第千百八十一話・先を見据えて
Side:久遠一馬
姉小路家が臣従したことで飛騨の一部が織田領となった。織田家でもある程度は知っているが、改めていろいろと情報収集をしている。
「なるほど。ありがとうございます」
「越中を狙うおつもりで?」
今日は飛騨の三木さんを呼んで、飛騨と越中のことをいろいろと教えてもらった。やはり現地を治めていた人に聞くが一番いい。あれこれと細かく聞いたことで攻めるのかと勘違いしたみたいで苦笑いをみせてしまった。
「いえ、商いとして使えるか知りたかったのですよ」
「ああ、そういえば商いをされておられましたな。長尾家次第でございますが、嫌とは言いますまい。ただ越中はいささか面倒な地でございますが」
三木さんも言っているとおり越中は面倒な土地だ。守護は畠山家だけど統治能力はなく、東越中守護代だった椎名家と西越中守護代の神保家が争っていた。面倒なのは加賀一向衆と繋がっている神保家と、越後長尾家と繋がる椎名家というのが大まかな対立構図だ。オレたちが来る前の尾張と似たような状況だね。
現在は、越後守護代の長尾家が能登畠山家に任命された東越中の分郡守護代でもあるんだけど、元守護代家であった椎名家はその下の又守護代となって治めている。
先日、長尾家一行と宴をした時の様子から商いには乗り気だと思われたので、飛騨から東越中のルートでの交易の検討に入ったんだ。
「越中斎藤家からも使者が来たのでね。場合によってはこちらも動く必要があるのは確かですが」
ちなみに越中と飛騨の国境で越中側の国人が斎藤家になる。美濃斎藤家の親戚で、義統さんの飛騨守護就任の祝いの使者が早々に来たほどだ。
何度も言うけどこの時代では血縁は大切だ。助けを求められたら助けないといけない。そうしないと今回の場合は道三さんの面目が潰れてしまう。
越中斎藤家。よくある独立気味の国人らしく近隣と争っていて、そこまで安泰ではないらしい。史実ではこのあとに先年に戦をした神保に臣従をして、のちに越後上杉に臣従したらしいけど、この世界ではどう考えても神保への臣従はないだろう。
いろいろと大変なようで道三さんに支援がほしいと頼んだみたいなんだ。
「ああ、あそこならばそうするでしょうな。長尾と話を付けて織田が後ろ盾となれば、おいそれと攻められることはないとは思いまするが」
越中斎藤家のことを教えると納得した様子で一緒に考えてくれた。三木さん、空気の読める男らしい。織田の統治に戸惑っているけど、相応に順応していてさすがと思わせるところがある。
景虎さんとの宴にはこの件も絡んでいる。東越中で長尾家と争うのは勘弁してほしいからね。
とりあえず交易を兼ねて長尾家と話す必要がある。
「江馬と内ヶ島はいかがされますので?」
「こちらから臣従を請うことはありませんね。三木殿が仲介されるなら話は聞きますが」
そのまま話は飛騨に戻る。三木さんの領地はほぼ召し上げとなったけど、故郷だし気になるんだろう。ただ飛騨の場合は、史実通りだと来年の春から翌年にかけて加賀の白山で火山の噴火があるんだよね。
シルバーンの技術を使用した極秘調査でもほぼ同じく噴火があるという結果が出ている。飛騨や北美濃にも火山灰が降るなどの影響があるはずだ。
そうなると織田領はともかく、大きな影響を受ける内ヶ島は相当困るはずだ。一向衆と縁が深く繋がるのでそっちに支援を求めるか、北美濃の東家とも繋がりがあるのでそっちに支援を求めるかのどちらかだろう。
江馬はどうだろう。支援するような友好勢力が近隣にいないんだよね。正直、双方共に相手にするほどでもない規模の勢力しかない。こっちは噴火したことで不足するであろう食料の確保と配分を考える方が優先だ。
先に上げた越中の件もこれの影響を受けるだろう。もともとあの地は豪雪地帯で冬場の交易には向かないから、交易は来春以降になる。噴火の影響で恐らく飛騨は統一出来るだろうし、そうなると長尾家との話も問題なく進むと思うんだよね。
大変だけど、密かに考えておかないとだめだね。
Side:近衛稙家
内裏の修繕がようやく進んでおるわ。あれやこれやと口を出さねばならぬ身としては安堵したというのが本音かの。
尾張では驚くほどの早さで様々なものが変わるが、都ではそうはいかぬ。三好がもう少し天下の政に慣れておればよいのじゃが。それを言うても始まらん。なかなか恙なくとはいかぬのも致し方なきことよ。
先日には尾張から折々の献上品が届いた。伊勢無量寿院のこともあって案じておった者もおったが、変わらず届いたことで安堵しておるわ。
「父上、大樹は相も変わらず病でございますか?」
「そのようじゃの」
尾張からの文に倅がいささか呆れた顔をした。世を知るために身分を偽り外に出たはずが、一向に戻る気がない。言いたいことは分かる。
「大樹は尾張と共に生きることにしたのであろう」
吾も困ったものだと思うところもあるが、実のところ病と称する大樹の政は上手くいっておる。六角に政を任せ、三好に都を任せる。大樹はその向こうの尾張で見守るという今の政で世が落ち着いた。
あえて言わぬが、大樹が政に戻ったところで天下が今より良うなるとは思えぬからの。こちらから戻れと強く言うべきか迷うところ。
織田と久遠が大樹に知恵を貸しておる様子。大樹はこのままかの者らに懸けるつもりであろう。
いろいろと困りしことになるやもしれぬが、今少し様子を見るべきであろう。
「尾張でございますか。都におるより楽しゅうございましょうな」
一度でも尾張に行った者は尾張を懐かしむことが増えた。倅もまたそのひとりじゃ。他にも日々の暮らしに追われておる公家衆は、蔵にある書物の写本作成に勤しんでおる。
斯波と織田に取り入ろうとしておる者も少なくない。そのためには写本を作成するのが近道であろうからの。
困ったことといえば、斯波も織田も軍勢を引き連れての上洛をする気がないことか。献上品もよい。内裏の修繕もかの者らが図書寮の再建を願ったために始まったことじゃ。尊皇の志は感心するばかりじゃがの。
されど、吾としては早う上洛をして天下をまとめてほしいのじゃが、織田の見ておる先はいまひとつ分からぬ。
まさか、まことに畿内を見捨てるつもりではあるまいな。すでに都は尾張なくして成り立たぬのじゃぞ。さすがに見捨てられるなどないと信じたい。
久遠の知恵は吾の及ばぬところにあるからの。かの者らの思惑が分からぬことが、ここまで悩ましいとは思わなんだ。
もう少し近ければ吾が出向いて様子を見に行くのじゃが。
急いては事を仕損じるともいう。今しばらく見守るしかあるまいな。歯痒きことよ。
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