第三百七十三話・夏のお茶会

Side:久遠一馬


 公家との茶会なんて気が進まないなぁ。


「皆、同じですよ。とはいえ、一度くらいは顔を出さないと要らぬ憶測を生みます」


 茶会は政秀さんが、せっかくだから尾張に来た人たちと交流を深めようと考えたもので、エルも今後のためにと計画には一枚噛んでいるけど。


 オレはあまり気が進まなかったんだけどね。エルたちと相談して出席することにした。


 この時代に来ていろいろ知ると、公家というのがいかに難しい相手か理解する。特に殿上人と呼ばれる公卿衆は、今のオレでは理解の及ばない存在だろう。


 いずれ整理して、なにかしらの仕事はあったほうがいいと思う。現状のままだと平和な世の中になっても孤立して世の中とずれそうだし。ただ、公卿や公家が日本の伝統文化を後の世まで維持したことはこの世界でも行いたい。


 無論、彼らがいろいろと懸念になることも事実だが、世の中が発展して教育制度を整えると、彼らのアドバンテージと力も相応に落とせるだろう。寺社もそうだが無条件にこちらの技術を与えて発展させてあげる気はない。


 先のことは今からだとなんとも言えないけどね。公家も寺社もこの時代で力を削ぎ、役割を明確化して協力して生きる体制にしないと後の世の憂いになるだろう。


 この先、オレたちの関与で、元の世界の史実が示す様な世の中にならなくても、彼らの居場所は当然あるんだ。問題はそこに加わるかどうかでもあるだろう。


 さて今回の茶会に参加するのは、願証寺の僧や駿河と越前から来た公家衆に美濃の道三さんとか、あとは尾張でもそこそこの地位の人だ。そして北条の氏康さんの弟、氏尭さんが飛び入りゲストらしい。


 公家衆は全員が地下人で、殿上人、いわゆる上級公家はいないらしい。


 呼んでもいないのに来るくらいだ。尾張を田舎だと極端に馬鹿にした人たちはそれほどいないだろう。


 ちなみに北畠具教さんはまた来ると言い残して帰った。茶会にも誘ったけど、お忍びなのでと断り帰ったんだ。あんまり興味もなさげだったけどね。


 大湊行きのウチの船があったんで、それに乗って帰ったよ。フットワークが軽いなぁ。


「ジュリアも出るのか。珍しいな」


「気が進まないのは一緒だよ」


 ああ、ウチからはエル・ジュリア・ケティ・メルティの四人が参加するらしい。


 ジュリアはオレと同じく気が進まない様子で、エルに言われて参加するんだろうな。他にも土田御前とか大橋さんの奥方のくらの方とかは参加するらしい。


 女衆は織田一族だけみたいだけどね。侍女さんとして千代女さんとかお清ちゃんに資清さんの奥さんは同行して、オレには資清さんが同行する。


 オレの場合は未だにこの時代からすると世間知らずな面もあるから、資清さんがいないと対外的な公式の場は少し困るからね。




「かじゅま!」


 清洲城に到着すると、早々にお市ちゃんに捕まった。今日来ると聞いて待っていたらしい。


 残念だけど今日は遊べないんだよ。


 茶会の準備は当然ながら前々からしていて、今回は室内と庭の双方で茶会を楽しむらしい。


 元の世界だと茶の湯といえば狭い部屋のイメージがあるが、こちらの世界でこの時代だとそこまで形として決まっていない。


 織田家の場合は信秀さんが広い部屋での茶の湯を好むから、特に狭い茶室での茶の湯はほとんどないね。


 オレはお市ちゃんと手を繋ぎながらギリギリまで準備をしている広間を見ていると、広間にはメルティと慶次の西洋絵画が飾られている。


 これって誰の演出だろう。慶次も油絵が上手くなったなぁ。


「紅茶も出すのかぁ」


「こうちゃはすき!」


 驚いたのは抹茶以外にも紅茶の準備もしていたことか。お市ちゃんが紅茶の匂いに笑みを浮かべているが、抹茶と違い飲みやすいからね。女性や子供たちなんかには評判がいい。


 茶会というよりは和風のガーデンパーティーにも見えるね。紅茶とケーキでお市ちゃんの相手をエルたちに任せて、ボーッとできたら良いんだけどね~。




Side:とあるお公家様


「これは、また見事であるな」


 清洲城に参って、茶会の場に案内され、最初に目にしたのは、見たこともないほど鮮やかな絵であった。


 まるで景色をそのまま写したが如き絵が飾られておるとは。


「南蛮技法の絵でございます」


「ほう、南蛮ゆかりの絵とな」


「はい。久遠殿の奥方である絵師の方、そのお手ずからの作にございます」


 それは海を描きし絵になるが、思わず共に参った公家衆も立ち止まり見入っておる。案内役の話では南蛮ゆかりの絵じゃというが、南蛮にはこれほどの絵があるのか?


「これは犬か。良き表情をしておるな」


 絵はそれにとどまらず。山や寺社に人や犬の絵が何枚か飾られておる。


 ああ、こういう絵は心が和んで良きものであるな。南蛮ゆかりの趣を理解することは良きことよ。


「あれは……」


「久遠殿の奥方である大智の方でございます」


 そのまま茶会に招いてくれた斯波武衛殿に挨拶をすることしばし、周囲を眺めみるが、女性にょしょうが幾人かおり、特に目立っておるのが見たこともない髪の色なる女性じゃ。


 気味が悪いとの言葉が思わず出そうになる。まるで獣が毛の如き色ではないか。駿河では南蛮人など野蛮で醜いと悪口を聞くが、あながち偽りではないことかの。


 じゃがまてよ、髪色に惑わずよう見るとそれほど醜いわけでは……。顔立は整っておるような気も……。大女であるのはあるのじゃが。


 大智の方はあまり知られておらぬが、その知略にて織田家による尾張の統一を実現したとか。話半分でも怪しいものであるが。


「あちらが今巴の方と薬師の方でございます」


 おお、あれが噂の今巴の方と薬師の方か。駿河では大智の方よりこのふたりのほうが知られておる。


 今巴の方は噂通り鬼の如き髪の色なるが、薬師の方は日ノ本の者とあまり変わらぬ容姿じゃ。


 一番名が知られおるのは薬師の方か。流行り風邪を大過なく治めたことは駿河でも評判じゃ。あの者が煎じし織田の薬は効き目が良いと評判じゃが値が張るため、吾らでは買えぬほどよ。


 今巴の方のほうは昨年の関東での戦で一気に名が知られておる。今巴の方を鬼と間違えて里見家が総崩れになったと評判だ。武芸の腕前も確かで何人もの首を挙げたと聞く。


「ということはあれが……」


「はい。絵師の方でございます」


 今日参っておる久遠殿の奥方は四名とか。嘘か真か百人を超えし奥方がおると噂を聞いておるが、最後に見つけたのは絵師の方じゃ。


 やはり人のものとは思えぬ髪の色なるが、あれほど見事な絵を描きしも若きなる印象が強いな。


 一枚絵が欲しいところじゃが、さすがに無理というもの。


「久遠殿はいずこでおる?」


「久遠殿ならばあちらに。願証寺の証恵上人とご一緒でございます」


 願証寺の坊主に先を越されたか。しかし若いな。まだ十代であろう。童髪わらわがみとも総髪そうはつでもあらぬ、奇異きいな髪に烏帽子えぼしまげもしておらぬ。


 今や東は関東から西は畿内までを騒がせおる男には見えなんだ。


 久遠殿の金色酒は駿河でも評判で少し前までは吾も飲めたが、織田家と今川家が小競り合いするようになり、駿河に参る金色酒の値が上がる一方だからな。


 尾張に参ってから聞いたことじゃが、値上がりの原因が今川家にありとはな。今川の間者が久遠家に良からぬ手を出した報復で値上がりなどと、駿河では知られておらぬ。


 今川も言えるはずなかろうの。策が露見し失敗したうえに報復を食らったなどとは。


 駿河では先頃までは織田と久遠は銭に汚いなどと悪評が流れおるが、先日の地揺れで北条家に銭で一千貫と米を大量に贈ったと噂が広がってからは風向きが変わっておる。


 そういえば清洲もだいぶ変わっておるの。以前駿河に下り行くときに通りしときとはまこと違う。


 道が広くまっすぐになり、町が大きくなっておる。あれも久遠殿の成しおることじゃと評判であるからな。


 今川治部大輔殿はとんでもない男を敵に回しておるのやもしれんの。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る