第三百五十話・桜まつり

Side:帰蝶


 すっかり春の日差しになりました。この日は殿と一緒に織田家の花見へと行く日です。


 織田家へと嫁いでだいぶ慣れましたが、かような宴があるとは驚きです。京の都の者たちは梅や桜を見て宴を開くと聞いたことがありますが、まさか尾張にてかような経験をすることになるとは。


 驚きなのは、この馬車もあります。


 久遠家では人が多いので奥方たちも皆が馬に乗り清洲に行くということです。そのため久遠家にある馬車を使って殿と私は清洲へと向かいます。


 恐らくは殿や私にお気遣いをしてくだされたのでしょう。


「織田も去年からだな。かずが桜を見ると言い出したので、親父が真似をしたのだ」


「久遠殿ですか。あのお方は本当におもむく先の分からない、意表を突く方ですね」


 織田躍進の立役者が久遠殿だということは父上も言うておられましたが、尾張に来てみると、その意味がおもいのほかに重大だと感じます。


「顔を合わせることは大切だからな。義父殿と会うて改めてオレも感じた」


「ですが、まさか父が兄を連れて、それもしのんで清洲まで来ていたとは……」


「分からなくもない。所詮、食べるならば美味いものが食いたいのが人というものだ。八屋は代価も高くないからな」


 先日には殿が清洲にお忍びで参った父上と兄上を見たとのこと。私は正直信じられないほどでした。父上と兄上は決して仲がいいとは言えず、まして織田は先頃まで敵同士だったのですから。


「騙し騙され奪い奪われるのが、世の常だと思うておりました。ですが……」


「それも間違いではあるまい。だが人は変われるのだ。少なくとも織田はそれを目指しておる」


 そう。殿のおっしゃる通り。織田は変わろうとしております。


 世が荒れてから幾年月。誰もが戦が当たり前である世の中しか知りません。ですが、日ノ本の外から来た久遠殿は戦がない世を知っておられるのかもしれません。


 願わくば、それが日ノ本全てに広がることを願ってやみません。




Side:久遠一馬


 今日は昨日以上に賑やかになりそうだ。


 どうも一般の領民にはお花見という習慣がないようで、春の田植えの祭りとか豊穣祈願の祭りと勘違いしているみたいだけど。名目はなんでもいいだろう。


 商人や寺社も、屋台を出したり、資金や食材を提供したり、笛や太鼓で盛り上げたりと、色々してくれるみたいだ。


「あれ、それって……」


「今日みんなでやるのです!」


 ああ、ウチのみんなも朝早くからあれこれと準備をしてくれてるみたいなんだけど、チェリーたちが以前に制作していた人形劇をやるらしい。


 もちろん守護というワードは使わないやつだけど。さすがにあれはマズイから本当に止めた。尾張守護である義統さんなら守護というワードが出ても大笑いしてくれると思うけど、越えてはならない一線がある。


「クジの準備は出来ましたわよ」


「これは盛り上がるネ」


 今度は津島を任せているリンメイと熱田を任せているシンディが来た。ふたりには今日開催するくじ引き大会の準備を頼んでいた。


 これは予定になかったんだけどね。初日のお花見コンパの噂を聞いた信秀さんがやりたいっていうからさ。


 一等賞は五十貫だ。以下賞品のランクが下がっていくけど、八屋のお食事券とか工業村の外にある銭湯町の入浴券とか、とにかく景品を急遽増やしてもらった。




 お昼頃になると国人衆が続々と集まってくる。清洲の町はすでにお祭りのように賑やかで、国人衆の人たちは一様に驚いているようだ。


 お花見というから、もっと落ち着いた宴を想像していた人が多いのかもしれない。高貴な遊びと思ったんだろう。


 人数も多いし堅苦しい挨拶はなく、いつの間にかお花見の宴が始まっていた感じか。


 信秀さんは各地の国人衆から挨拶を受けているが、今日は無礼講だと奥さんと子供のみんなで挨拶をするように指導していた。


 挨拶を受ける信秀さんも土田御前とか子供たちと一緒に受けている。


「かじゅまー、もってきたよ!」


「ありがとうございます。姫様」


 例外はお市ちゃんだろう。先ほどから大鍋で料理を振る舞っているオレとエルのところに来ていて、孤児院の子たちと一緒にお手伝いをすると張り切っている。


 役に立っているかは微妙だが、本人は楽しそうなので問題ないだろう。昨日の大鍋料理が面白かったんだろうね。子供って大人と一緒のことしたがるから。


 ほとんどの国人衆からするとお市ちゃんの顔も知らないから、ウチの関係者の子供かと誤解してそうだけど。


 他にはエルやジュリアのように東洋系の容姿でないアンドロイドのみんなは注目を集めている。見たことのない髪や瞳の色に驚き、特にエルは胸元の大きさに視線が移っているね。


 胸には性的な興味がない時代なだけに、単純に大きいことに驚いてるだけみたいだけど。


「あははは!」


「あれは、あの人か!」


 会場でウケているのは紙芝居と人形劇だ。特に人形劇は初めて見るだけにみんな興味津々で見入っている。


 内容は土岐頼芸の一件だ。この物語は創作ですと最初に説明している。当然信秀さんの許可も得ている。まあ、土岐の名前は出していないので許容範囲だろう。


 守護ではなく横暴で馬鹿な殿様に変わったが、内容が少し前にかわら版でばら撒いたものだからね。普通に気付く。


 それにしても去年のお花見は限られた人だけの上品なお花見だったが、今年は完全に庶民のお花見という感じだ。


 まあ中には酒に酔って喧嘩したり、騒ぎすぎたりして止められている人も結構いるが。


 しかし時代なんだろうね。遊女なんかも結構来ていて、元の世界だとセクハラで訴えられそうな飲み方や遊びをしている人たちもいる。


 注意させるべきだろうか? だけど気にしてる人たちはいないんだよなぁ。


「おいおい、やめとけって」


「今巴の方は負け知らずなんだぞ? あの塚原卜伝にも負けたと言わせたのに……」


「女如きには負けぬ」


 あーあ。あっちではジュリアに勝負を挑んだ人までいるよ。


 さすがに尾張の武家でジュリアを馬鹿にする人はもういない。勝負を挑まれたり馬鹿にした人は遠慮なく叩きのめしているからね。


 最近ではジュリアに武芸を習いに学校に来る人すらいるくらいだ。どうも塚原さんから新當流の免許皆伝を貰った影響が大きいらしい。


「オレは今巴の方に十文だ!」


「おれは五十文!」


「賭けが成り立たねえよ」


 ざわざわと野次馬が見物する中でジュリアと男の勝負が行われるが、手槍や真剣も使う相手を軽くあしらい素手で叩きのめしちゃった。


 見た目からして牢人だろう。ジュリアに勝って仕官でも狙っていたか。残念ながら信秀さんはこういうパフォーマンスを好まない。相手の力量も立場も測れない人を召し抱えることはないだろう。


 それより、いつの間にかウチの家臣と一緒に、ジュリアにしごかれているのを見る事の方が、確率が高いかも。


 その後も賑やかなお花見は続くが、クジ引き大会で意外な人が目立っていた。


 手伝いに来ていた藤吉郎君が十貫の賞金を得ていたんだ。


 どうも運がいいらしいね。




◆◆


 清洲の大花見


 天文十八年春、織田家と久遠家が三日連続の花見を開催した。


 現代では三日間に亘って、織田家と久遠家が主催した花見としてドラマなどで有名だが、厳密にいえば前半二日は久遠家が主催していて、最後の一日が織田家主催の花見となる。


 事の経緯ははっきりしていないが、前年に行われた織田家主催の花見の影響があると思われる。


 『織田統一記』や『久遠家記』には花見をした事実はあっても詳細がなく、詳細に関しては滝川資清の日記である『資清日記』に記されている。


 この頃久遠家では、急激に増えた家臣や奉公人の縁談に悩んでいたと『資清日記』にはある。


 理由は定かではないが、当時の武家で当たり前だった家柄や血縁を重視した縁談を、一馬はなぜか好まなかったといい、家中の若い者の縁談に悩み、若い者が自ら相手を見つけられるようにと、わざわざ伴侶のいない若い者だけの花見を企画したという。


 クジをして褒美を与えるなど当時としては斬新な企画もしたようで、大いに盛り上がったと『資清日記』にはある。


 二日目は久遠家が家臣や代官を務めていた工業村などや、警備兵を家族丸ごと集めた花見を開催して大いに盛り上がるが、そのあまりの盛り上がりに清洲の領民までもが加わってしまい、盛大な祭りとなったとある。


 三日目はもともと昨年に続き織田家主催の花見の予定だったが、二日目のあまりの盛り上がりに急遽領民の参加を認めた派手な花見にしたのが真相とみられる。


 この花見は久遠家と織田家がいかに領民に慕われていたかがわかるエピソードであり、領民は自ら酒や料理を持ちよりみんなで騒いだと伝わる。


 当時は庶民に花見の習慣はなかったが、これ以降織田家の領地では春には桜や梅を眺めて宴や祭りを開く習慣が生まれたようで、清洲観桜会はこの年から続く花見の伝統行事となっている。


 あと余談であるが、一馬の企画したこの一件は歴史上初めての合コンとも言われ、女好きともいわれる一馬だけに、しばしばネタにされている。


 本当は自身の新しい妻を探していたのではなど諸説あるが、現代で一馬が縁結びの神としても信仰されているのはこの一件がきっかけだと言われる。


 なお、一馬たちが見たとされる桜は今も現存している。


 毎年春には清洲観桜会の会場のひとつとして多くの観光客が訪れている。



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