け抜けるうちにだんだんと楽しくなってきて細かいことはどうでもよくなっていた。だが、
「いくら速いと言ってもバイクには勝ててない。このまま素直に後を追うだけじゃ逃げられる」
「ほほう、なるほど。では、新たな道を切り開けばいいのだな?」
「ビームはダメだから! 誰も傷付けず、何も壊さず、さもないとホック止めるから」
いくら犯人逮捕のためとはいえ被害を出したら意味がない。
「そんなことはわかっておる。あとは
「あの、さっきから
「余が力を貸すと認めた相手だ。名前で呼ぶのは当然であろう」
「魔王ってそういうものなの?」
他に魔王という存在に会ったことがないのでよくわからないが、魔王なりに理由があるのなら受け入れるしかない。
「わかった。あなたが私を認めてくれたのなら、私も魔王の力を信じる」
「よくぞ言った。では合図をしたら跳ぶぞ」
「と、跳ぶ?」
そんなことを突然言われても困る。跳ぶってどれくらい? まさか……。
「3、2、1、ムンッ!」
魔王が気合を入れるような声を発すると同時におっぱいが重力に逆らって上に伸びる。当然、その勢いに乗って私の身体も上昇するわけで。
「ああああああああああ!」
「うるさいぞ
「ままままままって」
「さすがにこのような姿で宙に浮き続けるのは余でも無理だ。あの男めがけて着地するぞ。いいな」
今まで体験したことのない超跳躍をして、自分の意思とは無関係に魔王が犯人を見つけ出してくれた。協力してくれたことには感謝なんだけど。
「むうううううりいいいいいいい!」
「安心しろ。この前みたいな落下ではなくちゃんと着地するから」
天を突いていたおっぱいが今度は地上に向けられる。
「あああああああああ死ぬううううううう!」
さすがに私も学習して次の動きは予測できた。
おっぱいに引っ張られる私は勢いよくひったくり犯に向かっている。サラリーマンとぶつかった時はおっぱいが先だったけど、どう考えても今度は頭から行く。
やっぱり魔王の力なんて借りるんじゃなかった。なんか雰囲気に流されたけど魔王の力を借りて無傷で済むわけないじゃん。
「はは、魔王の力を借りた罰なのかな。走馬燈も見えないや」
「何を言っておる。死なないんだからそんなものは見えぬ」
さすが魔王。死なないと言いながら殺しにかかってきやがる。
「もうすぐ到着だ。衝撃は余が吸収するが舌を噛まぬようにな」
あらやだイケメン。おっぱいじゃなければ最期の言葉になっても悔いもなかったのに。
「そこの男、止まらぬか!」
「は? 何? この声どこから」
もにゅにゅ~~~ん!
おっぱいはバイクもろとも犯人を包み込んだ。バイクのスピードを殺し、犯人もおっぱいに包まれていたため無傷。
そして私はというと、犯人の顔におっぱいを押し当てる痴女と化していた。
「こら! 撮影禁止! あひゃん♡」
このひったくり犯、こんな状況で舌を這わせてきた。その気色悪さに反射的に犯人から逃げてしまった。
「へへ、ありがとよ。いい乳だったぜ」
ニヤケ面で捨て台詞を吐いて再び逃亡を図る。
「待ちなさい! って、うう……」
さっきの衝撃で胸元がさらに露出されてしまっていた。さすがにこの姿で走るのは無理。せっかくここまで追い詰めたのに。やっぱりおっぱいのせいでうまくいかない。
「
「は? なに言って」
「一瞬ポロっとしてパッとしまえば良かろうと言っておるのだ。あの男を捕まえたいのだろう?」
「それはそうだけど……」
おっぱいのせいで抜け道を使えなかったけど、魔王がいたから犯人に追い付けた。
おっぱいが弱点になったせいで犯人を逃がしたけど、魔王の力で捕まえられるかもしれない。
「……魔王、力を貸して」
「言われなくても。準備はいいか?」
「むしろ私のタイミングに合わせて。ポロッとしたら一瞬で撃って! すぐしまうから」
どうせこの前のちくビームだって世界に拡散されて保存されている。だったら別にもう何発撃っても変わらない。今度は自分の意志で、正義のために撃つ!
制服のボタンをさらにもう一個外してブラと制服をギュッと掴む。
「いくわよ。せーの……はいっ!」
ぷるんと野に放たれるおっぱい。その先端部分からなんとも禍々しい光が放たれる。
「ぐあわああああああ!」
真っすぐに飛んで行ったその光は見事犯人に命中。みんながビームに夢中になっている隙に私はいそいそとホックとボタンを締めた。
「むぐっ! やはりそのブラは苦しい」
「ごめんごめん。でも、普段はやっぱりこうしないと不便なのよ」
「フフ、魔王は基本的に本気を出さぬ存在だからな。丁度いいわ」
「それと、ありがと。あなたがいなかったら犯人を捕まえられなかった」
「そうであろう。ハーッハッハッハ」
なんて魔王と労をねぎらっていて忘れていた。
「あの、さっきから誰と話してるんですか?」
「はっ! いや、これはその」
「さっきのビームって拳銃とは違いまよね? なにかヤバい肉体強化のクスリとかやってるんすか?」
市民の興味はビームに撃たれて伸びてるひったくり犯ではなく、猛スピードで駆け抜け、突然空から降ってきたかと思ったらおっぱいを出してビームを撃った痴女警察官へと向けられていた。
「いや、あの、これは……あはは」
私には笑って誤魔化すことしかできなかった。
「おーい
「
「猛スピードで走る警察官がいるとか、空を飛んでる警察官がいるとかって通報もあってな。まさかお前じゃないよな」
「あははは……」
「まあいい。民間の被害はゼロ。犯人は確保。出勤前の
「あ、ありがとうございます!」
さすが
「礼を言うってことはやっぱりお前が……」
「いえ、なんでもないです。あ、すみません。犯人を追ってる途中で制服をボロボロにしてしまいまして」
「決死の追跡劇だったんだな」
「そのなんだ。護送みたいで嫌だろうがパトカーで家に送ってもらえ。今日は休んでいいから」
こうして、痴女の現行犯みたいな状態で私は帰路についた。
「顔を隠したくなる気持ちがわかるわね」
パトカーの後部座席で窓ガラスに映った自分のおっぱいを見て思った。
魔王のせいで犯人を確保できたって思ったけど、こいつがおっぱいになってなければ、いつものパターンで終わりだったじゃない!
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