第千二百十九話・敵か味方か
Side:千種三郎左衛門
せっかく復興した領内が再び荒れてしもうたな。
謀叛人とはいえ同じ家中だ。まだ少しは分別があると思うたのだが、兵を欲して罪人どもを引き入れてしもうたことで、領内を荒らしておる。そこに飢えておった真宗の末寺の者らが集まると手が付けられぬ。
わしは養子だからな。後藤家から共に参った僅かな者しか心を許すことが出来ぬ。養父殿ですら謀叛人と内通しておる懸念もあり、わしも安易に動けぬ。
「養父殿はまことに通じておらぬのか?」
「さて、人の心中を図るは難しきこと故。されど家中の多くは御隠居様が梅戸に助けを求めたことに驚いておりまする」
養父殿が出陣するというので一度は共に謀叛人を討つべく討って出たのだが、こちらに先んじて罪人を取り込んでおったようで思うたより兵が多かった。さらに籠城されては手が出せずに、今は一旦城に戻っておる。
「殿、六角からの助けは……」
「兄上が来るようだ、さらに織田にも頼んだとか。御屋形様はさぞお怒りだろう」
養父殿が梅戸家に助けを求めてくれて良かった。おかげで六角の御屋形様もすぐに動いてくだされた。驚きだったのは、御屋形様がすぐに織田に兵を求めたことか。思うところもあるが、近江は山の向こうだからな。先年の一揆を考えると致し方なきことか。
今、家中は大騒ぎになっておるがな。味方も謀叛人も、しばらく家中で対峙して様子を見るつもりだったのであろう。
他の北伊勢の動きと無量寿院の動きを待ちながら、いずこかと一戦交えて六角か織田に降るという義父殿の意向を覆すつもりだったのだ。さもなくば互いの武勇を讃え、謀叛人が降伏し隠居することで矛を収めるつもりであろう。
当然ながら、すぐに六角家や織田が出てくるとなると困るわけだ。
「無量寿院の僧が、六角と北畠は織田と手切れにする機を窺っておると喧伝しておりましたからな」
「誰が手切れなどするのだ。同盟を結ぼうとしておるというのに。腐れ坊主どもが」
家中にはあの坊主どもに乗せられた愚か者があまりに多い。兄上からそれだけはあり得ぬと念を押されておったので、わしもそう言うたものの、信じたのは養父殿だけではなかろうか。
「武衛様と仏の弾正忠様、さらに久遠様。敵に回すにはあまりに恐ろしゅうございます」
「先方から誼を深めたいというのに敵に回していかがする。しかも公方様の御意思でもあるのだ。知らぬということは恐ろしいものよ」
坊主の言うこととはいえ、確証もない話を信じるとはおめでたい者らよ。斯波と織田が六角の面目を立てて同盟をと言うた時点で断わるのは難しい。
「しかし、これで独立という道が途絶えたな。奴らは己らの行いで千種家に止めを刺しおったのだ」
事が収まった後にいかがなるのか、わしにも分からぬ。されど、かつてのように独立したくば大人しくそう言えば良かったのだ。無量寿院のように織田に睨まれるかもしれぬが、生きてはいけたであろうに。
それが謀叛などしてみろ、御屋形様とて許すまい。
まったく、謀をするならもう少し御家のことを考えてからしてほしいものだ。
Side:久遠一馬
織田家中では、また北伊勢かという空気が広がっている。ただし、たかが国人の家臣の謀叛と侮るわけにはいかない。こういう小さな案件から大事件になることだってあり得る。それは皆さんも理解している。
信光さんからは例の兵糧を使った策の手伝いを頼まれた。この手の策は実際に実行するまでの準備が難しいんだよね。ただ、オレたちは義信君の上洛の支度もあるし、オレが動くと大事になるから信秀さんが許してくれないだろう。
伊勢で武功を挙げた春たちはちょうど三河の視察に行っている。近場ですぐに動けるのは関ヶ原のウルザとヒルザか。ふたりに頼もう。
「大武丸も希美も大きゅうなったなぁ」
「あーい!」
「まーま!!」
ウチの屋敷もいろいろと伊勢の派兵準備をしている中、鏡花が姿を見せると大武丸と希美が駆け寄った。
「子供はええなぁ」
抱っこしてと、せがむふたりを鏡花は交互に抱っこしてやっている。大武丸と希美は、もう百二十二人の母を覚えているんだろうか?
「鏡花、どうだった?」
「会合はええと思うわ。でも具体的にどうするん? 技を出すと漏れるはずや。それより織田家で職人の認定出来ひんの?」
鏡花とは先日、蟹江海祭りの際に領内の職人の今後について相談したんだ。善三さんたちとも話してみるというので返事を待っていたんだけど、少し困った顔をされた。
「認定? ああ、免状みたいなものか」
「職人の分野と等級を整理して仕事を割り振れば、多少はマシになるはずや。職人に任せてもあかんと思うわ。商人と違うて社交性要らんし」
免状か。今のところ学校と病院ではやっている。特に医師は相変わらず自称ケティの弟子とかおかしな連中が近隣にはぽつぽつ出ているので、きちんと免状を出した医師でないと偽者だとして気を付けるように宣伝している。
「一子相伝とか家伝の技も、使えるんから使えへんのまでいろいろあるんよ。そやけど使えへんから変えろ言うたら、そら怒るわ」
うーん。職人が気難しいのは理解していたけど。免状か。織田家で免状を出して、織田家の仕事をしたい人は免状を受けてから仕事を斡旋する仕組みを作るほうがいいか?
「免状の選定、そっちで出来る?」
「うーん。清兵衛殿に相談してみいひんとなんとも言えへんけど。やらなあかんと思うわ。合わせる気がある人から技と知識を統一して規格化とレベルアップしてもらうべきや」
たしかに職人は定住しないで旅をしながら仕事をする野鍛冶のような人もいるしな。尾張は仕事が多いから定住している人も多いけど、尾張で習った技を他で使うなというのは無理だろう。
幸いなことに免状は武芸や医術で尾張でもお馴染みだ。ついでに免状を与える人には素性の調査と技術を秘匿させる誓紙を書かせるか。
「まーま、ふね!」
「大武丸。ウチがあげたお船、気に入ったん?」
「あい!」
鏡花の意見をメモしつつ考えていると、大武丸と希美が船のおもちゃを持ってきて見せている。
黒く塗った南蛮船のおもちゃだ。壊れにくいようにと危なくないようにということでそんな複雑な形をしていないけど、帆を張ると風で水面を進む木製の船のおもちゃだ。
ちゃんと誰からもらったか覚えていたんだ。記憶力がすごいね。
しかし職人の件は悩むな。確かに一律で変えるよりは、やる気のある人からやるべきだ。
職人による会合よりは使える職人とそうでない職人の選別をしてほしいのが、船大工たちの本音なのかもしれない。
まあ実際に職人衆からは必要だと思う意見は上がってくるんだよね。織田家だと。特にウチがそうしてほしいと言っているから。
清兵衛さんとか善三さんや鏡花がうまくやってくれているんだ。
先に免状の件を考えるか。
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