第三百二十五話・お市ちゃん遊ぶ

Side:久遠一馬


 お市ちゃんは元気いっぱいだ。ウチの屋敷が珍しいのか乳母さんの膝の上でキョロキョロと見渡している。


「市が日々、お前たちを探しておってな」


 突然、お揃いで来た用件はなんでしょう、なんて聞いてないよ。でも信秀さんは少し苦笑いしながら説明してくれた。


 信秀さんもやっぱり父親なんだね。実は知っていたんだけど、清洲城に配置している虫型偵察機からの情報としてエルが教えてくれた。


 そのうち飽きるかなと思って様子見をしていたんだ。親しくなるのは構わないけど主筋の姫様、仕えてる信長さんの同腹の妹君だからね。適度な距離感が必要かと思ったんだが。信秀さんがまさかウチまで連れてくるとは。


「ろぼ~? ぶらんか~?」


「キャン!!」


 ああ、乳母さんの膝の上を抜け出したお市ちゃんがロボの耳を引っ張ったみたいで、ロボとブランカが一目散に逃げ出していく。


 初めてで力加減がわからなかったか。


「優しく撫でないと駄目。ロボとブランカも引っ張られると痛い」


 お市ちゃんとしては一緒に遊びたかったんだろう。すぐに追いかけようとするが、ケティに捕まって注意されている。


 本来なら身分的にありえないことだ。ただ、ケティはすでに日々の食生活から生活習慣などを、信秀さんや土田御前でも遠慮なく注意しているんだよね。言うべきことは言うというのは、ケティの医師としての信念でもあるんだろう。


「悪いことをしたら謝るのよ。ロボとブランカにごめんなさいしましょうね」


 逃げ出したロボとブランカはすずとチェリーに捕まったらしくすぐに戻ってくるが、エルがそのままふたりに抱かれたロボとブランカに対して謝ることを、お市ちゃんに教えている。


 ここでエルが加わったのは少し驚いた。とはいえエルは土田御前と時々会うくらいに親交がある。それなりに意思疎通をしているんだろう。


「……ごめんなさい」


 謝る意味を理解しているのか微妙だ。でも、お市ちゃんは素直に謝って今度は優しくロボとブランカを撫でていく。


 ロボとブランカは少し警戒した様子だったが、痛くされないと理解したのかすぐに落ち着いたね。よかったよかった。


「あったかいね!」


「そうですよ。ロボとブランカは生きているんです」


「いきてる?」


 ロボとブランカを交互に優しく撫でるお市ちゃんは、二匹の体の温かさに驚いている。きっとぬいぐるみと同じと思ったんだろう。


 こういう教育は、まだしてないのかな。年齢的か時代的にしないのかは知らないっけど。


「死んだら二度と会えなくなります。だから優しくしてくださいね」


「あい!」


 うん。どこまで理解しているのかはともかく、犬には優しくすることは理解したらしい。


「たいしたものですね」


「出過ぎたことを致しました。申し訳ございません」


 お市ちゃんとロボとブランカは早くも打ち解けた。すずとチェリーはロボとブランカと一緒に、お市ちゃんを筆頭に他の子供たちも連れて屋敷の中を案内しに行った。小さな探検の始まりかな。


 一連の光景は当然ながら信秀さんや土田御前も見ている。なんというか温かく見守っていたという感じだが、エルは立場的に出過ぎたと謝罪をした。


 実際、微妙なところだろう。声を掛けた土田御前は非難するのではなく、エルの手際を褒めている感じだけど、乳母でも傅役でもない身で、勝手に教育しては怒る可能性はあった。


 恐らく、子供の教育に関して相談を受けていたんだろうね。ウチは孤児たちがいて信秀さんが褒めていたから。


「よいのです。命を大切にすることは素晴らしきことです。殿とも以前から話しておりましたが、我が子を含めた殿のお子たちにはもう少し広い世の中を見せたいのです。それを一馬殿とそなたたちに頼みたいと思い、今日は来ました」


 深々と頭を下げたエルが顔を上げると、土田御前は今日来た理由を明かしてくれた。やはり事前にある程度、そういう話があったのか。


「伊勢守殿のお子がアーシャ殿に無礼を働いた件は聞き及んでおります。身分はもちろん大切ですが、それだけでは同じ過ちを犯しそうで案じております」


 周りには信秀さんの他の側室さんや乳母さんに侍女さんたちもいる。みんな土田御前の言葉を静かに聞いている。正室だし子供たちの教育の差配は土田御前がしているんだろうな。


 信安さんの子供たちがヤンチャだった件は正式に報告まではしていない。学校の中の問題は基本的に学校で解決する。これは学校をやるときに信秀さんに了承してもらったことだ。勿論、家庭環境の問題を学校の中に持ち込んだなら、家庭で解決が基本だけど。


 ただ、息子たちの行動を聞いた信安さんが驚いて、オレや信秀さんに詫びちゃったんだよね。伊勢守家と弾正忠家の問題になる懸念をもったんだろう。それで家中に知られてしまった。


 事情はどうであれ信秀さんの猶子の嫁で、学問・武芸などの教えを受けるに相応ふさわしい相手に、無礼を働いたことになるからね。


 土田御前はそれに危機感を覚えたのかもしれない。人は誰一人として、完成されてまれたりはしない。知識、知恵、技術、技能の教えを拒む者に明日は無い。ある意味、伊勢守家の子供たちは自身の将来・未来を捨てようとしたとも言える。


「畏まりました。お任せください」


 オレも信秀さんと以前から時々話していたが、土田御前もまた子供たちや女性の教育や環境も変えたいようだ。


 自身も城に籠るタイプじゃなく、城から出て世の中を見て動くタイプだからね。エルたちを見て女性や子供も世の中を見る必要性は感じていたようだし。


 織田は武家の在り方から変えるのかもしれない。古き慣例を捨てて時代に即した武家になってほしいもんだ。




 うん? そういえば子供たちが戻ってこないな? 見に行くか。


「そうよ。思うまま好きに描いてみて」


 信秀さんたちには紅茶とお菓子でもてなしておいて、屋敷を見物に行ったお市ちゃんたちを探すと、みんなはメルティのアトリエにいた。


 まあアトリエと言っても絵画を描く部屋にしているだけなんだけど。


 和紙と鉛筆でお絵かきタイムらしい。メルティがひとりひとりに指導しながら描かせていて、小学校の美術の時間みたいな光景だ。


 モデルはロボとブランカだね。疲れてお休み中らしい。


 鉛筆は少数持ち込んだが、まだ外に出してないんだよね。ただこうして見ているとクレヨンとかあげたくなるなぁ。書画の筆はまだまだ早そうだし。


 うん。信行君はまあまあ上手い。他の子供たちもそれなりで、お市ちゃんは描くのが楽しいようでなによりだ。


「かじゅま! あい!」


 みんなの絵を見てたら、お市ちゃんがオレに予備の鉛筆と自分が描いている和紙を差し出してきた。どうもおれだけ紙がないから一緒に描こうってことみたい。


 えっと、絵なんて学生時代以来、描いてないんだけど。メルティみたいな絵を期待されても困るよ?


 でも子供の絵って面白いな。どうすればこう描けるのかと聞きたくなるほど自由に描いている。


 オレの絵? まあ、それなりだよ。面白く画伯と笑われるほどでもない。言い換えると面白みもないんだろうけど。


 お絵かきタイムが終わると、トランプやリバーシや折り紙で遊ぶことになる。オレはお市ちゃんに放してもらえず折り紙だ。宇宙要塞から届いていた千代紙に目をキラキラさせている。


 しかしあれだな。これだけ子供が集まると某すごろくを発展させたゲームでも欲しくなるな。すごろくって確か結構昔からあったはず。戦国版でも作ろうか?


 それにしてもお市ちゃんは楽しそうだなぁ。手伝わないと拗ねるけど。まだ幼いからひとりじゃ折り紙を折れないからね。


 途中で様子を見に来たエルも捕まって、テーブルが折り紙動物園になるとお昼の時間になる。


「これは……」


「カレーうどんですね。天竺のカレーをウチで日ノ本の料理に合わせたものになります。天竺ではカリーと呼ぶようですが、我が家ではカレーと呼んでいますが」


 お昼はカレーうどんだ。お市ちゃんたち幼い子には乳母さんが付いて食べさせてあげている。そっちはお子様向けのマイルド味らしい。


「おいちい」


 カレーはね。汁が着物に付くと大変だ。お市ちゃんたち幼い子には着物を汚さないようにと前掛けをつけてもらっているが、にっこり笑顔でカレーうどんを食べている。


 他の子供たちとか信秀さんたちも、ふうふうとしながら美味しそうに食べているね。


 カレーうどんは出汁が利いた和風カレーだ。信長さんの結婚式ではグリーンカレーを出したけど、あれとはまったく違う味だ。


 基本、塩味だけの料理に慣れているこの時代の人にも、こっちのほうが口に合うかもしれないね。グリーンカレーもこの時代の人向けにアレンジしていたらしいけど。


 その後は、土田御前たちは学校の視察に向かい、子供たちはお昼寝や遊んだり本を読んだりしている。


 お市ちゃんはおやつにはしゃぎ、ロボとブランカのお散歩にも行って満足げに帰っていった。帰りのお供は折り紙動物園の動物たちだ。


 ただ、帰りにまた明日ねと言っていたけど。明日も来る気なんだろうか。




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