第千五十話・久遠諸島への帰省

Side:久遠一馬


 いよいよ、出発の日となった。数日前から必要な荷物を積んだりして準備をしていた船に乗り込む。


 蟹江の港には多くの見送りが来ていて、その中にはエルたち残留組と大武丸と希美もいる。


「フフフ、寂しいのかしら?」


 特に意識したつもりはない。とはいえエルのほうに手を振っていると、メルティにからかわれてしまう。ちゃんと他のみんなにも手を振っているんだけどね。


 今回はすでに元服して働いている孤児たちが社会勉強として同行していて、彼らの見送りに孤児院の子たちもいるので、そっちにも手を振っているよ。


「よろしければ出発いたします」


「うむ、では行くか」


 最後に義統さんに許可をもらうと、船は錨を巻き上げ、帆を張り出発する。


 あいにくの曇り空だが、日差しが強くないので心地いいかもしれない。あっという間に陸地から離れると、船は一路伊勢湾を出るために進む。


「出雲守殿もそう気を張らなくていいから。海に出ると敵もいないしね」


 今回、ウチの家臣を率いているのは望月さんだ。家臣の中には忍び衆からの選抜組もいる。泳ぎが得意で船酔いにも強い者を選んだらしい。


「ハハハ、なんと気分がよい。このまま地の果てまで行きたいものだ!」


 そうそう、警備兵からの推薦で佐々兄弟も同行している。あちこち飛び回って働いている彼らへのご褒美のひとつらしい。


 ふたりはウチとも親しく慣れているしね。あまり緊張とかしていないのでそのまま楽しんでほしい。


「大砲がありませぬな」


 伊勢守家の信安さんは主に外交面で働いていることもあるし、元織田嫡流という家柄もある。今後、公家衆などからウチの本領について聞かれて行ったことがないでは恥をかく人なので同行している。


 割と細かい人なんだろうね。船の造りとか見渡している。


「この船は単独で使うことがないことと、敵のいないところで使うことを前提としていますので。大砲は重いですしね。銭もかかりますから」


 信安さんのみならず皆さんに驚かれたのは大砲がないことか。ただ、要らないんだよね。大砲。これは貨客船だし。


 そもそも尾張と本領の移動で大砲が必要かといえば疑問がある。九州と明沿岸などには倭寇という海賊もいて危険性があるが、伊勢湾から関東や本領の海域でウチの船を襲える勢力はいない。


「下を向いてはなりませんよ。具合が悪くなるのです」


 ああ、お市ちゃんは初めて船旅に出ると思わしき人に注意をしている。誰かの御付きの人だろう。お市ちゃんに畏まって頭を下げたら注意している。


 事前に説明会をして試乗もしてもらったんだけどね。どうしても船が駄目な人っているからさ。


 船に弱くないか確認して、船上での決まり事を教えている。礼儀作法などは最低限にすることとか、船の上では船長や船乗りの指示に従うこととか。それでもとっさに控えるような人はいる。少し慣れが必要だろうな。


 船については水密隔壁を利用した個室をそれなりに用意している。最下層には水や食料などの荷物を積んでいて、下層には、元の世界の寝台列車を少し狭くした程度の二段ベッドがところ狭しと置かれている。基本は四人で一部屋だ。


 中層にはふたりか三人で一部屋として使える客室がある。ベッドは下層の二段ベッドも含めて取り外しが可能なもので、鉄のフレームを使ったものになっている。


「殿、これはいったい……」


 出港してしばらくして、みんな困っていないかと下層から見ていると、船大工の善三さんが船内にある梁を見て驚いている。


「ああ、それね。鋼を錆びにくいようにしたものらしい。オレもちょっと前に報告を受けたんだけどね」


 そうそうこの船は最新のガレオン船で、船内には一部で鋼鉄を用いている。補強としての部材や、梁の一部をトタンメッキを施した鋼鉄にしたんだ。重量と強度の関係から効率のいいところで使ったと鏡花が言っていた。


「硝子窓といい、なんという技だ!」


 ああ上層には小さいが硝子窓がある。これで昼間は日の光が差し込んで快適なんだ。善三さんは興奮した様子でまた違うところを見に行ってしまった。


 上層には食堂として使う広めの部屋を作った。ここでは下層の乗客が体を動かせるようにとも考えている。雨が続いても交代で体を動かすことが出来ればいいからね。


 甲板後部にある楼閣には、船長室兼会議室となる部屋と貴賓室がいくつかある。義統さんや信秀さんにオレたちはこちらを使うことになる。基本、そこまで広いわけではない。四畳半程度の貴賓室だ。


 もっとも信秀さんいわく戦に出ると雑魚寝が当然なので、部屋の広さはあまり気にしていないらしいが。




Side:織田信安


 新しき南蛮船か。わしが見ても分かるほどに変わっておるな。織田家の者は南蛮船を造れるようになったことで久遠家に並んだと喜んでおるが、久遠家はさらにその先を行くか。


 されどこれは言い換えれば、習う者がおらぬ先を己らで見つけておるという証。苦労も多かろう。


「伊勢守、いかがした?」


「これは守護様、久遠家の苦労はいかほどかと思いまして」


「であろうな。知恵を絞るというのも容易いことではあるまい」


 守護様と共に海を眺める。まだ陸地が見える。あれは知多半島であろうか?


 ふと思う。世が世ならわしが守護様をお支えしておったのやもしれぬと。もともと伊勢守家はそのような家柄だ。


「楽しみよの。一馬らがいかなる地で生まれ育ったのか。ずっと見たかった」


 今や斯波武衛家は、かつてないほどの栄華を誇るとも言われ、次の管領だとも都では囁かれておる。されど守護様はそのようなことに見向きもなされぬ。


 左様な守護様が珍しく御自ら求めたのが、この旅への同行だったと聞く。内匠助殿が珍しく困っておったのが面白かったといえば怒るであろうか? 万が一を考えると久遠家としても困るというのはよく分かる。


 これは織田家でも知らぬ者が多いが、守護様も大殿も畿内を制する天下統一にあまり興味がないのだ。お二方はその先、太平の世と久遠家の導く先を見ておられる。


「無駄な戦などせずにようございました」


「ふふふ、そうであろうな。生きておれば先はある。一馬ならそう言うはずじゃ」


 伊勢守家の立場と面目という意味では決して悪うない。飼い殺しどころか忙しくて城にも戻れんとは思わなんだがな。


 この先にある久遠家の本領には、いかなるものがあるのであろうな。


 生きていて良かったとまことに思う。




 

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