第千四十一話・熱田祭り・その三
Side:久遠一馬
熱田に到着したが、凄い賑わいだなぁ。公家衆の皆さんはそのまま熱田神社へと入る。
オレは熱田神社にはたまに来るが、ここも来るたびに変わっている気がする。
そもそも熱田の町は、オレが最初に来た頃と比較して倍以上に広がっているんだ。区画整理も進んでいて、町割り自体が昔と違うので、戸惑う人が多いと聞いたことがある。
道幅を広げ、火除け地となる公園を整備して、下水道の整備もしている。
無論、下水を直接海に流すなんてことはしていない。さらに郊外には熱田神社が新たに建設した旅籠があり、平時でも織田領内や東海道をゆく旅人で賑わっているそうだ。
熱田神社の中も変わっている。あちこち修復が行われていて、今年には勅使や院使をお迎え出来る格式のある大きな社殿が完成している。伊勢神宮の宮司さんや無量寿院の高僧が少し羨ましげに見ているのは気のせいではないだろう。
招待客と義統さんと信秀さんたちはこの社殿に入る。
オレは熱田神社に入ったところで公家衆の皆さんと別れて、シンディと合流した。
「山車は午後か」
「公家衆が見やすいようにしていますわ」
あれこれと報告を受ける。
熱田祭りの目玉である山車は午後見られるらしい。あれも結構迫力があっていいんだけど警備が大変なんだよなぁ。みんな大丈夫かな?
最近、熱田駐在となったリースルも忙しいらしい。各地から集まっている商人と尾張商人との取り引き状況の報告もウチにあがってくる。熱田の商いはリースルが差配しているんだ。
花火大会の前後で取り引きがされる商いは相当な額になる。一年でもっとも忙しい時期のひとつとなり、売り買いされる品物の量も当然それに準ずる。
商いの中心は蟹江だが、熱田祭りと直接関係のない津島ですら、忙しさでてんてこ舞いだというほどだ。無論、商人の皆さんも頑張ってはいる。ただし商いの目玉は多かれ少なかれウチが関わる品になる。
何処に品物があって、どれだけ売ってもいいのか。末端の商人では判断が難しいところがあるんだ。かつてはライバルとして争っていた津島や熱田の商人も、今では情報の共有などをウチが音頭を取ってしている。
問題なのは、商いというのは買うほうも量が多いということだ。各地からの商人の中には、尾張で品物を売って欲しいものを購入する人もいる。それらの品は各商人の蔵や倉庫に入れておくことになるが、品物の動きを把握しておく必要がある。
商人たちも年々試行錯誤をして、上手くやっているんだけどね。それでもウチが全体として差配しないと円滑な物流が成立しないのが現状だ。
「リースルから商人の体制について、改善するべきだという伝言を預かっていますわ。湊屋殿はよくやっていますが、彼と私たちが働き過ぎていることが問題だと」
「ああ、そうか」
リースルにはもともと中央管制室を任せていた。急激に拡大した尾張の商いと物流が彼女から見ると問題だらけに見えるんだろう。
まあ、それは終わってから考えるべきだな。三好なんか招待したら船団で使者が来ていて、ついでとばかりに商いを求めている。さすがに畿内の主要なところを押さえているだけあって、お金もあるらしい。
本当は商人に命じてやらせたいところなんだろうが、堺の一件もあって尾張で評判悪いんだよね。畿内の商人。
あと、今川領である駿河の商人も結構来ているね。昨年の花火大会で品物の値段を下げて以降、商いは活発だ。
武具は元より鉄や硝石などは売っていないが、お酒を筆頭に昆布、鮭、砂糖、鯨肉、香辛料などから絹や綿織物までよく買っていく。そこまで余裕があると思えないんだけどね。
今川方の武士は尾張を意識して見栄を張っているんだろうと、義統さんが言っていたくらいだ。
今年は例年以上に人出が多い。ウチの蔵でも空になるところありそうだね。
Side:エル
「あ~あ!」
「よしよし」
市姫様が大武丸と希美をあやしています。ここは熱田神社の神域に隣接する織田屋敷。織田一族の女衆は昨日からここに入り、守護様の御正室である石橋御前様や土田御前様と共に宴を開き祭りを楽しんでいます。
大武丸と希美がまだ幼いので私もここでお世話になり、皆様との誼を深めているところです。
今日は夜までゆっくりとしている予定ですが、私たちのところには一族の子供たちが来ています。市姫様が大武丸と希美と会わせようと、一族の子供たちを私の部屋に連れてきたからです。
孤児院や学校に行くようになったせいもあって、市姫様は皆のことを考えられるようになっています。子供たちは好奇心旺盛ですからね。みんな私たちに会いたいと言っていたのでしょう。
「える! える!」
大武丸と希美を子供たちが見守る中、吉法師様が絵本を手に歩み寄って来ました。吉法師様は大武丸たちによく会うことで珍しくないのでしょうね。
「若様。絵本でございますか? では読ませていただきますね」
気持ちのいい笑顔で絵本を手渡す吉法師様に、思わず笑みがこぼれます。周りで遊んでいた子たちもそんな私の許に来ると、みんなに見えるように絵本を開き読んであげます。
中にはハラハラしながら見ている乳母や守役の方もいますが、そんな光景すら微笑ましく思えます。
「眠ってしまいましたね」
何冊か絵本を読み聞かせしていると、ひとりまたひとりと眠ってしまいました。共に来ているお清殿が乳母や守役の皆と一緒に、そんな子供たちに着物をかけてやり風邪をひかぬようにとしています。
ああ、大武丸と希美もちょうど眠ったようですね。
「子は眠るのも役目なのですよ」
聞けば花火を楽しみにしていて、昨夜は眠れなかった子が多かったようです。自分の屋敷ではないところに泊まり花火を見る。一生の思い出に残るのかもしれませんね。
「えるも休んで」
「ありがとうございます」
ふと気が付くと、まだ起きている市姫様が私にも上掛けの着物をもってきてくれました。彼女だけは昨夜も普通に眠れたようです。なんといっても荒れ狂う海でも熟睡していたほどですからね。これも才能なのかもしれません。
夜まではまだ時があります。私も少し休ませてもらうことにしましょう。みんな忙しく働いている時に、少し申し訳ない気もしますね。
司令、世の中は私たちが思う以上に敏感で変化を望んでいますよ。
今は私たちが導いていますが。いつか、私たちが導かれる日が来るのかもしれません。
それは決して遠い未来ではないと思えます。
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