第千百四十九話・弱肉強食

Side:六角義賢


 尾張からの知らせに、重臣らは、いかんとも言えぬ顔で互いの顔を見合うておる。


 まさか真宗の総本山を自認する無量寿院と絶縁とはの。考えられぬことをするものよ。そもそも織田の民が納得して従うことからして、我が六角家では到底出来ぬことではあるがの。


 絶縁したが禁教令でないことが気になるな、領内の末寺の扱いも変えておらん。教えは禁止せずに絶縁するとは。あくまでも無量寿院が敵なのだと世に示すためか。仏敵とされる名分を相手に与えぬか、織田は見せ方が実に上手い。


「あの国はよう分からぬな」


 重臣らは無量寿院のことにはあまり触れたくないのであろう。尾張で見聞きしたことを話し始めた。下手なことを言えば仏罰が当たると懸念する者もおるし、寺社の者に物言いを知られると面倒にもなるからの。


「ああ、特に武芸大会か。あれは驚いたわ。家中どころか、いずこの者かも分からぬ武芸者すら受け入れて武芸や書画で競うとは……」


「見ておる分には悪うなんだぞ。謀叛やら勝手をする者が多いのは尾張でも変わるまい。それをまとめようとした策であろうな。よくぞ考えついたものだ」


 武芸大会もまた異質であったな。新参者も古参も等しく己の力と技のみで武を競うのだ。皆、あの様子に恐ろしくありながらも、一方では武人として羨ましくもあるのが本音であろうな。


 敗れれば不名誉な誹りを受け、御家の名に傷が付く。いずこかの戦で武功を挙げて汚名返上するまでは生涯敗れたことを言われ続けるのだ。


 近江でもやってみたいが、無理であろうな。


「領内をまとめるか。言うは易く行うは難しじゃの。領地を取り上げて何故まとまるのであろうか」


「さてな、仏の弾正忠の名の通り、皆が信じるからであろうか?」


 よう分からぬ国。それを皆が考える姿に、尾張を見せてよかったと思う。上様は正しかった。あの国は己の目で見ねば分からぬ。


 皆も家中をまとめる苦労もまたよく知っておる者らだ。臣従とは口ばかりの北近江三郡の国人どもを見ておると、あれもまたひとつの道であろうと思わざるを得ぬというところか。


「公方様の尾張贔屓は相も変わらずであるか。分からんでもないということか」


 あまりに尾張の話ばかりしたからか、重臣のひとりが現状に懸念を示した。織田が強くなり過ぎておることであろう。公方様が飛騨国の守護に武衛殿を任じたこともある。


 争えば六角とて、いかになるか分からぬ。その懸念もまた正しい。


 無論、皆も織田と争う気などないのだが、一方で織田がこのまま大きくなることは恐れる。すでに力の差が大きいのは見えておるからの。


「向こうはこちらに気を使うておるからな。例の無量寿院への商いも利は大きいのであろう?」


「織田が寄越した書状では些細な利だとあったがな。決して少ない利ではなかろう」


 織田の外交は巧みだ。無量寿院と争う一方で、こちらにも利を回してきた。些細な利ではあると謙遜しておったが、久遠殿の文を見ると幾つかの利になる指南があり、遠慮せずにやってほしいとまで書かれてあった。


 これもまた上様のおかげでもあろう。あの方は斯波と織田、それと我ら六角にて新たな世を見ようと考えておられる。


「仮に争うたところで、東山道の関ヶ原の城は抜けられまい。東海道を使えば甲賀と伊賀が敵に回り退路を断たれる恐れがある。喜ぶのは漁夫の利を得る管領殿だけだ」


 喜んでいいのか、悲しんでいいのか。皆も悩んでおる。さらに争うだけの大義も利もない。北畠もまた我らと同じようでもあるからな。


 まあ、今は無量寿院から利を得て、北近江と甲賀で新たな治め方を進めねばならぬ。他所を気遣って情けをかける余裕など今の六角にはないからの。




Side:久遠一馬


 帰ったと思った具教さんがまたやってきた。最近、頻繁に多気御所と尾張を行き来している。行き来出来ない距離ではないが、微妙に遠いんだよなぁ。どうしたものか。


 尾張に北畠の屋敷があれば意思疎通がしやすい。具教さんも気兼ねなく尾張に滞在出来るんだけど……。


 他家の本拠地に屋敷を構えると臣従したように思われるという問題がある。体裁とか外聞もあって、具教さんも初めは屋敷は桑名あたりに屋敷を構えたいと望んでいたんだよね。


 ただ、桑名は桑名で願証寺が近いこともあってそちらの懸念がないわけではない。いろいろと考えているうちに蟹江に屋敷が欲しいと本音をこぼしていた。


 とはいえ、体裁やらこちらと北畠家の関係やらいろいろとあって具体的に進まないまま時が過ぎている。


「なるほど。そのようにして無量寿院から利を得ればよいのだな」


「ええ、こちらの額を参考にして売っていただければ、北畠家にも利になりますよ」


 今日の用件は無量寿院との商いのことになる。北畠と六角に商いの指南をしているんだ。適当な寺を迂回させて売れば大きな利になるからね。


 参考価格とか売り方とか少し教える文を送ったら、具教さんが直接話したほうが早いからと担当させる者を連れてきたんだ。


「久遠殿、恐れながらお教えいただきたい。某には分からぬのでございますが、北畠領の者は直接売ってもよいのではありませぬか?」


 具教さんのお供として来ている若い武士が、具教さんとオレの話が一段落した頃に疑問を投げかけてきた。


 何度かお供としてきていて顔見知りの人だけど、正直、北畠家では同じような疑問が多いんだろうなと思う。


「それでも構いませんよ。ただね。品物を迂回させて売ることにより、北畠家はこの先なにが起きようとも一切関わりはないと言うことができます。さらに迂回させた先にも利を与えて味方に出来ます。こういうのは、味方を増やしたほうが後々いいのですよ」


 武士でも外交とかしている人は違うんだろうけど、あまり他国とか寺社と交渉した経験がない人は物事の裏表や因果関係とか深く考えないところがあるんだよね。


 昔からの慣例に倣って行動する。前例主義が一番無難であり間違いが少ないという理由だけでなく、自分で物事を判断して失敗すれば言い訳できないという責任逃れの目的から、そういう人が結構いるんだよね。前の世界でもそれは同じだったけど。


 商いとかの話になると銭は下賤なものだという考えから、商人に命じてやらせるだけでいいと思っている武士は本当に多いんだ。


「なるほど……」


「これも槍や弓の代わりに銭を使うだけで戦と同じようなものですよ。いかに味方を増やして敵に打撃を与えるか。おっと、無量寿院を敵と言うのはいい過ぎましたね。どうか今の一言はなかったことにしてください」


 無量寿院を敵と言うと具教さんのお供の人たちの顔色が少し変わった。やはり理解してないか。具教さんは理解しているっぽいけど。


 無論、オレも口を滑らせたわけではない。織田は本気で怒って絶縁したんですよと本音を伝えるための発言だ。


「無量寿院から得た利で領内を整えるか」


「それがいいですね。生臭坊主から巻き上げた銭を使って日ノ本から少しでも争いが減って飢える者がなくなるのなら、仏様も許してくれますよ」


 これ、実はメルティの策なんだよね。北畠と六角は織田の統治を真似ているけど、現状はあまり上手くいっていない。


 とはいえ、織田がプランテーション案以上に資金の融資をするのは難しい。両家の大名家としての面目を潰すことになるし、今後増える領地でも同じことをするのかと言われると出来ないからね。


 どこかから資金を引っ張ってくる必要があるので検討していたんだけど、タイミングよく無量寿院が騒いだ。


 あそこは各地から上納金が集まってくるし、相当溜め込んでもいるだろうから、その溜め込んだ資金を奪い弱体化すると同時に、北畠と六角の統治費用に活用するという一石二鳥の策だね。


 無量寿院は今の上層部が消えたら再建してあげればいい。みんな納得の策だ。


 織田、六角、北畠でうまく経済を回して発展していけば、畿内なんてさらに当分の間は放置出来るんだ。頑張ってほしい。



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