第千四十二話・花火と宴

Side:三木直頼


 斯波と織田は、何故、姉小路に肩入れするのだ? 飛騨には飛騨の都合があるというのに。


 今まで積み重ねた誼を頼りに美濃者に頼もうとしたが難しいと言葉を濁され、織田の者に取り入ろうとしたがこちらも色よい返事はない。


 ある織田の者からは、大殿と守護様に認められたくば、久遠殿のように誰から見ても明らかな成果を戦以外で見せよとまで言われた。またある者からは、大殿に認められたくば所領を捨てて忠義を示せとも言われたな。


 長きに亘り苦労して、ようやく飛騨を半ばまで制したというのに。何故、織田はわしを認めぬ。


 そもそも織田は、何故、代々守るべき所領を召し上げるのだ。強欲な者らよ。北伊勢の次は飛騨を狙うておるのではないのか?


 ならば戦だ! と言いたいところだが……、勝てる相手ではない。


 もう少しいえば、わしの所領でさえ尾張から塩や米などが入っておる。逆らえば兵を出されずとも飢えて敗れるやもしれぬのだ。


 民ですら、いずれが強いのか知っておる。織田に働きに出た者らが織田の国のほうがよいと帰らぬ者や一家で出ていく者が出始めた。


 このままでは危ういと言うても、姉小路家の者らは聞く耳を持たぬ。わしが動けぬことがよほど嬉しいようだな。


 ……もう少し若ければな。わしも五十を過ぎた。今から織田と争うなど出来ぬ。近頃は体の調子もようないしの。


 面白うないが、あとは倅に任せるしかない。此度の花火見物にて織田と誼を深めておくことくらいか。わしが倅に残してやれることは。




Side:久遠一馬


 公家衆との山車見物から戻ると、宴の用意が出来ている。子供たちは大丈夫かな? 学校と孤児院の子供たちは、今年も海沿いでキャンプをしながら花火見物をしているはずだ。


 春たちとか、妻も何人も一緒に行ったから大丈夫だとは思うけど。本当のことを言うと、オレもそっちに行きたかったなぁ。公家と花火見物しても気をつかうだけだし。


 正直、こっちって政治と外交の場なんだよね。公家以外にも周辺諸国からの招待客が多くいる。今年は信濃の木曽家から当主である木曽義康が来ている。


 信濃は手を出すつもりがないから呼んでないのに、自発的に来たんだよね。熱田参拝を口実に尾張に来て、挨拶をしたいと清洲城に出向いている。


 そこまでされると、こちらとしても邪険には出来ない。せっかくだから一緒に花火見物でもと誘ったらしい。まあ誼を深めたいと来たんだし悪いことではないが。


 義康さんは、どうも昨年呼ばれなかったことを気にしているらしい。でも木曽って信濃だし。誼があるところを除けば、守護か国司か、それに準ずる立場しか招待していないんだけどな。


 まあ、気持ちは分かるけど。


「ほう、これは面白きことをしておるの」


 今年の宴は少し趣向を凝らしてある。庭に煉瓦を積んだ焼き場が設置されていて、そこで新鮮な魚介を焼いてそのまま皆さんに振る舞う。


 公家衆の皆さんは焼き場を見て、なにが始まるのかと興味津々な様子だ。


 ちょうどよいくらいに焼き場の炭が熱すると、料理番が岩ガキを焼き始めて驚きの声があがった。


「なんと……」


 今年は駿河と越前から来ている公家だ。当然なんだろうが、それなりの身分であることもあって調理風景というものを見たことがない人も多い。


 そもそもこの時代では、領民が浜焼きをすることはあってもバーベキューなんて習慣はないし、身分があると毒見して冷めた料理を食べているような時代だしね。


「おおっ、よき匂いじゃ」


 熱田神社の境内にはゴザが敷き詰められ、その上にイスとテーブルが置かれている。さらに畳を敷いた席も設けているんだ。各々が好きな場所でゆっくり花火を見物しながら、料理やお酒を楽しむというスタイルでの宴となった。


 これ実はウチのバーベキュースタイルなんだよね。畳は普段は使っていないけど。


 この宴、実は義統さんのアイデアで用意したものだ。何度かウチのバーベキューに参加したことあるからね。義統さんも。


 久遠家の流儀で花火見物をするという趣向になる。いいのかと思ったが、思った以上に好評なようだ。


「熱いのでお気をつけください」


 岩ガキには醤油を少し垂らすだけだが、これがまた美味い。料理人がまだ熱々の焼き岩ガキをそのまま皿に移すと公家衆に配っていく。


「はー、美味い!」


「豪快な料理なれど、これほど美味いとは……」


「はふ……はふはふ。ああ、あついあつい。ああ……」


 目の前で焼かれた岩ガキをそのまま頂く。まあ経験ないよね。さらに醤油は相変わらず高価で貴重なものだ。最近では味噌溜まりを醤油として売っているところもあるが、味が全く違うのですぐに分かるらしい。


「ハマグリや大アサリなども美味しいですよ」


「それはまことか!?」


 黙っているとひたすら岩ガキを食べそうなんで、他のものも勧めておこう。肉はさすがに出さないけど。他には魚も焼くし、焼きそばとお好み焼きは出すんだ。それらは久遠料理と言われて評判いいんだよね。


 皆さん、楽しんでいるようでなによりだ。




Side:春


 東の空に一番星が見えたわね。熱田郊外の浜で私は子供たちと一緒にキャンプに参加している。


 毎年の恒例行事ということで子供たちも慣れているわね。司令とエルがいないのを寂しがる子もいるけど。


 周囲には護衛の兵や大人も多いけど、それ以上に花火見物の人たちも多い。


「はるさま! おはなしして!」


「うふふ、いいわよ。どんなお話がいいかしら?」


「うんとね。うんとね。うみのおはなし!」


 夕食も終わり、子供たちは花火を待ちわびている。少し離れたところではジュリアがリュートを弾いて子供たちに聞かせている。


 私は駆け寄ってきた子供たちにせがまれて、海の話をしてあげることにした。


 リリーやアーシャの教育の影響かしらね。子供たちは活発で何事にも興味を示す。三河と伊勢で戦に出たことで、何度か子供たちにせがまれて戦のことを話して聞かせたことがあるのよね。


 戦に出て敵をやっつけたいという子は男の子に多い。さらに、私たちを守ってくれると言ってくれる子もいるわ。


「そろそろ〜、花火が上がるわよ〜」


 海の話がちょうど一段落した頃、花火開始を知らせる太鼓の音が聞こえると、リリーがみんなに花火の時間だと伝えた。


 すずとチェリーと元気に遊んでいた子供たちも含めて、みんな集まって座ると夜空を見上げる。


 光が上ると、まるで先ほどの賑やかさと別世界のように静まり返った。


「わー!!」


「きれい!」


 パアッと広がり咲く花火と、ほんのわずかだけ遅れて聞こえる音。その光景に子供たちはまた賑やかに喜びの声を上げる。


 ああ、この瞬間があるから私は前線に赴き、敵とも戦える。


 守りたいのよ。少しでも多くの子供たちの未来を。


 せめてこの手の届く範囲くらいは。



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