天文23年(1554年)

第千百八十五話・とある一家の新年

Side:久遠一馬


 新年を迎えた。今年はなるべく争いをせず内政に専念したいね。


 年末と違い元日はゆっくり出来る。といっても大半は久しぶりに会ったことで賑やかにおしゃべりをしている子たちが多いかな。外で遊んでいる子もいるけど。


「あいりとちょっと旅をしたら尾張と美濃にもいいものがあったよ」


 そんな中、濃褐色の石のようなものを見せてきたのはプロイだった。


 彼女は技能型アンドロイドで、ショートカットの焦茶色の髪に少し肌が浅黒い東南アジアっぽい感じの顔立ちになる。一言で言えばボーイッシュな女の子だ。専門が鉱物学ということもあり、この世界でも領内で鉱物の調査をしていたんだ。


 あいりというのは隣で外を眺めながら微動だにしない子だ。プロイと同じく技能系のアンドロイドで、シルバーンやその末端を含むシステム全般の開発と管理を担っている。


 容姿は黒髪のストレートで顔は元の世界のアイドルみたいに整っているが、少し派手な見た目になる。ただし表情がほとんど変わらないけど。ケティよりも表情が変わらない子なんだよね。太めの黒縁眼鏡を掛けてることから、どこか人形のようにも見える。


 ちなみにこのふたりは、放っておくと宇宙要塞に籠っていることが多い。開店休業状態とはいえメンテナンスと管理に相応の仕事があって、あいりはどちらかというと貧乏くじを引いたような役目なんだけど。本人は割とそれが合っているみたいなんだ。 


 ふたりには情勢が落ち着いた地域から鉱物や鉱山の調査を頼んでいたのだが、この石はなんの石だろう?


「これ、なんの石なんだ?」


「亜炭だよ。これなら燃料にいいと思うんだ」


「ああ、亜炭か」


 教えられて石炭に似ているなと気付く。そういや史実でもあったんだっけ。亜炭。


「プロイ様、これはいかなる石でございますか?」


「蒸し石炭のもとと似ているものだよ。これは薪とか炭の代わりになるんだ」


「まあ、それは凄い」


 亜炭に真っ先に食いついたのは千代女さんだった。人口増加にともなう食料や燃料問題をいろいろ対策していることを知っているからだろうね。先々を予測して動くのは、今のところほとんどウチがやっている。


「まーま?」


 ふと、大武丸の普段はあまり聞かない控えめな声がしたかと思うと、あいりの前で不思議そうに首を傾げていた。


「おいで」


「まーま!」


 ああ、そうか。大武丸は無表情のあいりが不思議だったみたいだね。周りで大武丸に笑ってくれない人いないからなぁ。相変わらず無表情だけど、手を伸ばすと嬉しそうに抱っこされている。


 ケティより表情が乏しいからなぁ。


 まあ、あいりはあいりで楽しんでいるみたいなんでいいか。大武丸もご機嫌なようだし。


「これ採掘出来るの? あとで穴だらけになっても困るんだけど」


「その辺は対策次第だね。ちょっと使う分には大丈夫だと思うよ。売るより銭湯でも増やす時に使うくらいから始めてみたらいいんじゃないかな」


 おっと亜炭の話だったな。亜炭は元の世界でも明治頃から第二次世界大戦頃まで、主に家庭用の燃料として使われたという記録があるはずだ。


 ただ、煤煙とかあまり環境に良くないんだよね。他には家畜の飼料に加えたり、土壌改良剤としても使われたはずだが。


 プロイも言うように、織田で管理して使うくらいで少し様子見するにはいいか。銭湯とか増やしたいけど燃料代が馬鹿にならなくてなかなか増やせないんだよね。人口密度が低いこともあって。


「あら、あいりに懐いたねぇ」


「ほんとうですわね」


 気が付くと大武丸とあいりがみんなの注目を集めていた。感情の起伏が見えないから子供たちも戸惑うんだよね。あいり自身は普通に子供好きなのに。


 孤児院の子供たちでも懐く子と懐かない子が分かれるんだ。


 妻たちは必ずしもまとまりがあるわけじゃないけど、不思議と仲は悪くないんだよね。もともとオレの創ったアンドロイドということもあるんだろうけど。


 なにはともあれ、賑やかな正月だね。みんな無事に今年も一年過ごしてほしい。




Side:東島金次


「いつ来ても迷っちまいそうな屋敷だな」


 義父であるお紺の親父殿が、そう言うて笑いながら酒を飲んでいる。あれから五年。懸命に働いていたおかげか、いっぱしの武士と言えるような屋敷をいただいた。


「おっとう、飲み過ぎたら駄目だよ」


 オレの親戚ばかりかお紺の親戚も集まって新年の宴を開いている。久遠家では皆で祝うのが仕来りらしく、こんなことも珍しくなくなった。


 子も無事に育っている。妻のお紺も日頃はお方様がたの侍女として働いているが、こうして気心の知れた者たちだけになると、昔のような言葉遣いに戻る。


 親戚はほとんどオレが召し抱えて久遠家のために働いている。年を追うごとに増える禄に見合う家臣を揃えるためにはそうするしかなかった。


 兄たちも末弟のオレに仕えることになったが、あまり気にする様子もなくお役目に励んでいるくらいだ。


「金次、慶次郎様にこれ持っていっておくれ」


「ああ、分かった」


 おっ母は正月だというのに着物を縫っている。慶次郎殿と奥方であるソフィア殿のためにと、年の瀬から絹織物を仕立てていたんだ。


 末っ子のオレが立身出世したあとも、しばらくは田んぼを耕していたくらいだ。人手が足りなかったことで今では久遠家の女衆として働いているが、働き者だからじっとしているのが苦手なんだよな。


 オレとお紺の恩人である慶次郎殿は一番変わっていないのかもしれない。所帯は持ったが、相変わらず暇さえあれば勝手気ままに遊んでいるようだ。


 殿も近頃は御忙しいようで、津島の屋敷でのんびりとしていた頃が懐かしいと先日こぼしておられたな。


 オレも変わったが、久遠家と世の中はもっと変わったと実感する。


 かつて一緒に遊んでいた者たちも、今ではみんな立派に所帯をもっている。織田の若殿も殿も近頃は大殿のようになってきたと評判なくらいだ。


 戦のない世なんてまことにあるのか。今でもオレには分からない。生まれた時から戦があったし、隣近所の村との小競り合いに駆り出されたことだって一度や二度じゃない。


 ただ、故郷の村ではもう隣近所との小競り合いはなくなった。


 争いになっていた入会地は織田様のものとなり、皆で使うことになった。足りぬものは他所から買えるんだ。争う暇があるなら働けと言われるようになったと、村で親しかった奴が言うていた。


「かぁ、酒がうめえな!」


「まったくだ!」


 外に出ると礼儀作法に心配りする皆も、今日は昔に戻ったみたいに和気あいあいと宴を楽しんでいる。


 腹いっぱい美味いものを食えて、酒も飲める。皆、それでいいという者たちがウチの親戚には多い。


 オレは言えないことも増えた。公方様が身分を偽って武芸者となっておることなど、おっ父にもおっ母にも言えないことだ。


 立身出世も大変だなと思う。特にオレなんて農家の末っ子だからな。


 休むのは今日だけだ。明日からはまた役目に励む。


 それが恩を返す、唯一の道だからな。




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