第千七十八話・報告会
Side:久遠一馬
留守中の仕事を片付けつつ今回の旅の報告をまとめて、最終的には道中の様子を本にするように頼んだ。
全体としてみると旅は成功だったと思う。実態が分からない久遠家のことを概ね明らかにすることが出来た。
ただ今後の課題としては、やはり船旅のリスクを周知徹底させることがまず必要だろう。万が一に備えて遺言を遺すくらいのことをしてもらうべきかもしれない。
さっそく嘆願が上がっているのは職人衆だった。硝子工房の建設と製造の許しがほしいというもの。久遠諸島は元の世界ほど質のいいものではなかったが、硝子窓もそれなりに普及させていた。
また、硝子の花瓶や器などもあり、自分たちで作りたいと思ったらしい。硝子工房とコークス炉は実験レベルから始める必要もあるし、そろそろ建設してもいいかもしれない。
今までに関しては硝子などの高級品よりは製鉄や鋳造など国として発展させたい産業を重点的に育てていたからなぁ。少しずついろいろなことを試す幅を広げることを考える時期なのかもしれない。
慶次が結婚した話に関しては、一気に領内に広がったらしく、滝川家ではあちこちから早くも祝いの品が届いているそうだ。交友関係が広いからね。大変だと資清さんが嬉しそうに零していた。
それと旅に同行した菊丸さんが、那古野にあるウチの屋敷に入って留守中に届いた書状や報告などを将軍として受けているが、その表情が険しくなった。
「あの愚か者め。己が治めぬ世は認めぬということか」
細川晴元の件に関する報告だ。明らかに不快そうな表情をした。晴元が六角に囚われている自分を助け出したいとまで言いだしたことに関して、腹に据えかねたらしい。
「六角とは話が付いています。朝倉も六角と同様のようですね」
六角とは信長さんがすでに話を付けている。織田が北近江三郡の国人の味方をすることはない。ただし、逃げてくると面倒なので念のため国境を固めて、必要とあらば援軍を送ると打診したらしい。
まあ援軍は必要ないだろう。浅井家のいない北近江三郡がまとまるとは思えない。晴元とか京極家があれこれと動いているようだが、北近江三郡が期待しているのは織田か朝倉の兵だ。
織田が動かないと知れ渡ると、千か二千でも集まればいいほうかもしれない。下手すると六角に再度寝返って、同じく蜂起する者を売るような者も出てくるだろう。
朝倉も動かないだろう。少なくとも義藤さんは自分で書状を出している。添え状という本来管領が書くものは六角義賢さんが書いているしね。もともと朝倉と六角の関係は良好なので、今回のことで六角に喧嘩を売るようなことはしないと思われる。
「三好も期待したほどではないな」
北近江三郡は六角任せでいいのだが、もうひとつ菊丸さんの機嫌を損ねる知らせが入った。阿波守護である
史実にもあった事件だ。どうやらこれは変わらなかったらしい。
「理由は分かっていませんね。あまり上手くいっていなかったようですが」
実のところ三好は今でも細川の家臣であることに変わりはない。義藤さんが長慶さんに都を任せてはいるが、細川晴元が未だ管領であることも変わっていないんだ。
ただ史実との違いは、義藤さんだ。すでに長慶さんと和解をしていて、細川一族を無視している。長慶さんは形式的に
「細川一族も未だ力はありますので、恐らくは……」
エルが微妙な表情で推測を交えてオレの説明を引き継いだ。どうも細川一族の間でも権力争いがあるのは掴んでいるんだ。氏綱本人か周辺か知らないが、彼は京兆家の家督と管領職を求めている。
ところが肝心の義藤さんが、もう細川は見たくもないと無視しているからね。義藤さんを筆頭に長慶さんや六角などの現政権に不満を持っているのは確かだ。
まあすでに細川で大乱を起こす力はないと思う。長慶さんが動かない限りは。
細川持隆の死の原因が史実と同じかは不明だ。ただ細川家は健在で、また三好家内部でも細川家臣として意見の対立や考えの違いがある。
結果として殺すしかなかったのかどうなのか。ただ諸国に知れている現状はあまりいいとは言えないけどね。
菊丸さんは結局、三好の件は無視することにしたようだ。事情が分からない以上は口を挟むと面倒になりかねない。そもそも細川には関わりたくないように思える。
日を改めて、今日は清洲城での評定だ。留守中の報告と旅の報告をすることになっている。
「なんと……」
久遠家の本領と海外領の開示と扱いについて説明をする。評定衆はある程度理解していたようだが、それでも驚いたというのが本音らしい。
まあ広大だからね。地図で見ると。
「以後、日ノ本の中と外は分けて扱う。異論ある者は己で船を造り、外に領地を得てみよ。それは禁じることはせぬ」
もともとウチの本領は分国法の適用もしない別格扱いだったが、今回の旅で正式に誓紙を交わしてそれを決めた。
信秀さんが冗談交じりに海外に領地を得るのは禁止しないと言ったものの、みんな困った顔をしているね。突っ込むに突っ込めないし。
「しかし、それほど違うものでございまするか」
「ああ、日ノ本がいかに愚かか分かったわ」
話を切り替えたのは信康さんだ。彼はむしろウチの統治体制に興味があるらしく、そちらの報告に考えこんでいた。
留守中の尾張では、北近江三郡の件と、伊勢無量寿院や伊勢神宮との交渉などが大変だったらしく、まったく次元の違う話に今後のこととかいろいろと考えている様子だ。
「寺社がなくても神仏は困らぬか。面白いの。まことに面白い」
道三さんが食いついたのは寺社がないことか。その報告は信長さんたちが行った前回に上げていたので知られていたことだが、領民がそれぞれに神仏に祈ることで成り立っているウチの領地の詳しい話に面白そうに笑っている。
あと銭の鋳造をウチがしていたという事実も開示されたが、これは口外厳禁だと義統さんから念を押してもらっている。
久遠諸島はどこにも属していない治外法権だし、悪いと言えないんだけどね。それを理解しない愚か者に知れると面倒だというのが理由だ。
「これは驚くほどのことではありませぬな。明を過信するなということは久遠殿が我らに教えてくれたこと。作れるものを己で作るということもな」
ただ銭の鋳造はあまり驚かれなかった。正直、やっていてもおかしくないと気付いていた人がそれなりにいたんだろうな。
結局、この日は予定時間を大幅にオーバーして、本領の体制や海外の入植地とその運営について意見が及んだ。
どこまで尾張でやれるかは別問題だが、興味という点ではみんなあったんだろう。
ウチが得ている利益でなにをしているのか?
そこが明らかとなって納得している人もいる。海の向こうとはいえ土地を得ていると知ると、理解出来る部分があるからだろうね。
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