第千二百二十二話・それぞれの春

Side:足利義輝


 千種の家臣が謀叛と聞き、またかとしか思えぬ。今まではそれを良しとしてきたのだ。致し方ないところもあるが。


「連綿と続く今の世の宿痾しゅくあそのものだな」


 代々の足利将軍とて守護同士を争わせて力を削いできた。むしろ責めを負うべきは足利家ということなのであろう。


「上様、朝倉殿に偏諱へんきを授けるのでございますか?」


「昇叙の祝いだ。宗滴は噂に違わぬ男らしいからな。それに、あそこが荒れるといささか面倒だ」


 余は観音寺城にて昇叙とそれにまつわる政務をこなしておる。ついでというわけではないが、朝倉延景に名を与えて『義景』とすることも決めた。


 宗滴も歳だという。多くを求める気はないが、朝倉が管領と組まれても面倒になるからな。


「尾張は桜の咲く頃だな」


 ふと東の空を見る。桜が咲くまでには戻りたかったが、今年は無理か。剣を教えておった子らが待っておるのだがな。


「上様、たまには野点のだてでも致しましょうか」


「ああ、そうだな」


 与一郎がわしの様子に気の利いたことを口にした。まだするべきことはあるが、一息つくことも良かろう。


 左京大夫や師も誘い、しばし春の野点でも楽しむか。




Side:柳生家厳


 伊勢は桑名に来ると長旅もあと少しだ。北伊勢では六角方で謀叛があったと噂になっておるが、ここは穏やかなものだ。


 柳生の地を離れ、寂しさを感じるかと思うたが、むしろ楽になった気がする。


 共に柳生の地を離れた者は百を軽く超えた。荷は極力減らし、先祖伝来の品なども大半は置いてきた。隠居して他国に行くのだ。当然であるがな。


 大和柳生家の家督は次男に継がせた。あまり気乗りがしないようで最後まで渋っておったが、養子を迎えようが誰ぞに譲ろうが構わぬというとようやく引き受けてくれた。


 すでに若い者ばかりか隠居した者まで多くが尾張に出ており、家と領地を治めるのに必要な者らしか残っておらぬ地だ。かつてとまるで違う様子に次男は、かような地をいかがしろというのだと、愚痴をこぼしておったほど。


「これが海でございますか!」


 初めて大和を出た者も多い。海を見て喜び、船に驚く。物見遊山のようであるが、それもまたよかろう。


「お仕えする久遠様は南蛮船をお持ちだとか。皆で船に慣れねばなりませぬな」


 尾張に着く頃には、皆、引き締まった顔をした。ご恩に報いる。大和の山奥で燻っておった我らを引き立ててくださった、久遠様への忠義と覚悟を見せねばならぬ。




Side:千種三郎左衛門


 城に戻り、養父殿と話をする。


「義父上、誰にも真相は明かされぬのでございますか?」


「仕方なきことだ。皆、通じておるようなものだからな。千種の家を危うくした報いは受けてもらう」


 織田殿の策は千種家の領内の城を用いて行うことになった。養父殿は、梅戸家が織田から借り受けた兵糧を千種城に運ぶのだと言うて、途中の城にひとまず入れることにしたと、近習の者らにさえも真相を隠して伝えた。


 さらにわしと養父殿の妻子はすでに梅戸家に出した。名目は人質だ。これは兄上が配慮をしてくださったものだ。城に残してはいかがなるか分からぬからとな。


 家臣らはこれにも反発しておったな。梅戸が驕っておると。


 此度のことで分かったのは養父殿は一族や家臣を信じておらぬことと、気に入らねば義父殿ですら排除しようとする者らが一族や家臣に多いということだ。


 互いに互いを疑う。なんとも難しき家だ。


「家臣には家臣の考えがあって忠義もある。されどな、当主はなによりも家を残すことを考えねばならぬ。いずれにせよ所領を失うのならば、勝手ばかりする家臣など要らぬであろう。兵を集められぬのだからな」


 なんと、そこまで考えておられたのか。


「事あるごとに祖先のことを持ち出して、己が思うままの主君にしようとする家臣など、わしの若い頃もおったわ」


 家を継ぎ領地を治めていくというのは苦労が多いということか。わしもそういうことは知らぬからな。


「身辺には気を付けよ。わしとそなたはそろそろ疎まれる頃だ。我らが謀叛人に討たれて、その弔い合戦として他の者が家中をまとめて謀叛人を討つ。さすれば謀叛人の一族も含めて、新たな当主の下でまとまるということすらありえるのだ。最早、家臣にとって我らは愚かな邪魔者であろうからの」


「そのようなことをすれば、御屋形様がお許しになりませぬが……」


「そなたは甘いの。後藤家は六角家の宿老であるがゆえに、それでも生きられたのであろうな。今までの戦ならば武勇を見せて最後まで戦う覚悟を示せば、いずこかで和睦となる。それを狙うておるのだ」


 甘い。そう言われても悔しいと思えなんだ。


「名門と言えども今は国人程度。後藤家のように行儀がいいと思うな。いかなる手を使うてもよいとさえ思うておる者すらおると心得よ」


「はっ、かしこまりました」


 確かに後藤家では謀叛などなかった。わしはそのようなところに来ておったのだな。




Side:ヒルザ


 罪人用の食料が梅戸家に渡された。質が悪く砂や小石に雑草など混じり物が多い雑穀なのよね。中には保存状態が悪くカビの生えたものも多い。


 どこかの蔵に放置されていたものや、他国の商人が売りに来たものもある。あんなのを食べてお腹を壊さないのが不思議なほどね。あんまり質が悪いのは尾張だと罪人でも食べさせないんだけど、ここだとこれが普通のこと。


 私たちは孫三郎様と共に梅戸城にいる。治安が悪すぎて安易に城から出られないほどよ。ここが梅戸領ということもあって、勝手なことをするなという意味もあって出られないんだけど。


「ここまで荒れた地は初めてでございます」


 孫三郎様と共に尾張から来た勘十郎殿は、梅戸領や途中で見た千種領の様子に驚いているわ。


「そなたは城からあまり出なんだからな。一馬たちが来る前の尾張は大差なかったぞ」


 孫三郎様はそんな勘十郎殿に世の実情を諭すように教えている。


 私は普段行う医療活動も今回はしていない。梅戸家の様子があまり良くないのよね。一言で言えば面白くない。それだけでしょうけど。


「こんな土地をもらっても手間がかかるだけなのよね」


「それは六角とて同じこと。手放す大義名分が出来てちょうどよかったのであろう」


 思った以上に荒れていて、一昨年の復興も中途半端な梅戸領に、ウルザは面倒事ばかりだと顔をしかめているけど。これがこの時代の標準なのよね。孫三郎様の言う通り、六角もまた山越えの領地が負担でしかなかったのでしょう。


 今までのようにどこも同じ程度の暮らしならばいい。ところが織田だけは近隣との暮らしの格差がある。内陸の領地なんて独立して治めるのも大変だわ。


 さっさと帰りたいわね。






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