第千百九十九話・一馬、操り人形となる

Side:久遠一馬


 ここからは北畠家の家臣たちも同席しての宴になる。したがって義藤さんは菊丸に戻って塚原さんと共に同席することになる。


 三国で同盟することはまだ公に出来ないが、松の内を明ける前に北畠家の屋敷が完成したことを祝うために六角家当主が来た。この事実から察する者は、北畠、六角両家にもいるだろう。


 とりあえずはこのくらいでいい。


「ここは北畠家の屋敷でございますが、今日は北畠家と六角家を蟹江にお迎えするということで、当地の代官として当家が料理をご用意いたしました」


 部屋には漆塗りの大きな座卓が置いてあり、中央には数か所に七輪を入れる場所がある座卓だ。そこに炭火を入れた七輪を置くと土鍋を載せていく。


 ちなみに今回の両家の訪問は非公式なもので公式な宴ではないので、ウチの流儀でも問題はない。


 無論、美味しい料理を用意してある。


 冬ということもあり寒いのでメインは鍋にしていて、タラのみぞれ鍋だ。


 タラは漢字では『鱈』と書く。主に関東以北の深海で獲れる魚で冬場の鍋にはピッタリな魚だ。鮭と同じく鮮魚を尾張で手に入れるのはウチ以外では無理だろう。


 南蛮船に水槽を積んで、エサを与えず生きたまま輸送することに成功したそうなんだ。二、三日絶食させて活け越しにすることで品質も上がるみたい。オーバーテクノロジー抜きで輸送が可能だということで今回のお披露目となった。


 こういうの元の世界の知識やシミュレートでやれると分かってから実際にテストしたりして結構大変なんだよね。頑張ってくれた妻たちやバイオロイドたちに感謝しよう。


 あとはおでんもある。具教さんは二度目だけど、晴具さんと鳥屋尾さんと六角家の皆さんは初めての料理だ。練り物とか卵とかこんにゃくとか具沢山だから、この時代だと高級料理になるんだよね。


 お酒は熱燗や梅酒のお湯割りなどがある。一応、金色酒や冷酒も用意してあるけど、時期的に寒いからか誰も頼まなかった。


「ほう、これは初めて食す魚じゃが美味いの」


大口魚たいこうぎょでございます。乾物は召しあがったことがあるかもしれませんが、これは当家の船で生きたまま蝦夷より運んで参りました」


 義統さんも初めての魚に一口食べて驚いた。身は白身らしく淡泊だが旨味があり、出汁の利いた汁とよく合う。大口魚というのはこの時代のタラの名称になる。この時代では干物や塩漬けなら、こちらにも数は多くないが届いている品だ。


 鍋は昆布出汁に白醤油で味付けしてあり、すりおろした大根・椎茸・豆腐・水菜・白菜も入れてある。水菜は正月にウチで食べたし、白菜は毎年牧場では作っているんだけどね。広めることは出来ていない作物だ。栽培を広げるのが難しいみたい。


 タラの身はほろりと崩れるように柔らかく、出汁が染みていて美味しい。野菜も美味しいなぁ。


 晴具さん、具教さん、鳥屋尾さんは、菊丸さんがいるからか少し表情が固いかもしれない。六角家の皆さんは慣れているね。




 程よくお腹も膨れてお酒に移行すると、地球儀を見せつつ海外の話を少しする。尾張や伊勢、近江の小ささと世界の大きさに皆さん驚いている。具教さんはウチの屋敷で見たことがあったみたいだけど。あとは初めてだし当然だろう。


 話はそのまま交易のことや関東のこと、そして無量寿院の話にも及ぶ。


「伊勢は難しい地でございますな」


 無量寿院の件で少し渋い顔をしたのは後藤さんだ。相変わらず観音寺城下に滞在してあれやこれやと騒いでいるらしい。出ていけとも言えないからな。


「わしからもひとつよろしいか? 実は梅戸と千種のことなのだが、少し知恵を貸してほしい」


 そんな後藤さんの顔を見たからか、六角義賢さんがもうひとつの懸念を口にした。無量寿院ほどではないが、確かに困った案件のひとつだろう。


 あそこの罪人たちがいるせいで、領境には警備兵と賦役の民から動員した黒鍬兵が相応にいるんだ。


 北畠家の皆さんは口を挟む気がないらしい。守護ではあるけど他家のことだ。言葉選びが難しいし、なにを求めているのかと思案している様子か。


 この件ならば、オレが口を出してもいいか。


「必要なものは安く手に入るように致しておりますが、足りませんか?」


「いや、配慮はかたじけなく思うておる。懸念はこちらの不手際だ。罪人や流民がそちらで迷惑をかけておろう。いかがするべきかと思うてな」


 やはり懸念は罪人か。近江から山越えルートでは物資の調達も大変だろうからと友好価格で物資を売っているけど、やっぱり他家のことだしね。


 領地の格差、それと一揆に加担したことで罪人とした者たちの扱い、山を越えた先にある領地という難しい場所だけに悩む気持ちは分かるが。


「梅戸殿は左京大夫殿の叔父であろう。ご懸念を伝えてはいかがか。上様の御下命もある。逆らうとは思えぬが。あれこれ助けておること、話しておられぬのであろう?」


 デリケートな問題に悩んでいると信秀さんが意見を口にした。


 そうか、今までのやり方以上は従わない人たちか。独立した国人だからなぁ。梅戸も千種も。格差があって困っているのは同じだろうが、下手すると織田の嫌がらせだと勘違いしてそうなんだよね。


 はっきり言えば。自分の領地すらきちんと治められずに他の領地に迷惑をかけるなんて御家の恥なんだ。それもあって六角としても簡単に駄目出しは出来ない。お前たちの領地は恥だとは主家であっても言えない。


 結局、六角家と織田が密かに配慮していることでなんとか成立している領地になるが、それを梅戸や千種の人たちは理解していない。


「山を越えた先の領地というのは治めるのが難しいですね。北近江の反乱の際にこちらが北近江に兵を出さなかった本当の理由になります」


 信秀さんの言葉に義賢さんは考えているようだ。


 正直、難しい領地だよ。防衛も開発も維持も。作らなくていい借りを織田に作っているお荷物な領地だ。八風街道と千種街道があるから頑張っているらしいけど、すでに東海道が正常化しつつある今、どこまで頑張るかは悩むところだろうな。


 とはいえ、メリットは薄れつつあるものの血縁と面目があって要らないとも言えない土地だ。


 悩むように会話が止まると、オレの隣にいた菊丸さんがこっそりと耳打ちをしてきた。


「観音寺城に呼び出して話すのが一番でしょうね。左京大夫殿のためならば、上様もお体の具合が優れた時にお言葉のひとつも掛けてくださるかもしれませんよ」


 菊丸さんの伝言を教える。こういうことはあとでこっそりと言えばいいのに。事情を知らない北畠家の家臣の皆さんが、オレがおかしなこと言っていると思わないだろうか?


 この件、厄介なら義藤さんが会うつもりらしい。きちんと説明をして義藤さんが労うことで両家も動けるだろうということだ。懸案にさっさとケリを付けろと思っているんだろう。


 そこまですると、梅戸と千種も当主は大胆な改革も従うだろう。梅戸は義賢さんの叔父で、千種は後藤さんの弟だ。家臣はある程度の情報で説得するしかない。そこは当主の仕事だね。


 まあ、どちらにしてもあそこが織田に借りを作る領地に変わりはない。やるなら早いほうがいいなぁ。梅戸と千種としても今後、さらに困るのは目に見えているし。


 オレの感覚だと、さっさと損切りしたほうがいい気もするけど。資金も人員もリソースは有限だ。この手の開発とか改革には、資本や人員は集中投入したほうがいいんだけどね。


 六角の場合、甲賀の改革のほうがやり易いんだよね。あとで教えるつもりだったけど。あそこはウチの影響力が強いからさ。領地整理とか俸禄にしても、希望者をウチで受け入れると大きな反抗はないだろう。


 資清さんと望月さんもいるし、説得も容易だ。ただ、細かいことは後日、蒲生さんあたりと相談かな。


 それにしてもまだ慣れていない晴具さん、具教さん、鳥屋尾さんは、菊丸さんのことが気になって落ち着かないらしい。


 菊丸さん本人は、まるでオレの家臣のように振る舞って楽しげに食事しているけどね。強かになったなと思う。



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