第三百八十四話・秋の訪れ
Side:久遠一馬
翌朝にはお市ちゃんや孤児院の子供たちが釣った鯉などで鯉こくなどを作って、みんなで食べてキャンプは終わった。
お市ちゃんとか孤児院の子供たちは喜んでたなぁ。自分が釣った魚をみんなが美味しいと食べてくれたことに。
野営はいいね。学校とか警備兵でも野営の訓練を入れるのも面白いかもしれない。
そして今年の津島神社の天王祭も無事に終わると、尾張はいつの間にか秋を迎えている。
この夏は畿内では一気に三好に形勢が傾き、三好長慶が京の都を押さえている。現在の将軍である足利義輝とその父義晴は、細川晴元と共に近江坂本に逃げている。
長慶は摂津平定を進めているらしいが、史実通りに六角も撤退したようだし三好政権はほぼ決まりかな。こちらはオレの知る歴史と同じようだ。
主要な商人の顔ぶれが変わった桑名は、織田との取り引きが再開されて一息ついたようだが、すでにかつての賑わいは遠い過去のものとなっている。
秋を前に、蟹江の港が一部ではあるものの運用を開始したんだ。工事用の岸壁の他にも舟橋による桟橋がいくつも作られていて、既存の船からウチのガレオン船まで停泊出来る場所になった。
紀伊や伊勢からは木材などがどんどん運ばれてきているし、港町の建設も本格的に始まった。
蟹江でいえば一番遅れているのは城だ。城は他国の人間に造らせるわけにもいかないし、この時代の日ノ本の人間には未経験の西洋式の城を建設予定なので、伊勢と長島の人足たちの造成工事が終わってからの建設になる予定だ。
当初は星型要塞の建築を想定していたものの、他国に金色砲の対応策を教えることになるので、西洋城館式の城にするか、星型要塞にするかは再検討中だ。ただ、城の必要性がどんどん落ちているんだよね。経済と流通の掌握が先であることと長島の願証寺が友好的だからさ。
そもそも蟹江が攻められることからして、想定すら難しい。ウチの船と久遠船との海戦に勝たないと蟹江まで攻めて来られないだろうからね。
まあ、どのみち清洲城の改築が終わらないと大工は足りないし、西洋建築を行うための技術者集団を育成する必要がある。後回しでいいだろう。
そういえば、関東に送った見習い医師たちが帰ってきた。数か月に渡り地震の後始末と医療活動をして頑張ったみんなだ。
帰ってくる前には北条氏康さんから、医師の全員が直々に感状と褒美を頂いたと喜んでいる。
北条からは頼まれて雑穀や大豆などを手配し船団で送った。北条でも集めているらしいが、領内が大変で史実同様に問題になりそうだったらしい。
ウチの影響なんだろうな。氏康さんは史実の税制改革と減税などの方策である公事赦免状を史実より半年も前倒しで出したばかりか、試験的な試みとして、直轄領にて税ではない手当てを出す賦役にて領内の復興をさせている。
この賦役の手当ては食事のみで金銭報酬はないようだけど。地震の見舞いに送ったウチの医師たちのアドバイスを活かしたようだね。送った雑穀はこの冬の賦役にて出す食事の分らしい。
エルの見立てでは、これで領民の逃亡など史実であった国中諸郡退転のようなことはないだろうとのことだ。
あと地震でいえば対処が上手いのは、今川も同じだ。
駿河で行った忍び衆狩りの影響で最近は商人や旅人が避けているものの、それでも以前までウチの商品を転売したりして儲けていたからね。
もっとも今川では、領民の生活よりは城や寺社の再建が優先されているが。ある意味この時代の標準的な対処だろう。領民から見ても当たり前の対応のため、特に不満は出ていないようだ。
「甲斐は、えげつないな」
「織田とは対極の統治でございますな」
一方で苛烈な統治をしているのは、甲斐だ。
忍び衆の報告を持ってきた望月さんは、なんとも言えない表情で説明してくれたが。武田は甲斐の復興のために信濃で重税を課したり、反抗的な国人衆を潰して根こそぎ奪うことで乗り切ろうとしているらしい。
エルの話では甲斐の金とかも尾張に流れてきているからね。史実よりわずかだろうが大変なのではと言ってたね。
まあ、あの地はもとから厳しいから、他に方法がないのも事実なんだけど。
「そういえば信濃望月家はどうなの?」
「まあ大変なようでございますな。とはいえこちらが援助をしても良う思われないので……」
ふと思い出したので望月さんに信濃望月家のことを聞くが、なんとも困ったような表情をされた。
力で言えば尾張望月家がすでに一番あるだろう。信濃には城と領地があるとはいえ、信濃も中々苦しいところだからね。生きるだけで精一杯だろう。
先祖代々の領地と望月家の惣領という地位はあるが、ウチの重臣で事実上織田の忍び衆を束ねる尾張望月家に勝てるはずがない。
「今川の様子もおかしいしねぇ」
そう、尾張を探っていた今川の素破が減っていて、何故か甲斐に派遣されているらしいという極秘の情報を忍び衆が掴んだ。いろいろと教育したりした成果だろう。密偵として優秀になりつつある。
「いかなるつもりでございましょうな。今川にとって甲斐は唯一の同盟相手なのですが」
今日は望月さんの他にも資清さんや太田さんや湊屋さんなど集めて、エルとメルティたちと評定というか会議をしているが、次の議題は今川の動きについてだ。
その意味次第では忍び衆の配置を変える必要がある。
資清さんは今川の動きの意味を理解出来ないようで困惑している。
まあ理由は虫型偵察機ではっきりしている。太原雪斎が甲斐攻めの下調べをしているんだ。まだ義元は甲斐を攻めると決めていないけど、下調べは慎重に時間を掛ける必要があるからね。
特に相手が同盟国ならば尚更。
「まさか、北を攻める気か?」
その可能性を最初に口にしたのは太田さんだった。この人も地味にウチのやり方や考え方を覚えて成長してるね。
「まて、太田殿。
「織田や北条に勝つより武田に勝つほうが楽ですからな。武田も弱くはないようですが……。某なら織田とは戦いませぬ、駿河と遠江に甲斐と信濃を押さえれば、織田や北条とも渡り合えましょう」
資清さんは太田さんにその考えの訳を訊ねるが、その答えに考え込んでしまった。
今後は義元次第だが、雪斎は織田と北条との三国同盟を考えている。史実で織田を苦しめた今川・北条・武田の三国同盟がこの世界では織田・北条・今川の三国同盟として動くのだろうか?
この策はだいぶ前に
一般論としては今川家の者からすると、言い方は良くないが貧しい甲斐ではなく裕福な尾張を攻めたいだろう。豊かな地を攻めるのが常道だからね。
戦は戦ってみないとわからない。織田など銭はあっても戦ならば負けないと考えている今川家の武士は多いだろうしね。
正直、駿河遠江もそこまで裕福とは言えず、甲斐も今川からするとそれなりの国だ。あそこには金山もある。世間で言われているほど貧しくはないんだよね。
まあ、気候風土などの影響で飢饉も多く、食料事情としてみると、かなり厳しい土地なのは確かだけど。
織田からしても今川との同盟はかなり問題がある。信秀さんは三河守だし、遠江は斯波家の領地だった。しかも、北条・織田間の東海道を今川に押さえられるのはあまり良いことじゃない。
そもそもだ。三国同盟が成立するには、織田が畿内に介入する場合でもなければメリットはない。現状だと甲斐を攻めて領地を広げることで、織田に対抗する力を得る道を選ぶ気がする。
雪斎が信秀さんと会ったことは少し事態を動かしたのかもしれない。
「仮に武田と今川が争ったとして、織田はいずれと組むのがよいのでございましょうな」
無言になった資清さんの代わりというわけではないが、湊屋さんが困った質問をしてくる。
「どっちもどっちじゃない? 甲斐は聞く限りだと欲しくはないね。開発が大変だ」
地理的に見る限りだと攻めるなら今川だよね。大義名分があり因縁もある。それに東海道沿いを押さえるのは今後を考えると悪くない。
武田は信用ならないし、甲斐は貧しい土地だ。それにあそこには日本住血吸虫病という厄介な風土病がある。
原因は寄生虫で最終的にはお腹が膨らんで死に至る危険な病だ。史実の情報だと撲滅したのは一九九六年。平成八年になる。世界で唯一、撲滅に成功した寄生虫病だ。
言い方が適切か分からないけど、費用対効果で考えると甲斐は欲しくないし後回しにしたい場所かもしれない。多分、一番安く上がるのは、領民を全員を移住させて、甲斐一国丸ごと軍事演習場や隔離研究所などの、生活消費材の生産を目的としない場所にする事だろう。
「三河も少し情勢が定まらず
再度沈黙が辺りを支配するが、そこにエルが戦の準備に言及する。
松平家は織田の支援を受け取った。名目は付けたが、それでも拒否される可能性も考えていたんだが。旅の商人や薬師に忍び衆の松平領での安全が保たれるのは悪いことじゃない。
問題は、松平宗家にはもう三河を纏める力がないことだ。
相変わらず織田と今川の戦を望む三河の国人衆は多い。信秀さんのとこには決起を促す書状を送ってくる熱心な人もいるらしい。まあ大抵の内容は、ワシが味方すれば今川など一捻り、然れば兵糧と銭に武具をワシに寄越せ。こんな感じの戯言ばかりだけどね。
小さな国人衆の生き残り戦略なんだろうし当然だけど、時勢が読めてないよね。
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