第千四十九話・出発を前に

Side:安藤守就


「他人がしておることで己の愚かさを知るとはな。大殿はわしにそれを学ばせようというのか?」


 わしは伊勢亀山城にて代官として勤めておるが、ここの領地の者らには頭が痛くなるわ。己で織田に忠義を尽くしたわけでもないのに、嘆願ばかりあれこれとしてくる。


 関一族や旧臣は領地すべて召し上げとなった。罪人の一族として裁かれず織田家に仕えることを許されただけでも温情というものだ。抵抗した者も僅かにいたようだが、わしがこちらに来る前にすべて討ち取られておる。


 ただし、未だに領地の扱いが決まっておらぬ寺社とは、それぞれに話して今後のことを決めねばならんうえに、民とて勝手なことばかりを言い始めておるのだ。真偽も怪しき書状をもって、土地やら水を占有するのは己だと主張することなど珍しくもない。


 さらにこちらに従うふりをして、旅人や織田の荷を襲う賊になっておる者もおるのだ。わしも決して褒められた領主ではなかったが、ここは酷い。かような民など要らぬのではあるまいか?


「まあ、これでも大人しゅうなったほうでございますよ。久遠様が厄介なことは片付けております故に」


 共に織田家から参った文官は、わしの愚痴にいかんとも言えぬ笑みを浮かべて慰めの言葉をかけてくれた。


 そう、ここを落としたのは久遠殿だ。実際に兵を挙げたのは奥方らだと聞くがな。関一族と家臣はあらかた始末しておるし、賊も警備兵が始末しておる。僅かな間にな。


 久遠家の者は相も変わらず信じられぬほどの早さで動くわ。


「東海道はいかになっておる?」


「以前とは比べものにならぬほど良うなっております。やはり賊の討伐が一番効いたのでございましょう。されど隙あらば奪うというのは変わらず、沿道の村々も信が置けませぬ」


 ここにきて改めて理解した。織田が領国の民をいかに上手く治めておるかということを。


 領主や寺社に従う素振りを見せつつも隙あらば奪う。当たり前のことだ。少し前までは美濃も尾張も同じだったはず。


 それが今は尾張や美濃で旅をする者を襲う者が減っておる。これがいかに困難なことか。武勇があっても決して出来ることではない。


「焦らずに従えるしかないか」


 清洲城ではこの手のことへ対処する術も学んだ。まずは織田の名の下で働かせて食わせることだ。焦って兵で従えるのは好ましくないとも学んだな。


 功を焦って一揆でも起こされるわけにはいかぬ。なんとも難しきことよ。




Side:久遠一馬


 着々と久遠諸島へ行く支度が進む中、エルは尾張に残ると決断した。


「そっか」


「はい、大武丸と希美もまだ船は早いですから」


 大武丸と希美はすでにお座りが出来るようになっている。船にも一度乗せて近海を走らせたことがあるが、それでも長旅はまだ早いとケティたちとエルで結論付けた。


 妊娠中のジュリアとシンディも残る。前回久遠諸島に戻った時に留守番だったメルティ、ケティ、セレスが尾張常駐メンバーでは同行することになった。


 他のしばらく戻ってない妻も誘ったけど、リンメイとミレイとエミールはリースルの進言である商いの改革が早期に必要であることを理由に、リリーは孤児たちと長期間離れたくないからと断った。アーシャも学校を空けることは出来ないから行かないらしい。


 ウルザとヒルザは、そのうち帰るからと同行しないことになったし、春たちも常駐組になって日が浅いからと今回は残る。尾張に残るメンバーも必要だしね。


 造船担当となりつつある鏡花は、善三さんたちと一緒に船大工の育成もしていて忙しいようだ。織田家としてキャラック船の新造もしているし、久遠船の建造とメンテナンスもある。


 そんな鏡花からは、自分の代わりに職人衆を連れていってほしいと頼まれている。オレたちの故郷を見てみたいという職人が多いそうだ。目に見える刺激や目標があれば、職人たちはもっと進歩出来るみたい。


 ウチからは望月さん、望月太郎左衛門さん、一益さん、益氏さん、石舟斎さんなどの前回同行しなかった人が中心だ。あと前回に引き続き同行するのは慶次。彼は記録係として同行する。絵も描けて旅の様子を的確に文章で残せる人って意外にいないんだよね。


 太田さんが今回残るので彼に出番が回ってきた。専業として働いていないが、医術も心得があり、あれこれと出来ることの多い慶次は旅には欠かせない位置にいる。要領がいいなというと資清さんが困ったようにしていたが。


 あとは織田一族からは信安さんを筆頭に何人か同行することになり、美濃衆からは義龍さん、氏家さん。三河衆からは、松平広忠さんと吉良義安さんが同行することになった。


 義安さんに関しては信秀さんの人選だ。名門吉良家が汚名に塗れたまま没落ではあまりに情けないからと、せめて機会を与えたいと考えているらしい。義安さん自身も真面目に働いているしね。


 あと推薦があっても行けなかった人もいる。安藤さんとかも推薦されたが、担当している伊勢の旧関領の統治で大変らしく今回は無理だったようだ。


 信秀さんが同行することで平手政秀さんも残った。信長さんを補佐する人も必要だし、大きくなった織田家をまとめられる人もいる。


 女性陣は土田御前が候補にあがっていたものの、信秀さんが行くならばと残ることにしたみたい。代わりというわけではないが、お市ちゃんが今回も同行するようだ。本人がなによりも楽しみにしていることで信秀さんが許可をした。


 あとは塚原さんとお弟子さんたち。菊丸さんと与一郎さんも含めた彼らが同行する。


 織田家から選抜された三百人の定員のうち、半分以上は御付きの人なんだけどね。


「大武丸も希美も父を忘れるなよ」


「あー、うー」


 ちょこんとお座りして、ロボとブランカに手を伸ばして遊んでいるふたりに声をかける。日程的に尾張に戻るまで一か月というところか。帰ってきたら忘れられて知らない人だと思われるとショックだな。


「ふふふ、大丈夫ですよ」


 オレと子供たちのやりとりを微笑ましげに見ているエルは、今回初めて長旅に同行しない。思えばギャラクシー・オブ・プラネット時代から、常に傍で補佐してくれていたんだよな。


「エルも、まだ無理はするなよ。八郎殿にも言っておくけど」


 春たちやすずとチェリーが残るのでよく頼んでおこう。産休から明けたとはいえ無理をするのは良くない。育児も大変だしね。念のためだ。


「はい。大武丸と希美と一緒にのんびりとここを守っております。それもまた妻の役目ですから」


 オレのことを少し心配性だなと笑う様子のエルに、彼女もまた変わったなと思う。生きるというのは決していいことや綺麗事ばかりではないし、苦労もある。それでもオレたちは共に生きている。


 前はもう少しオレが心配される側だったが、オレも少しは成長して信じてもらえるようになったのかな?


 いつも助けられてばかりではなく、時には助けられるようになりたい。


 アンドロイドでも戦国時代の偉人でもない。もともとただの人であるオレでは難しいのかもしれないが。


 それでも成長していけるように頑張ろう。





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