第千二百二十七話・故きを温めても新しきを知れないこともある

Side:千種忠治


 戦が終わった。


 六角と織田の兵が領内から出ると、それを待っておったようにひとりの男が姿を見せた。隠居した身ながら、一族の長老としてあれこれと仲裁しておる男だ。


「御隠居様、何故かようなことを……」


 今更、なんのつもりだ? 共に頭を下げることもなく己だけは誰にも害されぬところで策士にでもなったつもりか?


「すべては千種の家を守るためよ。北勢四十八家もすでに梅戸と千種しか所領がないというのに、未だに南朝の頃の栄華を語る乱心した家臣を成敗するためだ」


「たとえ世が変わろうとも人は変わりませぬ。一族家臣、皆で力を合わせねば千種の御家も守れませぬぞ」


 愚か者め。梅戸殿がこちらの面目を気遣い、家臣としてではなく客将として扱うておるからと増長しおって。左様なことは愚かな謀叛を止めてから言え。いや、それは無理か。恐らく謀叛はこの男の差し金によるもの。


「ならば、そなたらだけでこの領地を治めていくか? わしはもう梅戸家家臣じゃ。六角の御屋形様に逆らうことなどせぬ」


「御隠居様……」


「助命の嘆願は受けぬ。謀叛を企てた者は切腹、一族郎党は日ノ本の外に追放とする。尾張の久遠殿が二度と戻れぬ地に送ってくださるそうだ」


「なりませぬ! 代々仕えた者たちでございますぞ!!」


 心底から主君と思うておらなんだのであろう。わしの前で立ち上がり声を荒らげた。


 声を荒らげればいかんとでもなると思うておるのか? この男は昔からそうだ。わしより歳が遥かに上だからと、なにかある度に先代や先々代と比べて諫めると言いつつ己の思うままにしようとした。


 それが正しかったこともある。されどな。此度は譲れぬ。


「内通した者も切腹だ。またそれを見て見ぬふりをしていた者は隠居の上、領内からの追放とする。ただし、減俸の上で一族の者が婿殿に仕えることは許そう。嫌なら逃げるなり謀叛なり勝手にするがいい」


 婿殿は此度の弁明にと観音寺城に出向いた。妻子は今も梅戸城におる。娘は婿殿と仲睦まじくやっておるからな。わしが死しても千種の家を残してくれよう。もう恐れるものはなにもない。謀叛でも好きに起こすがいい。この命惜しくないわ。


「御隠居様……、何故……何故かようなことを……」


「一昨年の一揆とその後の動きを見て気づいたのだ。誰ひとりわしに忠義を誓っておらぬことをな。己の不徳といえばそれまでであろう。そなたらは千種家の当主ならば誰でもよいのであろう? なればわしは誰ひとり庇う気はない」


 思えば、婿殿とわしの争いとて、こやつらにも責の一端はある。助けを求めておきながら、養子はやりすぎだと騒ぎ家中に不和を煽った。


 六角の御屋形様がその気になれば殺されておったのはわしであろう。そうなれば、この男らは何食わぬ顔で婿殿に仕えたのではないのか?


 六角と織田にも思うところはあるが、こやつらへの怒りはそれとは比べようもないのだ。


 青ざめる男を下がらせると、わしは書状をしたためる。所領の明け渡しは早いほうがよかろう。終わるのだ。国人領主としての千種家はな。


 愚かなわしのために。




Side:久遠一馬


 尾張では春の桜まつりが行われている。そんな最中だった。千種家の謀叛の討伐が終わったと知らせが届いたのは。


 千種は村上源氏の名門だ。とはいえ織田領の人の大半は、だからどうしたんだという程度の相手でしかない。


 家柄や血筋を重んじる人でも、千種家が滅ぶとかそんなこともない今回のことに大きな関心はない。


 ウチでは太郎左衛門さんたちが、木砲を使って城門を破壊したようで武功を挙げた。ウルザとヒルザは信光さんの本陣にいて動かなかったそうだ。動くほどの機会がなかったと言えばそうだし、太郎左衛門さんたちの武功の機会を奪うことは避けたんだろう。


「おお、熱っ、このこんにゃくは美味いな!」


 春祭りに合わせて具教さんが尾張に来ている。今回はお忍びだそうだ。義輝さんとの謁見もあって、あの後は忙しかったらしいけど。お祭りだしね。


 ちなみに千種の一件、北畠家としては先代と当主が健在なら一切問題はないそうだ。家中の争いなんかに口を挟まないのがこの時代の流儀だからだろう。


「私たちがつくったの!」


 そんな具教さんは、熱々の煮込みこんにゃく串を頬張り笑顔を見せた。ウチの屋台で売っているもので、孤児院の子供たちが作った今年の新作だそうだ。牧場で乾燥粉末のこんにゃく粉の製造を試したとリリーが前に言っていたから、それを使ったんだろう。


 醤油ベースのつゆでじっくり煮込んだ品だ。こんにゃくは古くからあるものだが、現時点ではこんにゃく粉は存在しないんだ。長期保存が可能になるこんにゃく粉が普及すると食生活が豊かになるだろう。


 あと、一足早く量産している馬鈴薯ことジャガイモの凍み芋とデンプン粉は、織田家中とか八屋のような信頼出来る店で一部はすでにおなじみとなりつつある。


 あと小豆芋ことサツマイモのほうも、干し芋にしたり芋焼酎にしたりしている。双方共にそのままでもそれなりに保存出来るから、加工品は多くないけどね。


「ちーち! あれ!」


 オレは抱っこしている大武丸があれこれと興味を示すから忙しい。買い食いは控えさせている。もう離乳食は終わっているんだけどね。まだ屋台とかで買い食いは早い。


 ただ、社交性は高いみたい。いろんな人に声を掛けられても喜んでいるし。


 しかし、今回の千種の一件はオレとしては少し考えるべきことがあるね。千種家の家臣が尾張の変化をまったくと言っていいほど理解していなかったことだ。


 織田家では、この時代としては異例なほど情報発信を行なっている。千種領も経済圏は北伊勢なので商人も行くし、尾張のことをもう少し知っていると思っていたんだけど。


 千種家の先代である忠治さんはある程度理解をしていた。少なくとも独立なんてしていても先はないということくらいは。ただ、家臣が思った以上に鈍かった。


 まあ資清さんはそんなものだと言っていたけど。


 自分の領地から出ない人なんて、世の流れなんて自分たちには関係ない影響はないと興味を持っていない人が多いそうだ。


 もう少し軟着陸させる方法を、今後のためにも考えてみるのもいいかもしれない。


 ただなぁ。国人の家臣くらいになると、ろくなことしない人も一定数いるんだよね。三河の吉良家もそうだったけど。


「ちーち?」


「うん? ああ、次はあっちに行こうか?」


「あい!」


 輝と武尊丸はまだ早いので今日は来ていないけど、大武丸と希美は初めてのお花見に楽しげにしている。


 考えるのはあとでいいか。今日は子供たちやエルたちとお花見を楽しもう。



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