第千百八十二話・年の瀬
Side:久遠一馬
年の瀬となり、今年も残りわずかとなった。
ウチは基本的につけ払いとかしないので年の瀬もそこまで忙しくはない。
屋敷や学校や病院の大掃除も終わったし、あとは年越しの準備をしつつ年内に片付けるべき仕事をしている。
そんな最中だが、オレとエルは義統さんと信秀さんとお茶を飲みつつ話をしている。
話の内容は、今年最後の厄介事となる北伊勢にある無量寿院の末寺の扱いだ。
末寺に関しては、返せるところはすでに返還した。寺領から織田領に繋がる道には関所となる簡素な砦を築いたし、中にはゲルで代用している関所もある。
ただし末寺の中には無量寿院へ戻ることを拒否して独立をするというところや、願証寺の末寺に鞍替えしたところとかもあって面倒になっている。
「あとは勝手にするであろう」
信秀さんもそこまで面倒見切れないという様子で、末寺と無量寿院で話すように言うしかない。戻ることを拒否したところは、ほぼ織田の領地整理にも抵抗したところでもあるので独立心が強いところなんだ。
助けてやる義理もあまりない。
「人のおらぬ村はいかがなったのじゃ?」
「そのままですね。そもそも家も解体したので村の跡地というべき廃村ですし。場所によっては無量寿院の寺領から民が入りましたが、あとは放置されているか北伊勢の国人や土豪だった者らが入り込んでいます」
義統さんは返還した寺領の現状に顔をしかめた。明らかに面倒事になるのが分かるからだろう。守護使不入の権利がある寺と寺領の問題は守護の権限から外れるし、関係ないといえば関係ないんだけど。
北伊勢は織田が入って以降、時代相応とも言える程度には治安も回復していた。
ただ、先日の一揆の影響もあって、織田は国人や土豪どころか領民からも土地を召し上げている。これは一揆参加した者の処罰と後始末のためだ。
寺社領以外は織田の直轄地として賦役で農業をしてもらい食べさせていたんだけど、今までにない体制であるため相応に混乱もあれば流民などが入り込むことはあったんだ。
懸念は領地を召し上げた北伊勢の元国人や元土豪の残党が、引き渡した末寺に入っているところがあるということだろう。
断っておくけど、すべて無量寿院に返還した後に起きたことだ。敵の敵は味方だということだろうね。守るべき人たちが離れ無人となった末寺に入って管理する人が必要だったから、織田に逆らって領地を失った者たちがちょうどよかったんだと思う。
「愚かな」
信秀さんは少し不快そうな顔をした。
「土地を追われた者の中には無量寿院を頼っていた者もおります。表向きは出家したことにして彼らに与えたようですね」
エルがこの件に関わる北伊勢の元国人たちの名前を告げて、無量寿院の対応を説明すると信秀さんと義統さんの表情はさらに険しくなる。
北伊勢の元国人たちは織田の下で働いている人も多いけど、帰農しようとした者や近江に出ていった者などもいるんだ。帰農しようとした者は土地を織田が召し上げたことに怒って、小競り合いになったこともある。
それらの織田に従わなかった者たちが織田に意趣返ししようと、無量寿院を頼っていたんだよね。
ただまあ、時の流れと共に血縁あるところに身を寄せるなり、新しい生き方を見つけた人も多かったんだけど。今でも織田を恨んで無量寿院を頼る人はそれなりにいる。
もともと、あそこの坊主は伊勢の国人や土豪出身の者も多いから、頼る伝手は十二分にあったんだろう。
「我らを仏敵と断じて、六角と北畠と無量寿院でこちらと一戦交えて伊勢から叩き出す。そんな策を語っておるそうじゃからの。おめでたい者らよ」
義統さんが語った内容が無量寿院の策になる。あちこちのルートから漏れ伝わっている時点で叶わぬ願望なのは間違いないけどね。
末寺に入れた元国人や土豪をその際に蜂起でもさせるつもりなんだろう。尾張高田派がそのことを察知してますます怒っているんだ。
「末寺に入った者たちは、さっそく飢えていますね」
問題はすでに起きている。
面倒なことに末寺に入った連中は、本堂くらいしか残っていない寺となにも植えられていない田畑しかない寺領で飢えている。出ていった領民が食料を残していくはずもなく、なにもない土地で飢えている。
当然ながら織田領の商人は相手にしないし、出入りするだけでも通行税を取る。一応出家して坊主となったなら関所は無税にしているけど、それでも彼らと取り引きする商人なんて近隣にはいないんだよね。
さすがに無量寿院が支援しているようだけど、それにしたって来年の収穫まで満足する量の食料を与え続けるのは無理なことだ。土地を与えたのだから自助努力でなんとかしろというのが、この時代の基本的な価値観になるからね。
その結果、飢えた末寺の者たちが織田領で盗みを働いているのはすでに報告が入っている。警備兵と賦役を一部止めた上で動員した兵で警戒に当たらせるように指示を既に出した。
ほんと困ったもんだよ。
「
「あ~う~」
屋敷に戻ると子供たちが遊んでいた。といっても大武丸と希美が輝のとなりで遊んでいるだけだけどね。ただ輝も楽しげに笑っていた。
今日は太田さんの嫡男の次郎君と金さんの嫡男の久丸君もいる。彼ら家臣の子供たちはオレが来るとピシッと姿勢を正すんだ。そこまでしなくてもいいと言っているんだけどね。そういう教育をする時代ということだ。
「お帰りなさい」
「シンディ、体調はどう?」
「いいですわ。この子も順調なようで」
そう言って撫でているシンディのお腹がかなり大きい。予定日は一月中頃だから、もう九か月くらいになるから当然だけど。
シンディは今でも熱田の屋敷に住んでいるけど、馬車でウチにもよく来る。この時代だと側室や妾が一緒に住まないことも珍しくないので、この形になっているんだ。
オレとしては那古野の屋敷にいたらと勧めたんだけどね。
「年の瀬だから熱田は忙しいだろ」
「そうですわね。ただ、皆それが当たり前ですから」
熱田は織田領内や東海道の旅人で賑わっている。それとあそこも商人が多いので年の瀬になると掛け金の清算などで忙しいはずだ。
シンディとそんな話をしつつ子供たちを見守る。
「そういえば、また古着屋が出来たな」
「尾張の古着は他国に持っていくと質が良いので高値で売れるそうですわ」
「そこまで違うのか」
少し気になったことを聞いてみると、改めて尾張の変化に驚かされる。清洲では古着屋が増えているんだ。
オレたちが尾張に来て以降、絹織物や綿織物に生糸や綿糸を尾張に持ち込んでいる影響もあって、尾張では最近人々の着るものが変わったなと感じる。
着物なんかは上の身分の者から下の身分の者に下げ渡されることもあって、武家の奉公人なんかもそれなりに上質の着物を着ている人が増えた。
領民でさえも以前と比べると安価でちゃんとした着物が出回っているので、それなりに裕福な人は着ているものが変わりつつある。
もちろんデザインや柄もどんどん多様化している。そんな尾張の古着は旅の商人が買っていくこともあるんだそうだ。
経済と文化の格差は開く一方だからなぁ。
最近だとパメラの影響か、ツインテールにしている女の子を時々見かける。最初は牧場の子たちがエルたちの髪型を真似していたんだけど。とうとう領民にまで広まりつつあるんだ。
ただ髪を切ることに関しては、はさみがそこまで一般にまだ広まっていないし、この時代の女性は髪をとても大切にしているから短くする人は少ないんだけどね。
この時代だと女性が短めに髪を切ると出家したのかと思われるんだ。それもあるんだろう。
ただ、そんな価値観が変わるのも時間の問題のような気はする。遊女なんかはすでに髪型を自由に変えている人がいるらしいし。髪飾りなんかも遊女には結構売れているくらいだ。
他国との格差はますます広がるだろうな。少し考えないと駄目かもしれないな。
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