第千百六話・秋の新商品

Side:三木直頼


 まさか病である公方様から直々の書状が届くとはな。わしは公方様に拝謁したこともない程度の身分ぞ。頼ったのはこちらだが、改めて斯波と織田の力を思い知らされた。


 これは家宝にしよう。


 公方様からは、京極様に観音寺城に来るように命じる書状を出す故、従わねば捕らえてでも連れてこいとある。


「何故、公方様はわしの居所を……」


 数日遅れで京極様の下にも公方様からの書状が届いた。逃亡している身でありながら公方様から書状が届いたことに、京極様は首を傾げておられる。まさかわしが知らせたとも言えぬ故、ごまかしておくか。


「御屋形様ほどの御方を捨て置くとは思えませぬ。公方様が探らせておったのでございましょう。六角の面目が潰れぬ頃合いを待っておったとしか思えませぬ」


「それもそうか。確かに六角の面目もある。わしは怒りで見誤っておったのかもしれぬ」


 無論、わしも仔細は知らぬ。されど捕らえてでもという書状は言わぬほうが良かろう。京極家なのだ。厳しき沙汰にはなるまい。


「京極家として恥じぬように致しまする。堂々と近江にお戻りくだされ」


「すまぬな。世話ばかりかける。報いてやれておらぬというのに」


 悪いお方ではない。いささか世間知らずに思えるが、飛騨のことなど考えたこともないのだろう。仕方なきことだ。


 このまま穏便に飛騨を出てほしい。それだけだ。戦など出来るものではない。すでに姉小路ばかりではない。江馬も京極様が来たということを知ったようで戦かと怪しんでおる。


 敗軍の将でなくば、それも面白かったのであろうがな。


 もっとも、当家と姉小路の所領では美濃へ働きに出ておる者も多い。戦をするにも兵が足りぬのだ。かというて、それを禁じると飢える。事実、江馬の所領では美濃へ働きに出ることを禁じておるので不満が溜まっておると伝え聞く。


 織田はいささか他家とは違うからな。商人の商いにも口を出す。誼がある姉小路と当家には安く品物を売り、江馬などのような頭を下げぬ者には高い値で売っておる。


 これが噂の金色酒などだけならばよいが、塩や米や雑穀に至るまで値が違う。逆らえるものではない。


 此度のことで従えば助けを寄越すことも分かった。まさか病の公方様を動かすとは思わなんだがな。さすがは三管領の斯波家というところか。


 六角との同盟を理由に敗軍の将を引き渡せと兵を寄越しても驚かぬというのに。


 あとは寒くなる前に早々に近江に出立してもらおう。それでわしの役目は終わりだ。




Side:とある行商人


 すっかり秋の景色になった北美濃の街道を歩く。五人の商人と家人らと共に馬を引いて飛騨を目指しておるのだ。馬だけで三十頭もおる。


 もう行商と呼べる規模ではないな。もっとも此度は織田様の下命で飛騨に向かうのだ。ただの行商とは違う。


 それにしても、昔と比べると旅が楽になったな。街道が整えられ下草を刈っておるためだ。


 此度の主な荷は塩になる。冬の前に一冬を越せるだけの塩を飛騨が求めているからな。我らは第二陣として飛騨に向かう。


「飛騨まで商いに来るようになるとはな」


 途中の川で馬に水を飲ませて一休みする。


 おらたちは昔から西美濃で行商しておったんだが、去年から飛騨にも行くようになった。織田様と飛騨の姉小路様とでお決めになったことらしい。


 売り先と値も決められておる。姉小路様と三木様のところに美濃の値を多少高くした程度で売る。飛騨にはそれ以外には江間様のご領地などがあるが、こちらに売る分は僅かしかない。値は配慮などない普通の値で桁が違うほど高い。


「尾張の塩は美味くなったからな」


「ああ、見た目からして違うからね。昔はもっと混じり物が多い塩だった」


 聞いた話だと、ひと手間加えることで他国よりも美味い塩になるんだとか。今じゃ最上級の真っ白い塩もあるが、飛騨だとそこまで値が高いのは売れねえ。




 そのまま旅を続けて飛騨に入る。尾張や西美濃と比べると活気もなくて人も少ねえ。正直、そこまで売れねえんだよな。このあたりは貧しい村が多くて。


「しかし飛騨も山しかねえな」


「儲かってねえんだろうか? 尾張に材木売っているはずだが」


 いかになっておるのか知らぬが、村々ではおらたちのことを待っているんだ。北の越中からも塩が入っているらしいが、あっちは混じり物だらけなうえに値も高いことから尾張の塩が喜ばれる。


「さあ、もうひと踏ん張りだ」


 旅をする者もあまり見かけない飛騨の街道を急ぐ。もうすぐ日が暮れる。その前に次の村に行かねばならねえんだ。


 冬までに幾度か往復して売ってやらねえと冬を越せねえからな。




Side:久遠一馬


「新商品が出来たネ」


 この日、リンメイが那古野の屋敷に姿を見せた。自信ありげな様子で持ってきたのは和紙に包まれた粉だった。


「薬ってわけじゃないよね」


 ウチでは薬も売っているが、薬はケティたちの担当だ。リンメイが作ったなら食べ物関係だろう。


 まあ毒じゃないだろうし、舐めてみる。


「塩か、しかもこの味は……昆布か?」


「正解ネ。最高級の白塩に昆布の粉末を混ぜたものよ」


 上質な塩の味のすぐあとに昆布の旨味が口の中に広がった。これは美味しい。


 塩に関しては、窯で煮る作業の時に木綿布などを使って不純物を綺麗にとりのぞくことと、塩からにがりの成分を取り除くようにひと手間加えている。


 さらに上質な塩は、出来上がったものを工業村の高炉の廃熱で焼いて焼き塩にすることで粒が均一になり味も良くしている。


 最上級の塩は、それをさらに水車の石臼で挽いて塩の粒を細かくすることで粉雪のような真っ白な塩にする。まあこれは本当に一部の朝廷への贈答品や織田家やウチで使うものなど、ごく一部だけどね。


 この辺りはだいぶ前に、塩田の職人と塩の商人にアドバイスをしてやってもらったことだ。焼き塩は工業村の手間賃として利益にもなる。


「こっちは椎茸塩ネ。どっちもいい出来よ。献上品にして少量を売るネ」


 リンメイは相変わらず津島の屋敷で商いの差配と商品開発をしている。庶民向けにつくった麦酒とか煮干しとふりかけは人気商品だ。


 ただ、やっぱり領民の所得がそこまで高くないので、利益を出すには富裕層向けの商品がいる。


 最高級の挽き塩は『粉雪塩』という名称で売っていて、石山本願寺とかは高い値段で買ってくれる。そこまで難しくないのですぐに真似されるかと思ったが、意外に真似されておらず未だに売れているんだよね。


 尾張の塩商人や職人の口が堅いのもあるけど。


「じゃあ、次の便で献上して売り出すか。だけど椎茸は高価だから庶民向けには安い松茸塩を作ってもいいかもしれないな」


 ちょうど年末の献上品を送る支度をしている。次の献上品は正月を迎える品がいろいろとあるからちょうどいいだろう。


 それと、この時代の松茸は椎茸のような旨味が少ないためにとても安価だから、上手く加工すれば利用価値が高まるだろう。


「調味料はよく売れるネ。しかもその後も欲しくなるから売上が続く。いいことずくめネ」


 確かにリンメイの言う通りだ。醤油と味噌は今や尾張の産物として領外によく売れている。味噌は元からある豆味噌なんだけどね。流通の拠点となったことで史実よりも売れているようだ。


 醤油はウチの醤油より少し落ちるが、この時代のモノとは比較にならないレベルのものを売っている。もっとも生産量の関係から寺社などの金持ちに売っているくらいだけど。


 領内向けを優先すると、どうしても他国に売る分が減る。その分、値が上がっているけどね。


 こういう新商品を売ると、それを使った新しい料理とか考える人いるから楽しみなんだよね。今度はどんな料理が生まれるんだろうか。


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