第千百八十九話・岩竜丸君の元服
Side:久遠一馬
一月三日、今年の初詣は那古野神社に行った。昨年まで初詣は熱田神社や津島神社に行っていて、変えた理由は特にないんだけど。地元は大切にしようと文化祭の時に思ったことが理由かもしれない。
オレたちが初詣をするようになったことで、尾張に初詣が根付いている。近隣の寺社に行って一年の家内安全を祈る。年籠りという風習はすでにあるので、受け入れやすかったこともあるらしい。
四日には烏賊のぼり大会があった。参加者は年々増えていて、清洲の空にたくさんの烏賊のぼりが上がる光景に見物人もたくさん来ていて賑やかだった。
初詣の寺社と烏賊のぼり大会では屋台や市が出る。人が集まると商機が生まれるということもあり、寺社も商人たちも積極的にやっているようだ。
露店や屋台の種類も増えたね。初詣と烏賊のぼり大会では正月ということもあって、餅を扱う屋台が多かったけど。
年始の大評定になるこの日、エルたちと清洲城の自室で時間まで待ちつつ先日の新年の宴の話をしている。
「しかし姫様には驚かされたね」
「自分で考えて実行したことには私も驚かされました」
新年の宴は斯波一族と織田一族に限定したことで、ここ数年は落ち着いていた。そんな今年、驚いたのはやはりお市ちゃんの行動だろう。
斯波一族と織田一族の子供たちだけで新年の宴をする。思いつきそうで思いつかないことだ。少なくともこの時代の常識では。当然、それをいざやろうとしても結構大変だったりする。
嫡男を筆頭に母親の血筋や生まれた順位で明確に序列が生まれる時代だ。さらに異母兄弟なんて他人と同じと言えるほど、まったく会わないことも珍しくないんだ。
同じ母を持つ子でも嫡男ではなく、次男に継がせようとして御家騒動になった例なんて数えきれないほどある。
そもそも教育方法も違うしね。余計なことをしてと文句を言われてもおかしくないことだ。
「なんかエルが知恵を授けたって言われているけど、たいしたことしてないんだよね」
「子供は大人が思うより成長していると聞きます。姫様もそうなのでしょう」
あとこの件、何故かエルが関与したと織田一族の中で噂になっていると信光さんが教えてくれたけど。実際には料理や菓子のメニューと味付けを城の料理人と相談したくらいだそうだ。
実際には乳母さんとか政秀さん、それと岩竜丸君が手伝ったらしい。岩竜丸君は今日、元服するので子供として最後の宴だったようだ。
ちなみに大武丸と希美も参加していた。まだ小さいんで不安だったけど、本人たちは楽しんでいたみたいだね。
さて今日は大評定の前に岩竜丸君の元服の儀式がある。本来、新年にこの手の儀式はやらないそうだが、斯波家と織田家も大きくなったことで家中の皆さんが揃う機会は少ない。
なにもない時に集めるよりは、大評定で集まる時にお披露目をしたほうがいいと義統さんが判断した。ウチだとそこまで気にしないと言ったことが影響したのかもしれない。
元服の儀式、もちろんオレも参加する予定だ。
義統さんは元服の儀式の形をそこまで厳格にこだわるつもりはないようだけど、わざわざ大きく変える必要もなく自身の時と同じようにやるらしい。
烏帽子親は信秀さんになる。名前は斯波
史実ではすでに信秀さんが亡くなっていたし、織田家や斯波家の立場もまったく違う。史実どおりにならなくて当然と言えば当然だ。
冷静に現在の斯波家と織田家の状況を踏まえると妥当なことだろうとは思う。織田と斯波は一体となり、新時代を目指す。義統さんのそんな決意の表れなんだろう。
領内の各地ではお祝いとして餅や酒が振る舞われている。オレや信長さんの婚礼の時に祝い事として領民に振る舞う機会があったから、斯波家嫡男の元服となれば当然今まで以上に盛大に振る舞う手筈になっている。
Side:斯波岩竜丸
「なかなかの若武者ぶりじゃの。元服前にそなたには幾つか話しておかねばならぬことがある。他言は無用じゃ」
元服の儀を前に父上と母上に挨拶に出向くと、父上は人払いをしてふたりだけになり、ゆるりと話を始められた。
「そなたがもし、己の道を歩みたいと考えるならば好きにするがいい。だがこれだけは覚えておけ。そなたは恵まれた立場にある。それを当然のことと思うてはならんぞ。時世が変われば今の立場など消え失せる」
父上はいつになく厳しき御顔をされておられる。今では領内ですら次の管領だと噂されるようになられたが、相も変わらずそのような世評に冷めた御心を持っておられるらしい。
「はっ、かしこまりました」
「それとな、わしは新たな世に懸けることにした。内匠頭と一馬と共にな。すでに誓紙も交わし、公方様とも話をしておる。そなたが斯波家の家督を継ぎたいと考えるならば、その約定をも継がねばならぬ」
まさか、公方様ともすでに話をしておられるとは。武芸者に扮して遊んでおられるだけではないということか?
「それほど話が進んでおるとは思うておりませなんだ」
「あのお方も本気だ。内匠頭と一馬がおる今しかこの乱世を正せぬとお考えだ。足利の天下を自ら終わらせる。その決意はまことだ」
足利の天下を……自ら?
「足利を皆で支えるのではないのでございますか? 公方様がご理解されておられるなら尚更……」
父上は静かに首を横に振られた。
「無理じゃの。今代の公方様ならばよいが、次の代になればいかがなるか分からぬ。それでは同じことの繰り返しとなるだけなのじゃ」
かつて執権北条が日ノ本を治めて、今は足利が治めておる。それを変えるというのか。父上も公方様もそこまでお考えなのか?
「まあ、この話は後日改めてする。そなたはこれから知らねばならぬことが幾つもある。心してかかれ」
この世を変える。言葉にすれば容易いことだ。されどいかにすればそのようなことが出来るのか私には分からぬ。
尾張は変わったと聞くが、それとて一馬らが差配しておること。
にもかかわらず父上はそこまで腹を括り、世の行く末を考えておられるのか。
私は、まだまだ未熟なのであるな。
◆◆
天文二十三年一月五日。斯波義信が元服した。幼名は岩竜丸である。
斯波武衛家嫡男として生まれたが、織田信秀による清洲攻めまでは、織田大和守家家臣坂井大膳の専横により不遇の日々であったと記録にはある。
信秀による尾張統一後には織田学校に通っていて、成績も優れ、子供たちのまとめ役となっていたようだ。
元服の儀には斯波義統が守護を務めていた尾張、美濃、飛騨のみならず、三河や北伊勢などの織田家が領有していた国からも多くの有力武士が集まり参列した。
烏帽子親は織田信秀であり、領内では盛大に酒や餅を振る舞い、領国では上から下まで皆が義信の元服を喜んだとある。
ただ、義信自身は、この時に斯波・織田・久遠による『久遠盟約』や、将軍足利義藤がそれに賛同して動いていたことを知らされたようで、『信じられぬほど世は動いていた』という言葉を残している。
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