第三百八十三話・戦国式キャンプ・その四

Side:伊賀者


 あれは……、なにをやっておるのであろうか?


 織田の若君と姫君たちが、いつものように那古野にいくのではなく、籠で北は上四郡の方へ向かうので後をつけてきた。


 されど、ここは近くに山と川はあるが、特に城もなにもない場所だ。ただ近隣に甲賀の分け身里わけみざとがあるらしい。気配りはおこたらぬ。


 かようなところでなにをするのかと見ておったが、おかしな形の天幕を張って野営をするとは思わなんだ。


 このまま美濃にでも行くのかとも考えたが。昼前から野営をする理由が分からぬ。近隣に一夜の宿を求める場所などあろうに。相変わらず織田はよく分からぬことをする。


 なにをするのか見極めんと見張っておると、時が過ぎて日暮れの頃になった。向こうから香ばしい匂いがしてくる。腹減ったなぁ。


 干飯はあるものの、様子を見て清洲に戻るつもりだったことで他に食い物はない。


 オレは清洲の賦役で働き、織田の様子を伊賀の里に知らせる役目の下っ端だ。なにも変わったことがないならば帰りたいのだが、これをどう報告するか悩むな。


 織田は落城をした時のための備えでもしておるのか? まさかな。だが姫君たちまでおる理由が、他には考えられぬのだが。


 もういいか。落城時のための習練をしておると報告しておこう。織田は慎重なようだし、ありえなくもないだろう。嫡男の正室は斎藤家の者だ。美濃へ落ち延びるための習練ということでよかろう。


 早く帰らぬと八屋が閉まってしまう。今日の日替わり定食は、オレの好物のアジのふらいなのだ。逃すことは出来ぬ。




Side:久遠一馬


「さて、寝る前にとっておきのものを出しますか」


「とっておきだと!?」


 食後はお酒がメインとなり、子供たちには昔話をしたり星座の話をしたりしていたが、眠くならないうちに夜のメインイベントをやらないとね。


 目の色が変わって興味津々な信光さんが一番いいリアクションをしてくれた。


 キャンプの夜と言えば、花火だろう。


 元の世界だと千円もあれば個人で楽しめる花火が買えたが、今日持参した花火はそんな感じのものだ。


「ああ、線香花火か。それはいいな」


 運んできた荷物を興味津々な様子で見つめる皆さんだが、細々としたものの中に線香花火を見つけた信長さんが、真っ先にその正体に気付いたらしい。


 線香花火は尾張土産として人気で、生産は牧場の領民とか家臣や忍び衆のお年寄りが手作りしているものを販売しているからね。火薬の調合があるので危険性があるものの、扱い方を守ってくれさえすれば作るのは簡単だ。


 牧場の領民は土地を分け与えない代わりに報酬を払っている人たちだから、いろいろ仕事をしてもらっている。線香花火作りは牧場の主力商品のひとつになってるほどだ。


 まあ作るのは簡単なんで余所でも真似出来るだろうけどね。火薬が安くないのと尾張には諸国の商人が来るので結構売れている。


 花火は去年の夏が初めてなんだが、織田の花火と言えばすでに有名なんだよね。線香花火は油紙で包んで織田家の家紋と一緒に織田の線香花火と書いて売ってある。高級感と特別感があって人気だ。


「今日は新作もあるんですよ。さあ、みんなでやりましょう」


 信長さんと信光さんはもちろんながら、子供たちにも持ち方とかを注意して手渡していく。


 お市ちゃんたちは幼いので、エルたちや乳母さんたちが付いて一緒にやるらしいし、竹千代君のような信長さんの近習のみんなも一緒だ。うん、男の子ははしゃいで振り回さない様に護衛の兵に監督を頼もう。


 孤児院の子供たちはリリーの言うことを聞くから、こういう時は楽だなぁ。


 身分とかを考慮して、先に信長さんたちに手渡したけどね。それ以外は特に分けることなくみんなで楽しむんだ。


「花火は人に向けては駄目ですよ」


 火をつける前に再度注意して、たき火を利用して信長さんから花火に火をつけた。


「おおっ!!」


「なんと美しい……」


 信長さんが手にした花火は元の世界では、すすきと呼ばれていた花火だ。手に持つと先端からすすきの穂のように火花が噴き出す。


 信長さんも予想以上だったのか驚いてくれたし、帰蝶さんは思わずうっとりして見惚れている感じだ。


「うわぁ……えるー、しゅごい! しゅごいね!」


「そうですね。綺麗ですね」


 お市ちゃんは、あまりのうれしさに右手でエルと花火を持ちながらも、左手がブンブンと振るってるほど興奮気味だ。乳母さんが慌てているけど、エルが落ち着かせて間違っても人に向けないように一緒に持ってあげている。


 いっぱい持ってきたから、護衛の兵のみんなにも配って楽しんでもらおう。


 あちこちで花火を持ち興奮気味に騒ぐ人たちを見ていると、この時代の花火がいかに貴重かを改めて実感する。


 でもさ。楽しそうな皆の顔がなにより嬉しい。


 信行君と竹千代君も楽しそうに花火をしている。竹千代君に関しては最近よく笑うようになった。


 もともとの境遇が境遇だっただけに大人しかったんだけど、お母さんと一緒に住んでから変わったらしい。


 花火はまだまだある。地面において火花が噴射される噴出タイプの花火や、火花を散らすスパーク花火にネズミ花火やロケット花火もある。


 さすがに花火の色、金属燃焼色はこの時代に合わせて自重したけど。種類はあんまり自重しなかった。


「本当によく考えるな。そなたとおるとあきぬわ」


「人の知恵に限界などないんですよ。孫三郎様」


 みんなの楽しそうな姿を眺めていると、いつの間にか信光さんが隣にいた。


 花火は完全にウチだけのものじゃないけどね。博多や堺では爆竹のようなこの時代でもある花火があるらしいし。向こうは明の人間が作っているらしい。


 堺はウチの花火を聞き付けると、いち早く明からの密貿易商人に頼んで花火職人を呼んで、ウチより盛大な花火を上げようとしたが頓挫していたりする。


 花火職人はある程度のやり方は想像がついたようだが、費用が掛かりすぎることと、技術が足りないので対抗出来なかったらしいね。


「知恵か」


「習うだけでは知識までですからね。自身で考えることが知恵であり、これからは知識を土台にして立つ知恵が必要となります。花火を見て一人でも多くの人が、誰も考えたことのないことを考えようとしてほしいものです。既に八屋をまねて庶民が口にできる新しい食べ物を作ることに知恵を絞っている人たちもいますから」


 楽しいことが好きな信光さんはご満悦な様子だが、人の知恵の話をすると少し考え込んでいる。


 切っ掛けさえあれば、日本人だって一から考えて発明出来るだろう。オレたちがしないといけないのはそんな人を増やす環境を整えることと、人々に夢を見せてやることだと思う。


 現に工業村ではごく一部だが同じ職人同士で分業制を始めているし、食事についても、八屋の料理を基にした料理が次々と生まれているんだ。


「それを成すのが人の上に立つ者の役目か」


「私はそう思いますよ」


 やっぱり信光さんは物事の本質を掴むのが早い。知恵の話から為政者がなにをするべきか自然と悟ったらしい。


「仮にだ。公方にそれを教えたとして、出来ると思うか?」


 ただ信光さんの凄いところは、それがいかに難しいかも理解していることだろう。


「どうでしょうね。今までの様子を見ていると難しいかと思います。本人の能力というよりは、根本から歪んだ権力の構造が原因といいますか、足利家の体制や制度が上手くいっていませんので」


 突如真面目な表情になった信光さんは、公方……足利将軍に言及した。出来ないだろうなと言いたげな表情で。


 現状の足利将軍は個人の資質や才覚ではどうにもならない現状だからね。誰が将軍になっても権力構造を抜本的に改革することでもしないと無理だろう。


 だが、権力構造の抜本的な改革は将軍の身辺の者から周辺の諸大名まで反対するし、下手したら朝廷や寺社だって反対するだろうな。平時での大規模改革なんて、人類が社会性動物でありながら利害に過敏で不可能なんだ。


 信光さんは言葉には出さないが気付いているみたいだ。このままいけば、いずれ織田は足利家と対立することに。


 まあ足利家との対立は絶対に避けては通れない道だ。織田は、足利家が、いや、長い歴史で中途半端になっている現在の権力構造と、その歪みで乱世と化した社会を根本的に破壊しようとしているのだから


 ああ、ロボとブランカが花火に、なにごとだと興奮気味に騒いでいるね。さすがに花火を理解するのは無理か。撫でて落ち着かせてやろう。


 ロボとブランカを撫でながら、ふと思う。星空の下で花火をしたことが、みんなのいい思い出になってくれればいいと。


 そうすれば、きっと明日はもっといい日になれるはずだ。




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