第千二百二十八話・忠義という魔物

Side:梅戸家家臣


 千種にて謀叛人の裁きを行うというので殿に命じられて同席しているが、帰りたくなるほど危うい様子だ。殺気立ち誰ぞが謀叛を起こしてもおかしゅうないように思えるのは気のせいか?


「皆の衆! 言うたではないか! 御隠居様に本意を翻していただくだけだと! すべて終われば、わしのことを引き立ててくださると!! 何故わしの一族郎党だけが島流しなのだ! 己らの一族郎党だけは助かろうなど決して許さぬぞ!!」


 切腹が決まり謀叛人の生き残りが現れるが、最早、恐れるものなどないのだろう。怒りのままにぶちまけおった!


 隠居殿はいかがする気だ? 乱心者として終わらせるか?


「御隠居様! 切腹を恐れて乱心した謀叛者の言うことなど耳を貸してはなりませぬ!」


「己が一番に言うていたであろう! 一族はまとめておるからあとは良きに計らうと!!」


 老年の者が睨みつけて怒鳴るように隠居殿に言葉を掛けると、謀叛人も黙ってはおらぬ。


 同席する千種家家臣らの様子で分かる。あの男の言うことは恐らくまことであろう。ほとんどの者は承知のことか。


 千種も梅戸も似たような立場と勢力だからな。よく分かる。梅戸とて……。


 わしには謀叛人の言い分も分かる。己の一族郎党だけが日ノ本の外に島流しにされてしまうのだ。裏で謀った者らが残るのは許せまい。


「では問おう。そなたの謀叛に加担しておらぬのは誰じゃ?」


 隠居殿は老年の者を無視して立ち上がると、庭先で白装束に身を包んだ謀叛人の前に行き、自ら問いただした。


「……殿らだけでございます」


 加担しておらなんだと言うた者は、隠居の子飼いと、今は観音寺城に出向いてここにおらぬ当主が後藤家から連れてきた者だけか。


「この乱心者が!!」


「黙れ!」


 名を挙げられなんだ者らが激高する中、隠居殿が一喝した。中には斬り捨ててくれるわと刀に手をかけた者すらおる。


 これは……、わしの身も危ういのではあるまいな?


「某は千種の家のために……、御隠居様にも殿にも弓引くつもりはなく……。どうか、どうか、ご慈悲を……」


 涙ながらに一族郎党の減刑をと願い出る謀叛人を見る隠居殿の顔は、恐ろしいほど冷たい。はらわたが煮えくり返っておるのか? それとも哀れんでおるのか?


「よかろう。そなたの元服しておらぬ子と娘だけは残して、婿殿に仕えることを許す」


「ありがたき幸せ」


 ほう、隠居殿は家を残すことを許すのか。男はそれで満足したのか、自ら腹を切り、介錯の太刀で笑顔のまま息絶えた。


「さて、今、この男が言うた者以外はすべて切腹に処す。さっさと腹を切れ」


 家中の者らも安堵した顔をするが、そこに隠居殿が新たな命を下すと顔色がまた一変する。


「なにをおっしゃられまするか! それでは誰が千種を支えてゆくのでございまするか!」


「それは死にゆく者が考えることではない。それとな。そなたの一族郎党はこの男の一族郎党と共に遥か地の果てに島流しじゃ」


 一族の長老である老年の男の顔がみるみる赤くなる。


「もとはと言えば、己が一揆を恐れて六角などに助けを請うたのが間違いではないか! 己が死してでも戦うて所領を守ろうとせなんだ臆病者めが!!」


 短慮な年寄りか。いずこにでもおるな。男の言葉はとても主君に向けたものではない。最早、一触即発だ。


 わしの供の者も、いつここで斬り合いが起きてもいいようにと刀に手をかけた。


「切腹するか、わしを殺して六角と織田に根切りにされるか。好きなほうを選ぶがいい。いずれにしても己らの一族など根絶やしじゃ。庇う者も全て根切りになるかの」


 隠居殿に従う者らが、わしの周りに集まり逃がそうとしてくれる。隠居殿は命を捨てる覚悟か。千種の家をここまで貶めた己と家臣の双方が許せぬのであろう。


 幸いなことに現当主の正室は隠居殿の娘だ。夫婦仲はよいようで梅戸城でも案じておったと聞き及んでおる。自らの家を残せる以上、許せぬ者を始末する気か。


 とはいえ、ここで隠居殿を見殺しになどしたら殿にお叱りを受け、わしは臆病者と謗られよう。我らも逃げるわけにいかぬ。隠居殿の子飼いに我らも加勢すると小声で囁き、誰かが動いたら一気に隠居殿と合流せねば。


「御免!!」


 終わりは呆気なかった。切腹を言い渡された者らが老年の男を取り押さえると庭先に叩き出してしまい、取り押さえられたまま隠居殿に斬られて終わった。


 切腹を言い渡された者らはそんな老年の男の亡骸を見もせずに、次から次へと自ら切腹をしていく。


 静かなものだった。一族郎党を日ノ本の外に島流しされるのだけは避けたい。ただそれだけであろう。


 春だというのに冷たい風が吹いておるわ。




Side:久遠一馬


 春祭りも無事に終わり、援軍に行っていた信光さんたちが戻ってきた。


「そうか。ご苦労だったね。後で褒美をあげるから」


「はっ、ありがとうございまする」


 太郎左衛門さんたちも無事に戻ってホッとする。ただ、報告には素直に喜べないものがある。


 今までは当たり前の常識だったことが起きただけだ。当主の決断に異を唱える家臣が命令に拒否したりすることなんてよくある。多少小競り合いをしても基本は家中で解決することであり、双方共に相手の命を奪おうとか根絶やしになんてしない。


 ある程度武威を見せて面目が立てば、一族の長老あたりが仲裁して終わりだ。当主だって代々仕えた家臣を簡単に待遇を変えたり罰を与えるなんて出来ないんだ。


「領地か。オレも多少はわかるんだけどね」


「すべてはその者たちが己で選んだ道でございます。六角家も梅戸家も十分配慮をしておりました」


 織田家だと領地を手放しても生きていけるという信頼がある。ただ千種にはそれがなかったのだろう。少し悩んでいると資清さんが声を掛けてくれた。


「それはそうなんだけどね」


 オレもエルたちも、今回のことには考えさせられるものがある。そんな時だった。資清さんがオレたちの前で姿勢を正すと深々と頭を下げた。


「殿は人がいかに嫉妬深く欲深いか、あまりご理解されておらぬところがございまする。仮に殿が手を差し伸べたとしても、決して感謝など致しませぬ。世の中にはそういう者もおるのでございます。伏してお願い申し上げまする。そのような愚か者のことよりも、今日、そして明日のことをお考えくださいますよう」


 顔を上げた資清さんの目はとても強く頼もしいものだった。今までにない強い目と言葉にオレは驚いた。いや、一緒にいるエルですらも驚いている。


「ご無礼を申しました」


 こんなに言われたのは初めてかもしれない。


 この時代の価値観とオレたちの価値観、双方を一番理解しているのは間違いなく資清さんだろう。だからこそ、言わなければならないと思ったのかもしれない。


「そうだね。この件はオレが関わることじゃない」


 変革の時代になりつつある。これから先、こんなことは山ほど起きるだろう。オレもそれを歴史という過去の遺産から学んで知っていたはずなんだ。


 すべてを救えないし、救う気もない。無論、救えなかった命を背負う気もない。


 ただ、もう少しやりようがあったのではないかという僅かな後悔を、資清さんに見抜かれていたんだろう。


 資清さんがいてくれて本当に良かった。


 この人がいれば、オレたちは価値観の違うこの時代でもやっていけると心から思う。


 感謝しよう。周りで支えてくれているみんなに。そして彼らの今日と明日を第一に考えてあげよう。


 それが主君という者なのかもしれないと思うから。




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