第三百十七話・信長さんの結婚式・その八
Side:久遠一馬
婚礼の儀、三日目の今夜は尾張国外の来賓が主の宴になる。
伊勢大湊の会合衆、長島の願証寺、西美濃からは織田に臣従していない大物を中心に招いていて、不破光治さんと、俗に言う美濃三人衆の稲葉一鉄さん、安藤守就さん、氏家直元さんの三人も来ている。
それと、わざわざ関東から挨拶に来てくれた北条綱成さんもいる。綱成さんは鎌倉沖の海戦でジュリアと共に里見水軍に切り込んだ猛者だ。
あとは去年の秋から清洲城に滞在している塚原卜伝さんとか、津島神社の宮司さんと熱田神社の宮司さんとか寺社関係者も結構いるね。
三河の本證寺も招いたけど来なかった。こちらは武芸大会に続いて来なかったが、どうも今回は織田による三河攻めを警戒していることが原因らしい。
織田の影響力が強まっていることで、三河攻めの協力を求められたら困るとの判断があるみたい。虫型偵察機の情報だけどね。織田が勝とうが今川が勝とうが関係ない。自分たちのところには手を出させたくないというのが彼らの本音で現状だ。
あそこは織田領と接しているけど、格差で上手くいってないからね。こちらがだいぶ恨まれてもいるようなんだ。
まあ来なかった人たちはいい。今日のお披露目の宴だ。ああ、守護である斯波義統さんも今日は参加している。清洲城内に住んでいるし、同じ料理をお出してるんだけどね。本人も宴の参加を楽しみにしていたみたい。
オレは立場的にも、今夜は参加しないんだけどね。織田家からは接待役と信秀さんが参加するから、ウチからは湊屋さんが接待役で参加する。
ただ、エルたちは今日も料理を作りに清洲城に来ているので、オレも手伝おうと思って一緒に来たけど人が多くてやることがない。城の台所で見物をしていたら土田御前に誘われて信長さんの弟妹たちとお茶にしている。
お茶も終わるとみんなで遊ぶことになったが……。
「これ、なに!?」
近くに字の練習に使った紙があったので、何気なく折り鶴を折ってあげると子供たちが騒ぎ出した。
「えっと、鶴ですね」
もしかして折り鶴ってまだ一般的じゃないのか? そういえば、以前、紙飛行機を作った際も騒がれたなぁ。
まあ、いいか。紙を折るくらい教えても問題ないだろう。
ただ、小さい子たちには難易度が高いみたい。お市ちゃんに至っては完全に無理だ。仕方ない。オレが折ったのをあげよう。一応、自力で折ろうとしてるが、紙がくしゃくしゃになるだけだ。
土田御前とか乳母さんとか大人は少し不思議そうに、オレが折り鶴を教えてるのを眺めている。そんなに珍しいか?
でも困ったな。オレは紙飛行機と折り鶴くらいしか知らないぞ。
「それは、なんというものになるのですか?」
「えっと、紙飛行機とウチでは呼んでますね。ただ紙を折って飛ばすだけなんですが」
うん、教えるものがなくなったから紙飛行機を折って飛ばすと子供たちの目が輝き、驚いた表情の土田御前に戸惑ったように声を掛けられた。
行儀が悪いって怒られるかと思ったが、そうでもなかったらしい。
「凄いですね!」
うん。これは信行君が一番反応がいい。やっぱり男の子だからかな。
「姫様、走られると危のうございますよ」
ああ、でもお市ちゃんがとてとてと、一番に走って取りに行っちゃったよ。危なっかしいから止めないと。それとそっちの子。鶴は飛ばないよ。飛ぶのは紙飛行機だけだから。
お市ちゃんは見よう見まねで飛ばしてみるが、力が入り過ぎているようで飛ばない。そんな思いっきり投げなくてもいいのに。
「ぐす……」
「こうするんですよ」
ここは大人の出番だ。全然飛ばない紙飛行機を何度も飛ばそうとするお市ちゃんが涙目になってきたので、手を取ってゆっくりと投げるように教えてやる。
「とんだ!!」
ゆっくりと飛ぶ紙飛行機にお市ちゃんのご機嫌も一気によくなる。
うんうん。みんな楽しそうに紙飛行機を飛ばしはじめて、いつの間にか紙飛行機とばし大会になった。
やっぱり子供は笑顔が一番だね。
Side:北条綱成
北条家の名代として遥々婚礼の祝いに出向いて来たが、婚礼の直前になって美濃の土岐家が追放されたと騒ぎになっておった。
これで美濃は織田に降るであろうな。斎藤家も実質は臣従のような形だ。国人衆は騒ぐかもしれぬが結果は変わるまい。
小田原を出る前に駿河守様と話したが、織田は直に美濃と三河を制するだろうとおっしゃっておられた。それがこんなに早く実現するとは。
駿河守様は、いかにもご自身が尾張に参りたいようだったが、昨年参ったばかりで殿がお許しにならなかったらしい。代わりということで、織田殿が関東に来た折に、共に戦った某にその役目が回ってきた。
尾張に到着した某は斯波武衛様と織田弾正忠様への挨拶も無事終えて、祝いの品を渡して某の役目は済んだものの、弾正忠様より婚礼の宴へ招かれた。伊勢大湊の会合衆や領外の様々な者らを招く披露目の宴があるらしい。
無論、喜んで参席すると返答した。殿からは誼を深めるように言われておるからな。駿河守様も時期を合わせて参れば、婚礼に参じることができるかもしれぬと言うておられたので合わせて来たのだ。
にしても、そうそうたる顔ぶれだな。大湊の会合衆と一向宗の願証寺は、豪商や高僧が幾人も連れ立って来ておる。他には伊勢宇治と伊勢山田の商人もおるか。伊勢には手を出しておらぬと聞き及んでおるが、力の及ぶ地となっておるようだ。
さらに土岐家が追放された美濃の有力な国人衆も来ておる。さすがに抜け目がないな。
大湊の会合衆とは宴の前に、久遠家家臣の湊屋殿の仲介で会うことができた。織田が関東と本腰を入れて商いをするにあたり、大湊も関東との商いを増やしたいらしい。
正直、某はあまり他国との折衝や商いの話は分からぬのだが、顔合わせをするだけならばなんとかなる。湊屋殿も会合衆の商人たちもそれほど難しいことは言わなんだしな。
面白いところでは願証寺の高僧とも少し話をした。
加賀の件をいかに説明するのかと問うたが、己たちはあの者たちと
いかにもこの
宴の席に着くと、さすがに関東から来たことに美濃の国人衆たちは驚いておるわ。甘いな。左様なことではこの乱世を生きていけぬぞ。
駿河守様は行けば分かると言われたが、確かにそうだった。活気ある町に人々の表情も明るい。しかも織田領に入ってからというもの、某が北条孫九郎だと知ると国人衆が歓迎してくれるのには驚いた。
鎌倉沖での海戦で某が手柄を立てたことを皆が知っておるのだからな。いかにもあの戦は織田領でも有名らしい。
さて、いよいよ宴の始まりだな。
織田の料理は関東とはまったく違うとのこと。里見を退けた戦勝の宴の料理も中々だった。後で聞いたが、あれは尾張で料理を学んだ者が作ったらしい。
それに今年の正月に小田原城での新年の宴で出された料理も、織田に習った料理の技を用いたと聞いた。あれも大層評判がよかったからな。楽しみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます