第千百八十三話・穏やかな年越し
Side:久遠一馬
年末年始を前に恒例となったウチの妻たちが尾張に集合した。みんな年に数回は尾張に来ているけど、一堂に揃うのはこの期間しかないんだよね。
この世界に来て、数年。みんなそれぞれにやりたいことや生き方を見つけつつある。それはオレも嬉しい反面で、こうしてみんなで会う機会が減ったのは寂しく思う。
そんな理由もあって、年末年始はみんなで集まれるようにと調整してもらっているんだ。
「ねえ、お酒どこにあるの?」
「ああ、蔵にあるわよ」
年末年始は屋敷の家臣や奉公人が少なくなる。オレたちは自分のことは自分で出来るし、なるべく水入らずで過ごしたいと言ってあるので警備の人とか身寄りがない人以外は家に帰してある。
無論、お清ちゃんと千代女さんは家族なので一緒にいるけど。
人気なのは大武丸と希美かな。ふたりも周りに人がいっぱいいてキャッキャッと喜んでいる。
「お酒でございますね! 持って参ります!」
「あら、ありがと」
ああ、家臣や奉公人の代わりというわけではないが、孤児院の子たちが年越しの手伝いに来てくれている。今年はおせち料理も一緒に作ろうってことになったんだよね。あとリリーも彼らが気になるみたいだからさ。
みんなオレたちの家族みたいなもんだし、年末年始一緒に過ごすことにしたんだ。孤児院には身寄りのないお年寄りもいて、彼らも働いてくれるから今のところ困ることはない。
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「あら、
眠っていた輝が突然起きて泣き出すと、近くで見守ってくれていたお婆さんすぐにあやしてくれた。エルたちは高性能アンドロイドだけど、さすがに子守りとかほぼ知識だけだからなぁ。意外に慣れていないんだよね。
ちょうどエルとかジュリアが傍にいなかったから、周りは慣れてないみんなばかりで困っていたんだけど助かったよ。
どちらかというと、ロボとブランカのほうが子守りは慣れているっぽいね。大丈夫かと見守っていて、あやしているように見える時もあるくらいだ。
子供たちは大丈夫だな。他のみんなはなにをしているのか、見てこようかな。
「これは初めてでございますね」
「忍び衆が畿内で見つけてきたものよ。今年から育ててみたの」
台所ではみんなが和気あいあいと料理をしていたが、お清ちゃんとリリーたちが水菜を味見していた。
水菜、元の世界でははりはり鍋などで有名な野菜だけど、原産国が日本らしくて都のほうで自生していたものを手に入れている。
ウチは世界各地で遺伝子資源の収集をしているんだけど、日ノ本の中では忍び衆に見たことのない植物や果実があればサンプルを持ち帰るように命じている。水菜はその成果らしいね。
今夜ははりはり鍋かな?
縁側に出て空を見上げると、どんよりとした曇り空からチラチラと雪が舞い落ちていた。
寒いわけだな。
「雪でござる!」
「雪なのです!!」
ウチのロボ一家は寒いからか外に出ないけど、馬の世話をしていたすずとチェリーが孤児たちと外で駆けまわっている。
この調子だと北美濃や飛騨は大変だろうな。食料と寒さを凌ぐための藁や薪は配ったけど、あっちの寒さだとそれでも冬を越すのは楽ではないだろう。当たり前に寒さを凌げる世の中にはまだまだ遠い。
「すず、チェリー。風邪ひかないようにね。あと子供たちを順番にお風呂に入れてあげて」
「了解でござる」
「ラジャーなのです!」
見ているほうが寒そうなんだよな。まだおやつ時を過ぎたばかりなんだけど、人数が多いからお風呂は早めに入らないといけない。ウチのお風呂、銭湯並みに広いんだけどさ。
そのまま他の妻たちの様子を見に行く。とある部屋では、アーシャと数人が年長さんたちに勉強を教えている。年末年始くらいはゆっくりしていいんだけど、子供たちが自発的に勉強をするから教えているんだそうだ。
また別の部屋では雪村さんと留吉君が襖絵を描いていた。
「ああ、素晴らしい絵ですね」
雪村さんも年末年始はウチにいることになった。今もウチの客人として牧場の孤児院に住んでいるんだ。故郷に帰るなら旅費を出すと言ったんだけど、帰らないで尾張で年越しをすることにしたみたい。
「ここが少し寂しく感じましてのう」
「お任せください!」
ウチの屋敷、人と謁見する広間とかはそれなりに整えたけど、あとはそこまで凝った装飾とか襖絵を描いたりしてないから殺風景なんだよね。別に見栄を張る必要もないし、豪華絢爛な部屋とか落ち着かないという本音もあるんだけどね。
エルに許可は取ったようだから構わない。ふたりは楽しげに話しつつ、構図や画風を相談して描いているみたい。
絵自体は水墨画なんだけど、少し写実的な要素も見える海の絵だね。なんというか迫力が凄い。
邪魔しちゃいけないし、ここは任せよう。
Side:元遊女のお園
あれから年月が流れ、なんと子が出来ずに売られた私にも子が出来ました。
「藤太、こうするのですよ」
「あい!」
一緒に連れて逃げたお縁は弟が出来たと喜んでくれて、今も立派な武士にしたいと張り切っています。私の教えることがないほどで微笑ましい様子です。
「お帰りなさいませ。いかがでございましたか?」
「ああ、難儀なものだな。仏に仕える者が何故あれほど強欲なのか」
私を妻として迎えてくれたお方は、滝川様に仕える身となっております。蟹江にてお役目を頂いておりましたが、ここしばらくは北伊勢のほうに行っておりました。真宗の本山を称する無量寿院の末寺の見張りのようです。
「織田の畑が幾つか荒らされ、収穫直前の大根を盗まれた」
慈悲というのは難しい。尾張に来て、私もそれを学びました。織田の大殿は大変慈悲深い御方でございますが、坊主はそれに付け込むのだと蟹江では評判でございます。
「兵を挙げて討伐すると息巻く者も多いが、織田の大殿が止めておられるという」
「お公家様を交えて和睦をしたとか。それが理由でしょうね」
信義を重んじて慈悲深いことも楽ではないということでしょう。
故郷の周防は大内家の栄華の面影すら消え失せたと言われるほど、変わり果てたと聞かれます。陶様は山口の再建をと声高に叫んでいるようですが、すでに主立った商人や職人は周防や長門を離れています。再建はさぞ大変でしょう。
ここ尾張には亡き大内様の遺言に従い、周防や長門から多くの者が流れて大内衆とも周防衆とも呼ばれるほど大勢集まっております。
そんな尾張ですら、寺社には苦慮される。なんとも難しきことでございます。
きっと織田の大殿や久遠の殿にはお考えがあるのでしょう。私たちはそれに従い生きるのみ。
「そうそう、今日は鯨肉をいただいたのですよ」
「それは豪勢だな」
「はい、もう少しで出来ますからお待ちください」
私は、働き者で優しいお方と養女としたお縁と我が子と共に、慎ましく生きられればそれで十分でございます。
先日には遥々西国から来た商人が、私が世話になっていた遊女屋の主人からの文を届けてくれました。昨年のうちに私が尾張で所帯を持ったことを伝えたいと、殿の代わりに西国に向かう忍び衆に文を頼んだのが無事に届いたとのこと。
遊女屋は燃えてしまったようですが、逃げた皆は無事なようでなんとか生きているとのことです。
機会があれば尾張に来てほしいと、そう思います。
「父上、お帰りなさいませ!」
「ちちうえ」
「ああ、ただいま帰った。お縁も藤太も楽しそうだな」
狭いながら我が家も隣近所からも、楽しげな声がします。
今までお世話になった皆様に感謝して明日も励みましょう。皆が笑って生きられる世にするために。
それが久遠家の掟であると滝川様が仰っておられましたから。
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