第千百九十話・大評定
Side:久遠一馬
岩竜丸君改め、
その後、城内の広間では大評定が行われる。
初参加の人たちは緊張した様子だが、全体の雰囲気としては義信君の元服があったことで和やかだ。義信君はこの大評定がお披露目となる。
ちなみにこの大評定、毎年細かな改善が行われている。今年に関しては開催日時について議論があった。遠方の国人は年越しを地元で出来ないことになるので、日程の変更とか少し考えたんだけどね。
これに関しては臣従する者たちが合わせるべきだという意見が多かったことと、最終的に義信君の元服もあったのでこの日になった。
肝心の義信君だけど、緊張しているみたいだね。最後に義統さんと広間に入ってきたけど表情が固い。
今年の大評定の内容だが、まず道三さんの隠居と義龍さんへの家督継承が発表された。
「長きに亘りとまでは言えぬが、それに準ずるほどよう働いた。大儀であったな」
「ありがとうございまする」
これには三河衆から少し驚きの声が上がった。美濃衆は根回しで知っていたけど、三河の国人クラスになると知らなかった人が多かったようだ。
道三さん自身は、義統さんの言葉に穏やかな表情を見せている。まあ、ひとつの区切りとして感慨深いものがあるんだろう。
「つきましては、斎藤家の所領はすべて献上いたしまする。最早、所領など不要でございます」
そのまま、意を決した道三さんの言葉に、あっさりとひとつの時代が終わった。
オレはそう感じるものの、周囲の反応は意外と薄い。理由ははっきりしている。すでにこの件を知っているか、知らない人はこれが儀礼的なもので一旦返上されてから再びそのまま与えられると思っているのだろう。
続けて美濃衆の筆頭格である氏家さんたち西美濃四人衆が同じく所領の献上を進言すると、さすがに驚きや戸惑いの空気が広がり始める。
この時代だと命より重いものとして御家や名誉など幾つかあるけど、そのひとつが所領だからだろう。すでに織田の家臣として功を上げている美濃衆が所領を手放すなんて、普通に考えると理解出来なくて当然だろうね。
「良かろう。これを機に斯波一族と織田一族も所領をすべて手放すことにした。今後、所領は公儀のものとすることにする。所領を返上した者には弾正より俸禄を与える」
義統さんの言葉で完全に空気が変わった。姉小路さんや三木さんや京極さん、それと東三河の諸将、伊勢志摩の水軍衆は意味が理解出来ないようで固まっている。
所領に残る城や館の扱いについてだけど、それらは引き続き個人所有を認めることになった。土地の面積や立地条件、防衛設備から算出した金額の税を払うことになるけどね。
ただし各地の城には織田の備蓄米が蓄えられており、公共施設としての役割もある。それらの使用料を織田が城の所有者に払うことになる。
つまりは城や館は土地を含めて個人資産として、元の世界の固定資産税のような税を課すことにしたんだ。
防衛設備は破棄を命じてもいいけど、治安や立地場所によりまだ必要なところもある。そのため織田から必要に応じて防衛設備の維持費を別途支給する予定だ。
今後は戦の防衛設備を破棄して、泥棒や間者に暗殺者の侵入阻止のための設備になるだろう。
この件は随分と揉めた。城とか館は親や先祖から受け継いだものだからね。武士にとっては手放したくないという意見が相応にあったんだ。ただし、手放すのを不忠者とか愚か者とする風潮はなくさないといけない。
そのために今日は発表しないことだけど、信康さんは犬山城を手放す予定だ。もともと犬山城で生まれたわけでもなく、本人もそこまで思い入れがないらしい。
それにもう犬山には信康さんの家族が住んでいないんだよね。家族は清洲の屋敷にいるから。忙しくて年に数回帰るくらいがやっとだし、家臣任せの城なので自ら先例として手放すことにしたみたい。
それとウチの所領である牧場村と伊豆諸島。のふたつも今回、返上することにした。ただ牧場村はウチの商いと農林畜産業の研究施設でもあるので、各地の屋敷と共にウチが私有地として所有することになる。
伊豆諸島も日ノ本の土地ということで献上することにした。現在との違いは、牧場村と伊豆諸島の広さに合わせた禄を貰い、税を払う側に回るということだ。
例外として認められたのは日ノ本の外の領地だ。これに関してはこの場で日ノ本の統治の及ばぬ地であり、朝廷から連なる権限の外であると認められた。
あとこの俸禄化について、今後は家督交代の際には順次領地を俸禄化していくことが分国法で決まった。織田では家臣の領地はなくしていくと正式に決めたんだ。
臣従の条件で領地が残っているところや、織田古参の家臣たちの領地がまだあるんだよね。そんなところが対象だ。
まあ、俸禄に関しては評判も良く、この件も織田古参では反対意見がほとんどなかった。昨年始めた事実上の銀行業務が思った以上に評判がいいからだ。名義上は工芸品である金貨銀貨と織田手形の買い取り業務と、銭の預かりと貸し付け業務の評判がいい。
一年やっていろいろな問題点や難点も出ているけど、俸禄の保管と管理を織田家でしているようなものだからね。自前の金蔵で守る必要もないし、貸し付けもこの時代としては驚くほど安い利息にしてある。
寺社の金貸しなんて闇金も真っ青な高利だからな。評判が良くて当然だけど。
その代わり、徳政令は出さないと明言している。これは書面で決めてはいないけど、貸し付けの際には審査もするし借金の踏み倒しも許さないというスタンスだ。
どんぶり勘定や体裁と見栄で後先考えないで借金する人なんて、いつの時代もいるからね。財務指導も頼まれるとしている。
借財で困って二進も三進もいかないという武士も少なからずいる。徳政令とか期待していた人もいたくらいだ。
「今後、領内の領地はすべて公儀のものとしてゆく。領地の対価として与えた家禄は代々継がせることを認める。よいな」
信康さんが具体例を挙げながら説明したのちに、信秀さんが命じると異論は出なかった。まあ身分のあるこの時代では、この場で異論なんて挟めないんだけどね。
実入りは変わらない。それは信康さんが何度も明言した。まあ、それでもあとで説明会を何度も開くことになるだろうけどね。
ここまででいったん休憩とした。トイレ休憩だ。
報告はまだまだある。織田家の体制の改革や分国法の改定。それと新しい政策もね。
ちなみに最後にはサプライズで、義信君の元服記念の金貨や銀貨を皆さんに配ることになっている。
丸い形に斯波家の家紋と、義信君のリクエストで馬車の彫り物がある金貨と銀貨だ。製造はウチが請け負った。工業村は昨年から始めた織田金貨と銀貨で手一杯だったからね。
この金貨や銀貨はもちろん通貨としても使えるけど工芸品として配ることになる。
ああ、織田金貨と銀貨に関しては、褒美や武芸大会でばら撒いたのでそれなりに流通している。でもプレミアがついてかなりの価値になっているらしいので売るよりも贈り物にしたり家臣に下賜したりしているようだ。
おかげで領内の経済は好調だ。
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