第千百五十三話・文化祭
Side:久遠一馬
今朝は気持ちがいいほどの秋晴れだ。
ただ、少し寒い。そろそろ、こたつでも準備をしようかと思うくらいの寒さだ。
散歩だと元気よく駆けてくるロボ一家の散歩をしよう。屋敷の庭から散歩をして、そのまま屋敷の外にも行くんだけど、今日は文化祭の日なので朝からいつもより人が多い気がするな。
「いただきます」
朝食は今でもなるべくみんなで一緒に食べるようにしている。奉公人のみんなは後になるけど、オレと妻たちと侍女さんたちなんかは一緒だ。
「お味噌汁、おいしい~!」
今朝の味噌汁にパメラは満面の笑みを浮かべた。天然物のキノコの味噌汁。少し癖があるものもあるが、栽培物よりも味が凝縮して美味しい気がする。
「天然のきのこもそろそろ終わりね」
「残念」
ジュリアとケティは季節の変化を感じてか、味わうように味噌汁を飲んでいる。きのこの出汁が味わい深くて本当に美味しい。
塩漬けや乾燥させて保存してあるけど、新鮮なきのこはまた来年かな。
尾張には美濃から山菜やきのこなどが川舟で運ばれてくるので、近隣に山がないところの領民でも食べられるようになっている。関所をなくして税の分だけ値段が下がったこともあり、領内の流通は確実に良くなった。
そのおかげで北美濃や東美濃では貴重な収入源になっている。無論、以前から山菜やきのこなどの流通はあったけど、領民でも気軽に食べられるようになったのはここ数年なんだよね。
そうそう、今日の朝食の魚はサンマの塩焼きだ。
これも脂がのっていて、ハラワタの苦みがアクセントになっていて美味しいなぁ。大根おろしがあればもっと良かったな。尾張には宮重大根があるけど、この季節はまだ食べられるものがないんだよね。大根の品種改良でもしようかな。
あとはもやしと二十日大根の酢の物もある。さすがにサンマは誰でもとまでは言えないけど、ウチの関係者なら普通に食べられるメニューだと思う。
関所の開放とか批判もあったが、食生活とか目に見える成果となると理解してくれる人が増える。
今後が楽しみだね。
朝食を終える頃になると、外から賑やかな笛や太鼓の音がどこからともなく聞こえてくる。
「かじゅ!」
信長さんと帰蝶さん、それと吉法師君が揃ってウチにやってきた。一緒に祭り見物をしようと話していたんだよね。
普通は下の身分であるオレから迎えにいくはずなんだけど、信長さんは少しせっかちだから支度が出来たからと来ちゃったらしい。
「お待たせして申し訳ありません」
正直、待たせたわけではない。祭りの時間もそこまで厳密に決まっていないし、信長さんもそれを理解してか特に気にした様子はない。
「無量寿院から嘆願の文が来ておったぞ。何故、このような扱いをするのだとな」
祭り見物に行くにはまだ少し早い。温かい麦茶を出して少し話をするけど、またそんな文が来たのか。うんざりした信長さんの様子が織田の本音を物語っている。
「なにを今さら。まとめる人がいなくなったことで各々が勝手なことをしているのでしょう」
誰もが戦を望み、対立したいわけではない。無量寿院はトップだった尭慧さんが去った影響で混乱もしている。織田を恨んでいる人が主流派となり対立路線にシフトしつつあるようだけど、中にはそれを望まない人も少なからずいるみたいだ。
尭慧さんのところには何度か戻ってほしいと嘆願の使者が来たくらいだ。
この一件、難しいのは無量寿院も完全な私利私欲だけで動いているわけではないということだろう。
彼らにも自分たちの教えが世の中の平穏に必要なのだという自負があるだろうし、実際、織田家重臣以外では不要だと思っている人は多くはないはずだ。
織田も尭慧さんも落としどころを探っているはずだと、考えている人は未だに多いんだよね。
ただ、現状で再交渉をするのは難しい。無量寿院の意思統一をしてから交渉してもらわないと困るし、前回の飛鳥井卿と北畠晴具さんの仲介内容を潰すのかという問題もある。
加えて織田と交渉していた坊さんたちは、さっさと逃げたらしいからなぁ。こちらのことを理解してない人たちからは、商いを停止したことで織田はなにを望んでいるんだと頓珍漢なことを問うような接触があるくらいだ。
和解が済んで以降、無量寿院との話し合いは終わったから義統さんと信秀さんは使者が来ても門前払いをしている。もう配慮を求めないから会う必要がない。関わりがない余所様の寺社だというのが、こちらのスタンスだ。
だからって、まさか信長さんのところに嘆願をするとはね。
本気で自分たちと絶縁するつもりなんてないだろうと高を括っているんだろうな。
努力は理解するが、前回の和睦案を壊すなら飛鳥井家と北畠家を再度巻き込んで頑張って交渉してください。
こちらはもう困っていないから使者すら出していないし。
だいぶ日が昇って暖かくなった頃に文化祭見物に出る。
那古野の町では屋台があちこちに出ていて、笛や太鼓の音色が聞こえ領民や河原者たちが盛り上げている。笛や太鼓の演奏者たちは各地から集まった人たちで、津島や熱田からも大勢来てくれている。
「うわぁ……!」
吉法師君は見慣れた町の景色が変わったことに驚いて興奮気味だ。
屋台、これも増えたなと思う。この時代でもお祭りには市が出ていたりはしたけど、元の世界の屋台に近いものはオレたちが来てから広めたものだ。
中には曲芸やマジックのような大道芸のようなことをしている人もいる。そこまで宣伝したわけではないけど、彼ら芸人にとってお祭りは貴重な稼ぎ時だから思った以上に人が集まっているみたいだ。
文化芸術関係は、保護と育成に努めている。身分があって余裕がある人がお金を出さないと昔からの民俗芸能なんかは失われてしまいかねないんだよね。この時代だと。
河原者のように諸国を流れ歩いて、その手の芸能を生業としている人たちは尾張にはとても多い。
畿内は先進地であるものの、彼らが食べていけるくらいに収入を得る余裕がない地域が多いからね。戦乱を避けて豊かな尾張に流れてくる人たちがここ数年で増えたんだ。
「しかし、大殿はよくお許しになりましたね」
まずオレたちが来たのは工業村だった。実は文化祭に合わせて、初めて工業村の内部を限定公開することになったんだ。
「見ても分からぬものだけなら見せても構わんだろう」
「まあ、そうですね。高炉は以前から近くで見たいという声がありましたので」
オレも少し驚いたんだけど、信長さんが言うように公開範囲は見ても分からないものだけに限っている。具体的には高炉と反射炉の外観と工業村内部の街並みの一部くらいになる。
見学ルートもきちんと決めていて、縄でルートから外れないように示して警備兵がきちんと監視もしている。さらに公開するのは領民限定だ。
三百六十五日、途切ることなく黒い煙が立ち上る高炉は、今では那古野の名物みたいになっている。ただ、地元の人でも関わりがないと工業村には入れないから、一度近くで見てみたいという声が大きかったんだよね。
見学する領民を見ていると、高炉から流れ出てくる真っ赤に溶けた鉄に驚き、興奮気味に見学している。
オレたちは見学の人たちとは別行動だから楽だけど、これも待ち時間が相当あるみたいで工業村の外には身元の確認を待つ領民が長い行列を作っていた。
ちなみにこの高炉の外観公開は職人衆からの提案だ。
文化祭を考えた当初の目的は、日頃、学校で教えていることを家族や地元の人たちに見てもらう授業参観のような目的だったんだけどね。彼らなりに文化祭を考えた結果、逆に子供が父親の職場見学をするような内容を思いついたんだろうね。
吉法師君も領民と一緒になって高炉を見上げている。吉法師君の目には高炉はどんなものに見えているんだろう。大きな怪獣みたいに見えているのかも。
その後、オレたちは学校に向かう。こっちも混んでいるな。
「ちーち!」
学校の敷地内に入って馬車を降りると、大武丸と希美がキャッキャッと喜んでこちらに手を伸ばしてくる。ここも笛や太鼓の音楽が流れているから賑やかな雰囲気が楽しいんだろう。
一緒に来たのはエルとジュリアで、他のみんなも来ているはずなんだけど。どこにいるのかな?
学校の様子は文化祭というかお祭りだね。近隣の住民も手伝っているようで、案内や説明をしている人がいる。
織田家中の武士も結構来ているみたいだ。
実は学校に来たことがない武士が意外に多い。中には好奇心が旺盛で見学に来る人もいるらしいけど。大人になると勉強をするという必要もないと思うことと、見知らぬところに自分からわざわざ訪ねる習慣がない人が多いためだ。
はっきりいえば、自分の領地の外は人様の土地だからね。招かれないと出向きにくいのはあるんだと思う。一般的に勝手な行動をすると謀叛や他国の間者かと疑われたりすることもあるんだ。重要な施設になればそれも仕方ないんだと思う。
そういうこともあって、織田家では文化祭を家中の皆さんに伝えてお祭りだから見に来ることを許すと書状を出している。
この機会に学校の良さを知ってほしいね。
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