第千七十七話・帰省と……
Side:久遠一馬
おおよそ十日の船旅を経て、オレたちは尾張へと戻ってきた。港では多くの人に出迎えられて、まるでお祭りのように賑やかな騒ぎだったな。
みんな旅の疲れを癒して、それぞれの日常へと戻っていく。
約ひと月ぶりの尾張は特に変わりなかったが、大武丸と希美は大きくなった気がする。オレを見ても忘れていなかった。ちょっと心配だったんだよね。
あと、妊娠中のジュリアやシンディもそれぞれに順調で一安心だ。
他には、今回同行した花鳥風月の四匹は、ロボとブランカと山紫水明たちに、どこに行っていたんだと言いたげに絡まれていたね。
仕事に関しては、オレの決裁待ちの書状が山ほどあったが、これは仕方がない。エルたちで代行出来るものはしてくれていたんだし。実際、仕事が滞っていたわけではない。ただオレが戻った以上は、代行した書状などに正式な書状を出す作業がどうしてもいる案件がある。
大半は判子と署名するだけの状態なので、そこまで時間はかからないだろう。
こちらからエルたちと資清さんたちに報告することして、慶次の結婚がある。資清さんは島から慶次の嫁が来ていると聞いて本当に驚いている。今までの慶次の様子から、そう簡単に決まると思わなかったんだろう。
「本領から妻を迎える。あやつらしいのかもしれませぬ。あやつは誰よりも一族を思い生きておりました故に」
肩の荷がひとつ降りた。そう言いたげに笑っている資清さんの姿に、本当によかったと思う。婚礼をいつにしようかと考える姿は楽しそうに見えるね。
オレたちと共に同行したソフィアさんに関しては、病院で手伝ってもらうことにした。本人が医師志望で勉強していたことと、慣れない土地で屋敷に篭るとよくないと思ったからだ。
和やかな報告が終わると、資清さんの顔が引き締まって懸案の報告があった。
「取り急ぎ報告すべき懸案がございまする。浅井家が治めておった北近江三郡にて、六角から独立するべく画策しておるところがありまする。六角もすでに挙兵の支度をしておるとのことで、知らせが届いております」
「北近江三郡か。伊勢で勘違いしたかな?」
以前から兆候はあって警戒していたんだけどね。秋の前に事態が動きそうなのか。
六角が北伊勢の大部分から退いたことと、織田があっという間に万の兵を出して領地を得てしまったこと。それらが悪い前例となったのは明らかだ。政治的な判断だったと理解出来る情報が、北近江三郡の国人衆には届いていないのだろう。
今ならば強気で押せば独立出来ると考えたと。
「恐らくは……」
「清洲城と関ヶ原の不破殿には、織田に従うことを条件とした派兵を求める使者も来ております。若殿の命で門前払いをしておりまするが」
うーん、あそこが荒れると微妙に困るんだよなぁ。北近江三郡は要所だ。織田も越前の朝倉も欲しいに違いない。どこか兵を出すだろう。そんな目論見があると思われる。
織田が浅井と戦をした時は管領代だった定頼さんがいて動けなかったが、今はいない。好機だ。そんなところか。連中が考えているのは。
実際、あそこが要所であることは確かだし、彼らの考えは間違ってはいない。畿内を中心に世の中を見るならば。
「また管領殿が動いたの?」
「はあ、相変わらず書状を送っておるようでございますが、いかほど影響があるかは分かりかねまする」
北近江の守護家である京極家は、神輿になることはあっても動かす力はないだろう。ただ管領である細川晴元には相応の力がある。事情を知らぬ国人や土豪からすると、管領様からの命令だと恐れやありがたがることだってないわけじゃない。
義藤さんとの不仲も所詮は噂に過ぎない。六角が義藤さんを軟禁していて、晴元がそれを助け出そうとしているという筋書きで手紙を書いていて、それを信じている者が少なからずいるんだ。
当然、騙されたふりをして名分にしている人もいるんだろうけど。
「朗報は東海道の賊が減ったことでございましょうか」
東山道経由の商人にはすでに警告を出しているらしい。戦があるとなると通りかかる商人が狙われることもある。特に尾張からの荷は高く売れるからな。
ただ、この件に直接関係あるわけではないが、いいニュースもあって、東海道の治安が改善しつつある。
伊勢側である関家の元領地では警備兵と織田の兵が徹底的に賊狩りをしているが、近江側である甲賀でも本気で賊を減らすべく動いているようだ。
昨年の冬に飢えそうで支援したことが影響しているみたい。それと三雲がいなくなり甲賀の風通しが良くなったこともある。六角家でも東海道沿いの国人たちに対して旅人を襲わないように命じている。
当然、護衛は必要だろうが、しばらく東海道と八風街道を使うようにしたほうがいいかもしれない。
なんか東海道と東山道って、交互に問題を起こしてないか?
Side:斯波義統
「名残惜しい気もするの」
清洲城へと戻り、帰ってきたのだと実感する。
帰りの途中、嵐に出くわしたようで恐ろしいほど船が揺れた。戻らぬ船があるというのもよう分かり死を覚悟せねばならぬかとも思うたほどじゃが、それでもまた船に乗りたいと思うておる。
弾正忠の姫が嵐に遭うてもまた行きたいと言うていたことを、笑えなくなったわ。
「父上、いかがでございましたか?」
「うむ、良きところであった。皆が争わずに明日を夢見ておる。学ぶべきことも多かった。尾張はまだまだ物足りぬと思い知らされた」
挨拶もそこそこに岩竜丸に久遠諸島のことを問われ、笑い出してしまいそうになる。わしを案じておらなかったわけではあるまいが、無事に戻るとそれよりも知りたいという思いが勝るのかもしれぬ。
「左様でございましたか」
「行って良かった。そなたも元服した後に行けるように一馬に頼んでおこう。二度と管領になりたいなどと思わなくなるぞ」
「私はそのような……」
「ふふふ、戯言じゃ」
知りたいと願うことはいいことじゃと、前にアーシャが言うておったな。その願いは潰してはならんとも。
ようやく分かったかもしれぬ。一馬らが目指す先が。
岩竜丸も学校に通う前には、己が斯波家の再興をして管領になるのだと言うていたと近習がもらしておったな。今は変わったようであるが、我が子を思えばこそ、わしは岩竜丸にあの島を見せて船旅をさせてやりたい。
「守護様、管領殿より文が届いておりますが……」
岩竜丸が下がると、側近から留守中のことを聞く。尾張介が上手くやっておったようであるが、わしへの文は開けずにおったという。開けて良いと許しは与えておったが、開けるまでもない文ばかりじゃからの。
「……尾張介に渡してこい」
気になるのは管領殿からの文か。ろくな文でないと思うておったが、そのままじゃの。内匠頭に届けてもよいが、帰ったばかりで見たくもあるまい。尾張介に渡せばよかろう。
「六角から公方様をお救いしたいそうじゃ」
側近が中を気になったのであろう。知りたそうにしておるので教えてやるが、笑うに笑えず困った顔をした。
公方様と晴元の不仲は最早疑う余地もないからの。
あとは北近江が蜂起するので兵を出してほしいとある。北近江はそのままわしにくれるというが、己の領地ではあるまいに。
晴元め。織田と六角をぶつけることで三好を討つ隙を求めたか?
「これを一馬に届けよ」
「はっ」
すぐに公方様にもお知らせせねばならぬな。わしは一足先に戻った故いかがされておられるか分からぬが、恐らく蟹江にある久遠家の屋敷にでもおろう。
公方様も聞きたくなかろうが、六角が動くとなるとお知らせせぬわけにはいかぬからな。
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